-291-:キミもそろそろ消えてよ
「さて、イオリ。未だオトギの霊力が尽きない理由を、キミに教えてあげよう」
先の王位継承戦に参加していたという、ジョーカーと名乗る少女。
どのような能力を有しているのか?未だ謎ではあるが、御陵・御伽をそそのかして、妲己の騎体を乗っ取っているのは事実。
しかし、彼女たちは、どうやって、妲己の騎体を乗っ取ったのだろう?
ドラゴンヘッドが収縮し、オロチの騎体が、妲己の元へと引き寄せられる。
「わざわざアナタに教えてもらうまでもないわ」
頭部に大鎌の切っ先を突き付けられても、なお、イオリは怯えることなく、毅然とした態度で妲己に向く。
「さすがは神楽家の巫女様、いや、退魔師様。すでにお見通しって訳だね」
大鎌の切っ先が、ゆっくりとオロチの顔面に突き刺さってゆく。
「貴女が糧としているのは、人の怨念。負の感情よ。御陵家は長い歴史の中で、人々から尊敬される一方で、その裏では、たくさんの恨みや憎しみを買っている。それらの長年蓄積された膨大な量の負の感情が、私の霊力を大きく上回り、オロチと私を圧倒しているのよ」
答え終えると、イオリは七支剣で大鎌を、顔面の装甲ごと払いのけた。
そして、オトギに言い放つ。
「御陵・御伽!貴女はこの邪悪な魔者に利用されているのよ!そんな事も気付かないの?」
二人は結託している。
ジョーカーはきっと、潔癖なオトギをそそのかして利用しているのだと踏んで説得を試みた。
オトギの性格を考えれば、情に訴え掛けるよりも、挑発した方が効果的だ。
「いい加減、目を覚ましなさい!」
付け加えた。
だが。
「どうして、私が貴女を攻撃していると思う?イオリ」
オトギが訊ねた。
問いながら繰り出される大鎌の攻撃を、イオリは七支剣で弾いて防ぐ。
「私が気に入らないから。かしら?」
とたん、オープン回線は遮断されてしまった。
ココミやライク、その他の者たちが彼女たちの会話を耳にする手段は絶たれてしまった。
二人きりで話す中、オトギが答える。
「いいえ。貴女が生きていては、いけない人間だからよ」
妲己から伸びた影から、一斉に刀剣が突き出してきて、オロチの下半身を串刺しにした。
脚を奪われたオロチに妲己が迫る!
「後悔なさい!私を笑った事を!」
オロチの胸部を大鎌が貫いた。
真っ赤な血が、突き刺さった大鎌の刃を伝って滴り落ちる。
オロチの騎体がグッタリとなり、大鎌の刃が引き抜かれると、その場に力なく倒れ伏した。
オロチが光の粒となって、やがて消滅した。
「そ、そんな…」
まさかの光景。
アンデスィデで殺人が行われてしまった。
「呆気ないものね。女王のくせに」
妲己の騎体が光の粒に包まれ始めた。
「オトギ!其方、自分で何をやったのか、自覚はあるのか!?」
妲己が激しく問い詰める。
「あるわ。私はお爺様の仇と、私の未来に影を落とす者を始末しただけ」
罪悪感の欠片すら見せず、オトギは静かに妲己の問いに答えた。
「オトギぃぃ」
そんなオトギに、妲己は怒りを抑えられない。
「まぁまぁ、妲己てばぁ」
間に割って入るように、ジョーカーが乱入してきた。
「そんな事よりも妲己、キミもそろそろ消えてよ」「何!?」
声だけのやりとり。
すると。
「馬鹿な!私が消える!?どういう事だ?」
妲己の騎体が光の粒となって消滅した。
★ ★ ★ ★
黒玉門前教会内にて。
パープリッシュレッドの魔法陣が、ライクたちの目の前に描かれた。
魔法陣が回転を速めて上方へと昇ってゆくと、オトギが姿を現した。
そして、その傍らには。
道化師の格好をした少女の姿が。
「何者です?」
ライクを庇うようにして、ウォーフィールドが少女の前に立ちはだかる。
少女はスカートの端をつまんで軽く会釈して見せると。
「初めましてぇ、妲己を乗っ取ったジョーカーと申します。以後、お見知り置きを」
突然の来訪者に、ライクは驚愕する外なかった。
ジョーカーの横を、ココミがツカツカと通り過ぎてゆく。
パァーンッ!
教会内に鳴り響く。
ココミが、オトギの頬に平手打ちを放ったのだ。
「やはり貴女を、この魔導書チェスに巻き込むべきではありませんでした!」
告げるココミの目には涙が溜まっていた。
イオリを失った悲しさもあるが、またもや殺人の片棒を担いでしまった事が何よりも悔しくてならなかった。
「人の道を踏み外した貴女の顔など、二度と見たくはありません。出て行きなさい!」
出口を指差し言い放つココミの傍を、オトギは何も言わずに通り過ぎてゆく。
そんなオトギに、首を傾げながら、ジョーカーが従い、共に去ってゆく。
出口の扉に手を掛けたところでオトギがココミへと向いた。
「ココミ・コロネ・ドラコット。理想だけでは、何も守れないのですよ」
ただ、それだけを言い残して、オトギたちは黒玉門前教会を後にした。




