第三話 王太子殿下
わたしはあごに手をやる。
分からない事ばかりだ。わたしがここに来たことで歴史が変わっているのか、それともここが正確にはゲームの世界とは違う事になる。
とりあえず、騒ぎが大きくならないように上に戻らなくちゃ。
私はその足で部屋に真っ直ぐ戻った。とはいえ、ここに長居するわけじゃない。
あの、妹の力。あの力の詳細を調べに行きたいところだ。
部屋で、三十分仮眠を取ったあと、私は起き上がった。
動き出さなければならない。
父親にばれない様に。行動を開始しなければならない。
「あ」
私の部屋の中に誰かがいる。それに気づいたのも束の間だった。
そこにいたセザンヌがわたしに睨みを入れて、言葉を発す。
「少しいいかしら」
説教は避けられないようだ。
長い長い説教が終わった後、お父様のところへと行った。
外出許可をもらうためだ。本当は黙っていくつもりだった。しかし、セザンヌに見つかった今その手は使えない。
「少しいいかしら」
そこにいるお父様は仕事をしていた。
「なんだ、心配したんだぞ?」
「それはもう既に怒られましたわ」
そう、私が言うと、すぐにお父様は私を抱きしめてきた。
「お父様?」
「心配したんだからな。無事だったか?」
「ええ、何も危惧なさることは」
厳密には事故は起きなかっただけで、暴走が起きたりはした。
だけどそれを馬鹿正直に言うのもどうかと思う。
「あれを見てどう思った」
「かわいそうだと思いました」
「かわいそうという言葉を、あれに使ってはいけない」
『あれ』
まるで、道具のような扱いだ。
一応お父様とは血がつながってるはずなのに、酷い言い方だ。
「お父様、シエルの世話を私に任せてくれませんか?」
その言葉に「ふむ」とお父様は喉をうならす。
「だめだ」
一蹴された。
「なんで?」
「当たり前だ。危険すぎる」
危険だなんて言われても。
貴方の娘でしょと、怒鳴りたい気分だ。
親としての自覚がなさすぎる。
「私にとっては妹です。世界で一番大事な妹です。だから私が救いたいんです。あの子を」
「だめだと言ったらだめだ。お前が妹が大事なのと同じくらい私にはお前が大事なんだ。そのことを忘れないでくれ」
「なら、せめて街に出て調べてもよろしいでしょうか」
「……そんなに大事なんだな」
「ええ」
「許可する。あれの生態は私たちも知りたいところなのだから」
そして私は町に向かおうとするが。
「お嬢様、私もご一緒します」
「げっ」
私は思わずそう漏らす。セザンヌがそう言ったのだ。正直着いて来て欲しくはない。
セザンヌの怖さは、わたしのこの体がしっかりと覚えている。
一言で言えば怖い存在だ。そんな人とずっと一緒にいる事なんて耐えられる気がしない。
「げっとはなんですか、行きますよ」
「分かってます」
そう言って私は一歩ずつ歩みを進める。
行かなきゃ、だよね。
実のところ家の図書にはそこまでの本の数はない。
だからこそ、町に出なければいけない。極端な箱入り娘の私は町に出たのは久しぶりだったはずだ。
まず、ほとんどの事が家で完結しているからだ。
だからわざわざ外に出る必要はない。
だからこそ、少しドキドキしている。
ドキドキというよりもワクワクしている。
街に行くには、馬車を使う。
町まではおおよそ一時間の距離だ。
「それで、お嬢様」
スザンヌが、私に訊いてくる。
「何かしら」
「お嬢様はあれをどうするつもりですか?」
スザンヌも者扱い。
「奴隷のように扱うのですか? この前のように」
私、やっぱりそんなことをしてたんだ。
「しないわよ。蝶や花のように愛でるわよ」
「お嬢様が言うと、悪い響きがしますね」
どういう意味かな。
「でも、」
「もういいわ。口を開かないで。どうせいう言葉は分かってるんだから」
どうせ、シエルの悪口なのだろうから。
「私は過去の行いを反省したわ。だからシエルを助けたいのよ」
そう、私は言った。
「皆悪魔とか何とかいうけれど、私はそうは思わないもの」
「貴方も悪魔とか言って虐めていたのでは?」
「それは過去の話よ」
そんな事はもう絶対にしない。
だって私はあの子の姉なんだもん。
「私は大事に守るわ」
「そうですか。それで今日は、図書館に行くのでしたね」
「ええ、そこに解決策があると思うから」
そこに絶対に解決策はあると、私は信じている。
「ご当主様が何度も調べてますが」
「それが正解だと限らないでしょ」
「それよりも、忘れてませんよね。翌月に入学式だということを」
「忘れてないわ」
翌月に、入学式が待っている。そこで私たちは貴族学園に入学するという訳だ。
そこで、私達は魔術を学ぶことになっている。
私の望みとしてはその学院に最初からシエルと一緒に通いたいわけなのだ。その日までにお父様を説得しなければならない。
しかも私にはゲームの知識がある。だから他の人に比べれば知識を得られる可能性が高いという事。
確か、暴走した原因は太古の邪神が取りついたからだ。
元々負の心を持っていたシエルは格好の獲物だった。
しかもシエルは破滅願望を持っていたのだ。
そして、闇の魔力は邪神に乗っ取られたこととは何ら関係が無い。
つまり本当に、虐めさえなければ、その力を正義のために振るえていたはずなのだ。
シナリオライターはなんていうクズだったのだろうか。
そのようなことを言い出したらきりがないのだが。
調べるべきものは、邪神の詳細と闇の魔力だ。
あっという間に町に着き、私はすぐさま本を探す。
「お嬢様、気を付けてくださいね」
「分かってるわ。それにここで、事故なんてあるわけないし」
そして次々と気になる文研を探る。
今日中に三冊は読めたらいいと思ってるのだけど、それは流石に厳しそうね。
とりあえず7冊を手に持ち、読書コーナーへと向かう。
流石に七冊は多かったのか、少し、手元がおぼつかなくなっている。
少しよろけているが、流石にこけるほどではない。
この体は前世の私よりも力があるのだから。
「っ」
フラグだったのだろうか、早速当たってしまった。
そして、こけてしまった。
「大丈夫ですか」
心配する声が一つ。男の声だ。
「大丈夫です」
差し出される手を私は取る。
そこに立っていたのは、銀髪の美少年だった。
え? いや待って?
