-266-:そんな事よりも、大変な事が起きているわ
ドレスに身を包んでのパーティーなど、生まれてこの方初めてなクレハは、人との会話に華を咲かせるよりも、やはり食い気が勝っている。
立食なので、あまりガッツリとはいかないだろうと思ったのに、見た目も味も今まで味わった事の無い料理が並ぶと、片っ端から手を付けている。
次はどれにしようかな…。つい迷ってしまう。
トンッ!
他の人と軽くぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい」
皿に盛った料理が、相手にかからなくて良かった。安堵した。
相手もホッとした様子。って!!アナタ!
「タ、タカサゴ!?」「ん?悪いな、ぶつかってしまって」
何を軽く受け流してくれてるのよ!そんな事よりも。
「何ひとりで食事をしているのよ?キョウコちゃんは?彼女、私たち以外の人とは、ほとんど面識が無いんだよ」
彼女を独りにするなんて無責任にも程がある!と憤慨するクレハも食事に夢中だった。
「彼女の事なら心配無いさ。俺たち以上に安心できる相手とお喋りしているよ」
そんな相手いたっけ?ベルタの事かな?彼女(彼)は天然が過ぎるから、会話をするにも頭をフル回転させないと成立させるのが難しい。安心して話をできる相手とは、とても思えない。
「以前、猪苗代が話してくれた、無茶苦茶チェスが強い福井のお坊ちゃまと会話を楽しんでいるんだよ」
それを聞いて、『ああ、なるほど』と納得。…え?って事は、彼、敵側の黒に所属しているという事?
「その男性、誰のマスターなの?妲己?それとも知らない駒か何か?」
その“駒か何か?”という質問はどうかと、ヒューゴは呆れたような眼差しをクレハに向けた。
さて、つい口が滑ったとはいえ、素直に宿呪霊のナバリィと伝えて良いものか…。彼女のマスターはすでに“ノブナガ”だと報せているし…。
そんな二人の背後で、シンジュはロボから、ある報せを受けていた。
ロボがシンジュの耳元で囁く。と、シンジュが驚きのあまり、急に辺りをキョロキョロと見回した。
「ノブナガはどこ?」
シンジュがロボに訊ねる。彼の“鼻”をアテにしての質問だった。
「ノブナガなら、庭園の方にいるよ」
ヒューゴが教えてくれた。
シンジュは「ありがとう」と言い残して、ノブナガの下へと急いだ。
「そういえば、あのちょんまげヒゲ野郎の姿を見ないわね」
思い出したかのように、クレハが呟いた。…ふと、ヒューゴの顔をまじまじと見つめる。
「タカサゴ、どうして、貴方がノブナガの居場所を知っているのよ?パーティーが始まってから、ヤツの姿を一度も見た覚えが無いんだけど」
すると、ヒューゴがすかさず目線を逸らせた。
彼との付き合いだけは、とにかく長いので、彼のこういう仕種をする時は“知らないフリ”をしているのだとハッキリと解る。
彼は一体、何を隠そうとしているのだろう?
考えを巡らせるまでもなく、その答えは舞い降りてくるかのように、クレハの頭に閃いた。
と、同時に、それは果たして信じて良いものなのか?動揺を隠せない。
「ま、まさか…キョウコちゃんが、あんなに乙女まる出しで私たちに語ってくれた想い人って…」
クレハはゴクリと唾を飲み込んだ。
「主張が明後日の方向に向いている、あのコスプレ野郎だったの!?」
答えを問うまでもなく、死んだ魚のような目をしているヒューゴを見て、それは正解に間違い無いのだと確信を得るクレハであった。
何とも滑稽な…。
だけど、これは友達として応援してやるべきなのだろうな…。
思うも、どうも気が乗らない。
◆ ◆ ◆ ◆
「ノブナガ…さん?よね?」
ノブナガの下へとシンジュがやって来た。いつもの彼と違うあまり、戸惑いを隠せずに。
「お話しの最中なのに、ごめんなさいね」
断りを入れて、ノブナガの手を取り、キョウコから距離を離す。
「何だ?トモエ」「その名で呼ばないで」小声で行われる、小競り合い。
「そんな事よりも、大変な事が起きているわ」
ノブナガの目が変わり、シンジュの手を引いて、さらにキョウコから距離を離す。
シンジュは、キョウコにはチラリとも目をくれずに報告に入った。
「見張りについているロボの手下が一人、連絡が取れなくなっているの。召喚にも応じないし、ニオイも追えない事から、魔者に始末されたと見て間違い無いそうよ」
一体、誰の仕業なのか?




