-243-:楽勝だわ
「くっ!」
僧正2騎が合体した魔神が、たった1騎のビショップの裏拳を顔面に受けてよろめいている。
用心を欠いた訳でもなく、不覚を取った訳でもなく、ただ、死角からの攻撃に対応できなかっただけ。
それは全て私の責任…。
オトギは、股の間から覗くタツローの後頭部を見つめながら自責の念にとらわれていた。
それは、ともかく。
このオオカミの頭をした盤上戦騎を何としても倒さねば。
サイドスクリーンに奮戦し続けるガンランチャーが映る。
「クレハ先輩…」
彼女の噂は耳にした事がある。
アミューズメントに設置されているガンシューティングゲームで弓道部の先輩と二人でパーフェクトを叩き出した話を。
所詮はゲームの話だと、実戦に耐えるものでは無いと侮っていた。
なのに、敵を圧倒するばかりか、自分たちを守り通してくれてもいる。
彼女には感謝している。
侮ってしまった事を心から謝罪したい。
彼女が置かれている状況は。
敵を半数まで削っているとはいえ、敵騎の数は未だ10騎を超えている。
この状況を打ち破るには。
目の前の人狼のロボを何としても倒さねばならない。
総ダメージ60パーセント以上を与える?
もはや、そんな悠長な事を言っている場合ではない。
例え敵のパイロットが、タツローの知り合いであろうが。
彼女を殺すつもりで挑むしかない。
そう…殺すつもりで。
皆を助けるためなら、人殺しすら厭わない。
両者同時に前へ出た。
薙刀の突きをブーメランで叩き弾く。
だったら!
今度はバッタの蹴りを食らわせてやる!
前蹴りを放つも、難なく膝を上げてガードされてしまう。けれど!前面スカートとなっていた、本来のグラムの腕が展開。ロボの太腿に深く、伸ばした鎌を突き刺す。
「ググ」
ロボが痛みに声を上げる。
さらに。
ようやくといったところか。
ロボの首元を掴んだ。
援護に駆けつけたイヌたちに対して、ロボを盾として向けてやる。当然、彼らは手を出す事などできない。
その隙を狙って薙刀でイヌたちを貫く。
敵を盾にしてまで、なりふり構わぬ戦いぶりを見せるオトギに、ココミはただ両手で口元を抑える事しかできない。
騎士道にあるまじき戦い。
それが例え、逆境を跳ね返す手段であろうとも、許せるものでは無かった。
だけど、そんなオトギを非難できようか?
嫌悪を抱きつつも、状況から見て肯定せざるを得ない自身が、より許せない。
自身が目指した“誰も死に至る事の無い戦い”がいま、音を立てて崩れ落ちようとしている。
ココミは確信した。
オトギは殺人を犯そうとしていると。
「グラム!」
呼んではみたものの、人殺しも厭わないオトギを誰が止められると言うのか?
誰に頼れば…。オトギは自らの手を血で染めようとも、タツローを守る事を最優先するはず。なので、タツローに説得を求めてもムダだ。
コールブランド?彼女は口汚くオトギを罵るだけで何の遮りにもなりはしない。
最後に残るは。
「クレハさん…」
もはや声にすらなっていない。
けれど。
「大丈夫だよ」
クレハの声。
「大丈夫。その時は私が何とかするから」
激戦を繰り広げる中、クレハから応答が返ってきた。それは、ココミにとって希望を抱かせるものとなった。
でも、正直言って。
「楽勝だわ。敵がみんな、あの合体魔神に集まっているんだもの」
クレハたちは後ろから、コントラストに群がる敵を撃ち抜いて回れば良いだけ。
敵の数は大方減らせた訳だし、オトギがトチ狂ったマネをしようものなら、その時は脚なり腕なりを撃ち抜いて止めれば良いだけの話。
「そうら、さっさとやっちまいな」
後は活かさず殺さずの状況に持ち込むだけ。
クレハはただ、漁夫の利にあやかって、はしゃいでいるだけだった。




