-252-:気難しい女性とお付き合いなさると、何かと気苦労が絶えませんね
―第34手アンデスィデ終了直後―
黒玉門前教会内にて。
第34手でd6黒側ビショップ(人狼)のロボが、e5白側ナイト(超音速飛龍)のダナをテイクして発生したアンデスィデは。
結局、テイクしたロボがテイクした駒であるダナから500㎞以上の距離を逃げ切り、終了を迎えた。
拍子抜けするライクに、皆の無事に安堵するココミ。
ココミ自信、今回ばかりは白側の誰かが敵を殺害してしまうのではないかと懸念を抱いていた。
なのに、参戦者全員が不殺を貫き無事に戻ってくると思うと、胸が張り裂けそうになる。
「本当に良かった…」
思わず涙があふれ出る。
「見事であった。真に、良い騎士たちを揃えられたな、ココミ・コロネ・ドラコット」
ノブナガからの称賛。
「はい…」返事をする傍ら、「だから、私が出るよりも、クレハちゃんに任せて正解だったでしょう?」
入り口から聞こえてきた女性の声に、皆の視線が向けられた。
女性は、天馬学府高等部の制服(胸元のリボンは緑色)をまとい、眼鏡をかけている。
侵入者の存在に、ノブナガの影として控えていたナバリィが、透明化を解いて女性へと向けて飛び出すと、即座に空間に空けた穴からサーベルを取り出し手にした。
「止めろ!ナバリィ。その娘は!」
ノブナガの制止を受けて、ナバリィは突進を止めた。
「何だ?マスターの知り合いか?」
「うむ」
頷いて、女性へと向き直った。
「この者の無礼を許して頂きたい」一礼をした後、「鳳凰院家茶道古流家元の御息女、鳳凰院・風理殿」
彼女の名前を言い当てた。
すると、カザリはスカートの端を摘まんで軽く会釈をすると、「お久しぶりにございます、明智・信長様」
二人は顔見知りであった。
「加えまして」
カザリは胸に手を当てながら、続きを始めた。
「投石大蜥蜴のガンランチャーの、真のマスターを担っております」
同時にナバリィがカザリに向けて飛び出した。
パキィッ!
ナバリィの足元で弾が跳ねる。
跳弾によって、ナバリィの脚は止まってしまった。
銃痕の向きから察するに、カザリとは別の方向から発砲されたと推察される。
「何奴!?」
ナバリィが発砲元へと向き直る先には、サンバイザーをした、ローラースケートを履いたウェイトレス姿の少女が。
「ガンランチャー、ただいま戻りましたぁ!」カザリに敬礼、すると「おかえりなさい」
敵を前にして、呑気に帰還の挨拶を交わすカザリたちに、「マジか!?」ノブナガが驚愕する傍ら、ナバリィは表情を険しくした。
「此度の戦では我らの負けであったが、この場で我が、敵の一人を始末してくれる!」
ナバリィの周囲に幾つもの空間の穴が空いた。
「かかれ!ゴブリン共!」
掛け声と共に鳴り響いた銃声の後、誰も穴から姿を現す者はいなかった。
「出る杭は打たれる。いえ、この場合、出る前に撃たせてもらいました」
カザリがナバリィに向けてニッコリと微笑む。ついでに、「ガンガンとね」ガンランチャーが付け加えた。
空間の穴から流れ出る血を目の当たりにし、悔しさのあまり、歯を食いしばるナバリィ。
そんなナバリィの肩に、ノブナガが優しくそっと手を添える。
「どのみちワシらは詰んでおる」
告げて、顎で柱を差した。
そこには、甲冑ブーツの爪先が覗いていた。
ベルタが柱の陰に隠れている。
「フンッ!あのような人質を取られれば手出し出来ぬ腑抜けなど、数の内にも入っておらぬわ!」
告げてナバリィは空けた空間の中へと姿を消した。
取り残されたノブナガは、柱の陰に隠れたままのベルタに頭を下げる。
「すまぬな、英雄ベルタよ。どうかこの通り、友の無礼を許してやってくれ」
「気難しい女性とお付き合いなさると、何かと気苦労が絶えませんね」
謝ってばかりいるノブナガを気遣うカザリ。
すると、カザリも手で指示を送り、ガンランチャーを透明化、退場させた。
「さて、本題…いえ、ご忠告致します、ノブナガ様。早々にこの黒玉門前教会からお立ち去り下さい。貴方様の正体に疑念を抱いているオトギちゃんが、こちらに向かっているはず」
退場を促すも、ノブナガは自信満々の笑みを浮かべて、これを拒否。
「ご心配には及ばぬ。彼女がワシの正体に気付くはずなど無い!」
絶対の自信を見せつける。
ところが、カザリのメガネがキラーンと光った。
「それは、驕りというものですよ。これまでに貴方様とは2度しか会った事の無い私でも、一目で貴方様を明智・信長様と見抜いたのです。これまでに何度も顔を合わせているオトギちゃんならきっと、気付かぬはずはありません」
理由を述べられると、さすがのノブナガも不安に駆られたのか、辺りを見回す。
だけど、肝心のナバリィはヘソを曲げて先に帰ってしまった後。
「さあ、お時間はありませんよ。そろそろオトギちゃんが来てしまいますよ」
さらなる追い討ちに、ノブナガは分かり易いほどに、うろたえ始めた。
「ご一緒致しますわ、ノブナガ様」
すると、カザリはノブナガの手を取り、腕を組んだ。
「さすがのオトギちゃんも、こうすれば野暮な行為には至らないでしょう」
ニッコリと微笑まれても、ノブナガはぎこちない引きつり笑いを返すだけ。
「あら大変!」
カザリが急に何かを思い出した。
「こんな姿を猪苗代のお嬢様に見られでもしたら、彼女、きっと失恋の果てに、今宵枕を濡らす事でしょうね」
カザリの話に、ノブナガは驚いた表情を見せて、「なっ!?あのエロい体の!?」
驚く所が違うと窘めたいところであるが、時間が無い故セクハラ発言を撤回させている余裕など無い。
それにしても、どうして猪苗代・恐子は、このような発想そのものが明後日の方向を向いている男性に心を奪われてしまったのだろうか?それこそ不憫に思えてならない。
「彼女、貴方様を白馬の王子様として恋焦がれていらっしゃるのですよ」
衝撃の事実を告げられ、ノブナガの顔は一気に真っ赤に染まった。
「いえ、それよりも」
神妙なカザリの顔がノブナガへと向けられた。
「もしかしたら、貴方様の、このようなおふざけが過ぎるお姿を目の当たりにして、今宵枕を濡らす事になるかも」
いずれにしても、ノブナガにとっては迎えたくない結末ばかり。
すえたお灸が強すぎたのか、うろたえすぎて、もはや言葉を発する事すら出来ないノブナガを、引きずるようにしてカザリは共に教会の出口へと向かった。
「待ってください!」
ココミの声に、カザリが振り返る。
「どうして、アンデスィデ参戦をクレハさんに押し付けたのですか?」
訊ねた。
「今回のような乱戦なら、彼女の方が適していると判断致しました。彼女と、この私がアミューズのゲームでパーフェクトを出した事は姫様もご存知ですよね」
ココミは頷く。
「その時の、私とクレハさんのスコア比率は、44:56で彼女の圧勝でした。私はただの添え物。添え物は添え物らしく、メインディッシュに主役を譲るものなのですよ」
告げると、カザリは一礼して、ノブナガを連れて黒玉門前教会から立ち去って行った。




