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-286-:私を止める権利なんて、誰にも無いわ

 御手洗・達郎は御陵・御伽と会う約束をしておきながら、どう説得しようか、未だに決めかねていた。


 要するに、シナリオを組まずして、俳優が舞台に立つのと同じ状況。


 場所は淡水水族館。季節的に日差しが強く、女性のオトギに配慮しての場所だった。


 話題からして、たぶんオトギは感情的になるかもしれないけれど、水槽の魚たちを目にすると、少しは落ち着きを取り戻してくれると期待もしていた。


 でも、やっぱり、休日の水族館となると、マイナー水族館であっても家族連れや観光客で賑わってしまうもの。


 こうなってしまうと、とてもではないが、話どころではなく、ただのデートになってしまう。


 小さな魚の泳ぐ姿に微笑むオトギを見ていると、自然と笑顔が出てしまうタツローだった。


 結局、話を切り出せないまま夕方となってしまった。今日一日を無駄にしたとは言わないが、潰してしまった時間を何としてでも取り戻したい。


 とにかく話を切り出さなくては。思うも…。


「淡水魚だけの水族館なのに、思った以上に魚の種類が多くて驚いたわ。ナマズがあんなに可愛らしく思えたのは初めて」

 可愛らしくも何も、普段の彼らは泥の中。あんな鮮明に姿を現す事は稀である。


 オトギは、相当ナマズが気に入ったらしく、バレーボールサイズのナマズのぬいぐるみをお持ち帰り。


「こんなに楽しい気分になったのは何時ぶりかしら」

 後ろから吹く風に晒される髪を手で押さえながら、嬉しそうに眼を細める。


 今の彼女からは、傷心の影などほとんど見受けられない。


 話すのなら、今がチャンス。


「あの、オトギさん」「ん?」

 オトギの赤茶の瞳に西日が射しこみ、ルビーのような紅い輝きを宿している。


 澄んだ紅が、これから話す事によっては地獄の業火の紅に変わると思うと気が滅入るが、これ以上引き延ばしておく訳にもいかない。


 タツローは意を決した。


「この間の話なんだけど。・・その妲己とマスター契約をしたらどうかなって話」

 今はまだ、穏やかな表情で聞いてくれている。


「ああ、その話なら、もう妲己とマスター契約を果たしました。グラムには申し訳ない事をしたと思っています。彼に事情を話すつもりでいましたが、先にココミさんが彼に連絡をしてしまって、私が留守にしている間に、ココミさんの元へと戻ってしまいました」

 その話はクレハから聞いている。


 何でも、ぬいぐるみの姿で夜中に戻って来たとか。


 今頃、黒玉門前教会でコールブランドと熾烈な争いを繰り広げていることだろう。


「それが、どうかしましたか?」

 遠い目をしてグラムの行く末を案じていたら、オトギがタツローの目を覗き込んできた。


「あ、あのですね・・。散々彼女とのマスター契約を勧めておきながら、何ですが・・その・・。彼女との契約を解消してもらえないかな・・て」

 伝え終えた。自分なりに最大限努力をして、すべてを伝え終えた。


 なのに、オトギは表情を変えないまま、ただじっとタツローを見つめていた。


 無言で理由を求めているのが分かる。何よりも強烈なプレッシャー。


「ど、どうして、この間と真逆の事を言っているのかと、も、申しますと・・」

 前置きなどどうでも良いと、真っ直ぐな視線が、そう言っている。


「タイミング。そうだ!タイミング。あまりにもタイミングが悪すぎるから、今回のマスター契約を見送って欲しいんです」

 ようやく閃いたワードであるが、3度も言ってしまえば不信感を与えてしまう。そんな事にさえ気づけないタツローはもはや完全にテンパっていた。


「タイミング?」

 当然のごとくオトギが訊ねてきた。


「オトギさん。キミのお爺さんが先日、航空機テロに遭ってお亡くなりになられたのは、僕も知っているよ。しかも、それがココミさんのお姉さんが従える連中の仲間の仕業だって事も知っている」

 タツローはオトギの両腕をガッシリと掴んだ。


 オトギは一瞬、驚いた表情を見せたが、掴まれている腕に痛みを感じている素振りも見せていないので、タツローはそのまま話を続けた。


「君は今、自分の手で復讐を果たそうとしているね。アルマンダルの天使たちと契約を結んでいるクレイモアの連中を、その手で殺してしまおうと考えている」

 今、この場には自分たちふたりだけ。ならば、遠回しな表現をする必要はなく、“殺人”を思わせるワードを使っても構わない。


 オトギは、掴むタツローの手に目をやると、すぐさま彼の目を真っ直ぐ見つめた。


 そして。


「私を止める権利なんて、誰にも無いわ」

 素直に聞いてくれないとは判ってはいたけれど、ここまでピシャリと言い切られてしまうと、切り札とも言えるワードを持ち出すしか無い!


「復讐なんて止めるんだ。キミが復讐を果たしても、亡くなられたお爺様は決して喜んではくれないよ」

 まるで、ヒーローが現れてすぐに必殺技を繰り出すような展開。


 もはやタツローには、この言葉が届いてくれる様、祈るしかなかった。


「喜んでもらいたくて復讐を果たしたい訳じゃないわ。私はただ、お爺様の無念を晴らしたいだけ。これからも大勢の人たちのために尽力なさろうとしていたお爺様の無念を、ただ晴らしたいだけなの。邪魔をしないで!」

 まさかの展開にタツローは唖然とした。


 もはや、彼女の心に響く言葉が何も思いつかない。


 説得に失敗してしまった。大失敗だ。


 オトギを掴んでいた手が自然と離れてしまう。


 ………ただ、沈黙。


「何で、いきなり、それを言ってしまうかねぇ」「ダメだな。テレビの観過ぎだな、アレは」

 タツローとオトギ、ふたり揃って声の方へと顔を向けた。


 二人が向いた先には。


 棒アイスを手に、並んで立つクレハとヒューゴが思いっきりダメ出しをしていた。


「な、何でクレハさんたちが…」

 タツローは茫然と立ち尽くしていた。


「こんな時間になって話を切り出しやがって…。今日一日、ほとんどデートだったじゃねぇか」

 ヒューゴの話しぶりから、最初から()けていた事がうかがわれる。


「んもう、暑いんだから、さっさと用件済ませて、私たちを解放してよね。タツローくん」

 いや、別に頼んだ訳でもないのに、勝手に尾行してきて、解放とか、勝手な事を言わないで欲しい。


「これ、どういう事なの?タツローくん」

 当然ながら、オトギが訊ねてきた。この状況、針のムシロどころの騒ぎではない。


 オトギの眼差しはは完全に敵視そのもの。


 タツローの首は、壊れた時計の針のごとく、カクカクとオトギへと向けられた。


「僕はただ、オトギさんに復讐は良くないと伝えたかっただけなんです」

 心の底から泣きたくなってきた。

 

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