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-277-:それは普段着なの?

 困った。


 市松市に戻ったタツローは、復興にかかる工事車両や重機を眺めながら、ひとり頭を抱えていた。


 あんなに敵意をむき出しにして妲己の誘いを蹴ったオトギに対して、どう説得して妲己のマスターになってもらうか?


 正直に妲己が語ってくれた事を話すか?


 いや、オトギならきっと、妲己に言い包められていると、頭から相手にしてくれないだろう。


「困ったなぁ…。マジにどうすりゃ良いんだ?」

 声に出てしまう。


「あら?タツローくん」

 突然声を掛けられ、向いた先には、当の御陵・御伽の姿があった。


 休日の彼女を見るのは初めて。


 しかし。


 ムムム?とタツローは不思議そうにオトギを見やった。


「何か、私の顔に付いているのかしら?」

 タツローは即座に首を横に振って、それは否定した。


 だけど。


 どうして彼女はベトナムの民族衣装のアオザイを着て、頭にノンラー(ベトナムの円錐形の帽子)を着用しているのか?


 黒髪ロングの女子が、白一色のアオザイを着れば、何と美しさの映える事か。


 思わず見とれるも、やはり、それは普段着なの?と不思議に思えてならない。


「どこかの民族衣装みたいですね。とても似合っていますよ」

 知っていながら、あえて知らぬフリ。だけど感想だけはしっかりと伝えておこう。


 すると、オトギはクルリと一回りして見せて「これ、ベトナムの民族衣装なんですよ」


 嬉しそうに説明してくれた。


 さすがに理由を聞かなかったので、どうして着ているのかは教えてくれなかった。


「どうしてオトギさんがここに?」

 衣裳の事は、また今度訊こう。


「お買い物の途中に、タツローくんを見かけたものだから」

 オトギの後ろに、車が待たせてある。なるほど。


「復興が進んでいるようですね」

 重機の動く音がけたたましく響く中、オトギは作業を続ける重機へと目を移した。


 だけど、そんなオトギの表情がとたんに険しくなった。


「あれほどガレキの山と化していたこの街を、ここまで整地したというのに、あの連中ときたら、また戦いを繰り広げてメチャメチャにしようとしている」

 いきなり話し辛い方向へと話題が進んでいる。


 今、彼女にお願いしたいのは、その街を再びメチャメチャにするものだ。


 この状況、十中八九火に油を注ぎかねない。


「だけど、その事に関しては、オトギさんのお爺さんも承諾しているんじゃ…」


「それが理解できないから!納得できないから、辛いのよ!」

 つい感情的になってしまう。そんな自身に気付くとオトギはすぐさま「ごめんなさい」と素直に謝った。


「だったら、お爺さんに直接訊ねてみたら?」

 恐れをなしたタツローは、オトギのお爺さんへと丸投げ。理由を知れば、協力してくれるのでは?と淡い期待を抱いた。


「祖父は今、仕事で海外に出張中です。プライベートでない限り、こちらから連絡を取る事は禁止されています」

 財界の重鎮サマは、とてもはお忙しい事で。


「お爺様…」

 呟く少女は、今度は人目もはばからずに不安な表情を見せる。


「他の家族の方も、連絡を取り合う事は禁止されているのですか?」

 タツローの質問に、オトギは力なく頷いて見せた。


 仕事中に家族への連絡は控えるべきなのは理解できるけど、休憩時間や就寝前くらい連絡をくれても良いのでは?


 そこまで仕事に徹底しなくても、と思うのは、仕事に対する姿勢が未熟なのか?


「お爺様…どういうつもりで、あんなバカげた戦いを容認されたのかしら?しかも火の粉を振り被るかもしれない、こんな近い場所での戦いに」

 大事な用事で連絡したい時に限って、繋がらないものである。


 オトギの歯がゆい思いがひしひしと伝わってくる。


「ところでタツローくん。何か悩んでいる様子だったけど、良かったら私に話して下さらない?話す事で少し気分が和らげれば良いんだけど」

 その申し出は、とても有難い。


 だけど、悩みを打ち明けようものなら、それこそ火に油を注ぐ結果にしかならない。


「い、いや…。悩みって程でも無いんです。しょーもない事だから、オトギさんに話す程の事でも無いです。ハイ」

 すると、オトギはふと寂しそうな眼差しをタツローに向けた。


「お互いに共通の秘密を持った時から、些細な事でも話し合える仲になったと思っていたのですが」

 恐るべき御陵・御伽。こんな顔をされてしまえば話さない訳にはいかない。


 女の涙は武器と言われるが、まさか、これほどまでに絶大な威力を発揮するとは。


 タツローは意を決した。


「あ、あの、オトギさん」


「はい」

 オトギの真正面に立つと、彼女が顔を上げてくれた。が、その瞳に真っ直ぐ見つめられると、この後の話次第で刺すような眼差しに変わるかと思うと、背筋に冷たいものを入れられた感覚に襲われた。


 だがもう、ここは突っ切るしかない!