この人は知ってる。
確かゲームでヒロインであるセリナとフラグを立てるべき人。
王太子殿下、リデアス様だ。
なぜここに。
多少の変装は加えてあるから、お忍びであろうことは推察が出来るけど。
「その、すみませんでした。不注意で……」
「それは構いません。こちらも不注意でしたわ」
私は笑顔で答える。
「そもそも二度に分けて持っていくべきでしたわ」
「手伝いますよ」
「いいんですか?」
「お詫びですから」
なんとなく気が引ける。
相手が王太子様だから。
とはいえ、こんなの、断るほうが申し訳ない。
「よっと」
そう言いながら本を持つ彼の後ろをついて行き、二人で椅子に座る。
なんだかいたたまれない。
余談だが、私はこのキャラ、リデラス様も好きだ。
理由は誠実だから、それと顔が整っているから、それと声だ。
半分くらい外見の話になってしまったがまあいいだろう。
未だになんで私がこの世界に来ることになったのか、その理由は分からない。けど、この世界を楽しめばいい。そう私は思う。
まずはそのためにシエルを助けなければならないんだけど。
「この本、邪神についてと、闇の魔力についての本が多いけど、そういう事に興味があるのかい?」
「ええ、とは言っても邪神召喚とかそう言う物じゃありませんわ。ただ、私の知り合いが闇の魔力に目覚めたとのことで、調べなきゃと思っただけです」
「闇の魔力に目覚めたのか?」
「え、ええ」
思った以上にぐいぐいと来られて困る。
これは話してはいけない事だったのだろうか。
ゲームでの彼はどちらかというといじめには関与しない人間だったのだから。
私の説明が終わるや否や、
「なるほど、そうか……」
と、彼は頷いて見せた。
「大丈夫ですよ。私の仮説では、闇の魔力を持っていても大丈夫なはずなのですから」
そう、私が調べた内容が正しいのならば。
「それは知っている。その闇の魔力を持っている者の名は?」
「……言えませんわ」
まだ、今の段階で言っていいのかは分からない。
それに、私はこの人を王太子殿下だと気づいているとは、向こうは知らないはずだ。
だからこれは不敬に当たらないはず。
「言えないか、そうか」
その声に軽くぞくっとする。
「だが、調べもの手伝ってやる」
「そこまでしてもらう義理は……」
「大丈夫だ。こう見えて俺も暇人なんだから」
「ええ、でも」
「大丈夫だから」
そう、笑みを浮かべられては断るに値する理由も浮かばない。
結局押し切られ、一緒に調べものに取り掛かるようになった。
リデアス様は私が正体に気づいていることを知らないのだろうなと思う。
この世界において王族の姿は国王ならまだしも、王太子や王女の姿はほとんど見ないのが通例だ。
その理由を私はよく知らないが、恐らくは暗殺などを防ぐためだろう。
必要以上に情報を流布しないというやり方が正解だという場合もあるのだ。
ただ、一応私はそれなりの家を出ている。ばれてるかもとは思わないのだろうか。
だが、結局私は社交界には出ていない。有名になるのは学院に入ってからだ。
だから、この時点で彼が私の事を知らなくても無理はない。
リエラが、リデアス様の事を知らなくても。
結局その日はそこそこの情報を集めることが出来た。
そう、王太子様がいてくれたからという事もある。
急なサプライズ的展開だったけれど、結局ありがたいことになった。
そして、陽が沈んできたころ、帰りの馬車にスザンヌと乗ることとなった。
ちなみにスザンヌは私たちが二人で調べものしてるのをほほえましく見ていたらしい。
良かった。スザンヌが嫌なちょっかいをかけてこなくて。
思えばリエラが怒られてる時って、ルールを破った時だ。
だからこそ、そのルールの中で私が何をしようとも別に構わないのだろう。
私が帰るねと言ったら彼は「ちょっと変える前に少しいいかな」と訊いてきた。
「君は確かリエラ・ラーグだったよね」
「ええ、そうですわ」
「俺はこの国の王太子リデラス・ハーグリヤです」
本名を明かした。私はその言葉に軽く呆然として見せた。
わたしの家柄も知っていたのに、名前までも明かした。
本来王太子がここにいるという事が分かったら大騒ぎになる。
という事は、私が既に彼の正体に気が付いているという事を知っていたのだろうか。
一体いつ?私はぼろなんて出していないはず。
それに、なんで私の名前を知りながら話しかけに来てくれたのだろうか。
ああ、頭がこんがらがる。
「また俺に会いに来て、アポを取るから」
「はい」
とは言ったが、翌年何もせずとも会える。
何しろ、クラスメイトになるのだから。
わたしは暫くボーとしてしまった。
あんなイケメンに、アポを取るから、と言われてドキドキしないわけがある?
正直今も心臓がバクバクしている。
だけど、だめだ。リエラは悪役令嬢。リデアス様はセリナと結ばれる運命なのだ。
だけど、それでも。
一時的にでも、リデラス様と一緒にいられたらそんなにうれしい事はない。
そう、こんな美形男と。




