-275-:妾の姿を見るなり、いきなり勃起しおってな
タツローは京都の伏見稲荷大社で参拝をした後、多くの観光客たちが写真などでUPしている千本鳥居をくぐっていた。
まるで赤と黒のコントラストで彩られたトンネルを抜けるよう。
思わず自身でも写真を撮ってみる。いわゆる自撮りというやつだ。
そこに、栗色の長い髪の女性が寄り添うようにして映り込んできた。
まるで恋人のように。
って!違うだろ!
タツローはスマホを下げた。
「何故、写真を撮らぬ?見栄えの良い景色ではあるまいか?」
彼女の言う通り、確かに写真映えする光景だ。
多くの、ほとんどの外国人観光客が「ファンタスティック!」と叫びながら写真に収めるのも、分からなくもない。
しかしだ。
「どうして貴女といっしょに写真を撮らなければならないんですか?妲己さん」
タツローと共に伏見稲荷大社を訪れているのは、千年狐狸精の妲己だった。
「そもそも、こんなに遠出をして、貴女のマスターは平気なんですか?聞くところによると、貴女は燃費の悪い車と同じで、霊力を大量に消費すると聞いていますよ」
彼女ほどの美女との旅行は、正直、悪い気はしない。
行き交う男性のほとんどが妲己を目で追っている。
だけど、そんな優越感に浸っている場合では無い。
彼女の行動の裏には必ず霊力を吸い取られて体調を崩す日替わりマスターの存在がある。
「まあ、其方が無粋な龍を呼び出して戦う事さえしなければ、本日のマスターは明日寝込むだけで済むであろう。もっとも、其方が龍を召喚したところで、返り討ちにしてくれるがの」
最強を誇る女王相手に僧正単騎では分が悪すぎる。
タツローは元から彼女と戦う気など無かった。
それはそれとして。
この事をコールブランドが知ったら、負けると解っていても、全力で戦いを挑むに違いない。それはそれで迷惑だ。
「それよりも、こんなに人が大勢お参りする神社にやって来て、何がしたいんです?」
タツローは妲己に訊ねた。
「まあ、そうじゃな。今でこそ異国の連中で溢れ返っておるが、ここは以前から大勢の日本人が参拝に訪れている場所なのじゃぞ」
得意気に説明をくれるが、それは伏見稲荷大社が商売繁盛をお願いする神社なので当然と、タツローは腕を組んで「分かっているよ」と告げた。
「だけどな、とある男だけは違ったぞ。あの者は、この日本という国を良くするために努力する決意を妾に固く願ったのじゃ」
固く願う?誓うの言い間違いでは?
「御陵・御伽の祖父、御陵・幸三朗だけは珍しく、他の者とは異なり、金儲けの成功や宝くじの当選などを願わなかったのじゃ」
驚くタツローを余所に、妲己は昔話を語り始めた。
「そうじゃの。あの者、御陵・幸三朗がまだお前くらいの年齢の時じゃったかの」
何十年前の話だ?オトギの祖父は当時京都に在住していたのか?それとも修学旅行か何かで伏見稲荷大社を訪れたのか?
御手洗・達郎は相変わらず頭を巡らせる向きが明後日の方向へと向いていた。
「学校の行きと帰りに必ずお参りにくる高校生男子がおってな。それが御陵・御伽の祖父じゃった。えらく熱心にお参りをするものだから、ふと訊ねてみたのじゃ」
見切り発進さながらに、いきなり昔話を始めた妲己に思わず「オイオイ」話を止めさせた。
妲己は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をタツローに向けた。
「いきなりぶっ飛ばし過ぎですよ。妲己さん。貴女は元々こちらの世界に居ついている魔者だったのですか?」
順を追って話をして欲しいと願う。
「そうじゃ。こう見えて妾は苦労を重ねておるのじゃぞ。妾が千年狐狸精、いわゆる九尾の狐というだけで、人々は、やれ妲己だの玉藻前だのと叫んでは妾を追いやってくれたのだ。どちらも空想上の化け物であるにも関わらずに。まこと困ったものじゃ」
とはいえ、苦労話から始められても困るし、「玉藻前?」知らない言葉が出てきた。
タツローは思わず訊ねた。
が、「それくらい文献で調べられよ。其方、学生なのであろう?」
調べ事は学生の本分と言わんばかりに、まともに取り合ってくれない。
「まあ、妾の“妲己”という名も、500年くらい前にこの都で名が無ければ何かと不便と、貴族の娘が付けてくれた名であったが、どうやら過去の文献から引用したようじゃ」
そこまで遡らなくても結構。だけど、名前の由来が“引用”で内心ホッとしている。
伝説として伝わる妲己は国を滅ぼす悪女であり、九尾の狐は手が付けられない大妖怪である。
彼女を見ていると、その様な悪女にも極悪妖怪にも見えない。
ただの美しい自由奔放な女性だ。
「で、オトギさんのお爺様とはどういう関係なんですか?」
話を振り出しに戻した。
「毎日、あまりにも熱心にお参りするものだから、姿を現して、あやつに訊ねてみたのじゃ。じゃがの、あの青二才、妾の姿を見るなり、いきなり勃起しおってな」
クスクス笑いから腹を抱えて笑い出した。
「あのですね!僕が聞きたいのは、そんな18禁の話じゃなくて!」
「分かっておる。何せ思い出しただけでも笑えるものでな、つい」
笑い過ぎてみ染み出た涙を人差し指で拭って見せる。
そんな仕草に、タツローは思わず心を奪われてしまった。
やはり、この妲己という魔者、“悪女”に違いない。
自覚が無いにせよ、周囲を混乱に陥れる妲己に確信を得るタツローであった。