「オトギさん。怒らずに聞いて下さいね」

 何て前振りだと自身でも呆れてしまう。


「先日のパーティーの妲己の申し出、僕は受けた方が良いと思う」

 話を切り出したとたん、いや、妲己の名を出したとたんに、オトギの表情が険しくなった。


「どういう理由で?」

 訊ねるオトギの声は、とても低い。相当ご立腹な様子。


 悩みを打ち明ける流れが、たちまちのうちに取調べに変わってしまった。


「ちょっとばかり妲己の素性を調べてみたんだ。でね、彼女」「彼女?」

 何が気に入らないのか?『彼女』なるワードにさえ異常に反応を示す。


「妲己は元々、京都の伏見稲荷大社に住み着く土着の魔者だったんだ。それで、人々が抱え込む悪い気を吸い取っては、お参りに来る人の悪い気を(はら)ってくれていたんだ」

 悪いヤツじゃないアピールをしているのに、オトギの表情は依然険しいまま。


 そんなオトギを見ていると、つい話を止めてしまう。だけど、「続けて」オトギはそれすら許してくれない。


「は、はい。オトギさんは皆が憧れるお嬢様で、頭も良くて運動神経もバツグンだし、それに美人と完璧だけど」「だけど?」

 今度は腕を組み始めた。これではまるで、責めを受けているみたいだ。


「だけど、オトギさんは知らず知らずの内に、他人から妬まれた恨まれたりしているんだ。いわゆる嫉妬ってやつ。それが妲己が人々から吸い取っていた“悪い気”ってヤツなんだよ。悪い気が溜まると、人は悪気に染まり、人としての心を失ってしまうんだ。だから」


「だから、妲己に悪い気を祓ってもらえと言うの?まるで湯治みたい」

 その例えは違うような…だけど、面と向かって否定などできない。


 オトギの瞳がタツローの瞳を覗き込む。タツローの背筋は自然に真っ直ぐとなった。


「タツローくんには、今の私が悪い気に毒されて人の心を失っている様に見えるのかしら?」

 そこは面と向かって訊ねないで欲しい。答えは必然的に「い、いいえ」


「じゃあ、タツローくんは何故、私に妲己のマスターになれと勧めたの?」

 こうなると分かっていた最悪の事態。結局は『YES』と『NO』どちらを答えても、尋問を受ける事は免れない。


 ならば。


「しょ、正直に言うよ。今のオトギさんは、とんでもない量の悪い気が体を覆っているんだ。それは、オトギさん本人が引き寄せたものではなく、御陵家が長い歴史の中で他の人たちから妬まれ恨まれたりした悪い気が溜まっているんだ」

 話を聞くオトギの表情がさらに険しくなり、もはや殺意が滲み出ているようにさえ感じられる。


「妲己ね。あの女狐に、そう言い包められたのね」

 嫌な予感ほど的中するもの。だが、そうだと言ってしまえば、この話は終わってしまう。


 コンマ数秒の中、タツローの頭はフル回転を始めた。


 何としてでも、オトギを納得させられる言葉を見つけ出さなくては。


「コールブランド!」

 閃いたように、初めてオトギがコールブランドと出逢った時の事を思いだした。


「コールブランド?彼女が何か?」

 オトギが首を傾げる。


「そう!コールブランドが言っていた、“ドス黒い”霊力!」

 オトギはさらに首を傾げる。


 タツローが続ける。

 「覚えてる?オトギさん。彼女が貴女を毛嫌いしていたのを。ドス黒い霊力とは、まさしく妲己の言う悪い気の事なんだ。コールブランドは索敵型のドラゴンじゃない。だけど、そんな彼女にさえ察知されてしまうほど、オトギさんがまとっている悪い気はとても多いって事なんだよ」

 納得したのか?オトギが体のあちこちを見やって、最後に両掌を上に向けて見つめている。


 とても驚いた表情を見せて。


「わ、私が…」

 真っ白な衣装をまとっていても、体にまとわり付くのはドス黒い霊力だと知ると、どうやら平常心ではいられないようだ。



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