-238-:“ミルメート”という名称の武器は存在しません
あらゆる生物が最も死因としているもの?
死は免れても、行動不能に陥る原因?
“太陽”かな?
紫外線でウィルスとかは殺菌できるし、動物だって熱中症になってしまう。海の魚だって海面温度が上昇してしまえば…イカン、イカン。何を考えているのだろう?
真面目に考えてしまった自身を吹っ切るかのごとく、タツローは強く首を横に振る。
でも…吸血鬼は太陽に弱いよな…。
思考範囲が狭小なうえに、柔軟性に欠ける。
ガンッ!!
強烈な衝撃が後方から伝わってきた。
厳ついシベリアンハスキー頭に後ろから蹴られたのだ。
「このぉー!」
振り返り応射する。
すると、即座に他のイヌ頭がフォローに入り、ライオットシールドで防御を固めた。
「くっ」
とにかく手下の数が多すぎる。
これでは本体のロボに辿り着けない。
「私は、ヒントどころか答えそのものを、すでにマスターに伝えています」
この女は何を言っているのか?
今は、それどころじゃない。
コールブランドとの会話を思い返している場合ではないし、彼女が何を言ったかなど、すでにキレイさっぱり忘れ去っている。
「ご使用の選択はマスターにお任せします」
火器管制が行われ、“ミルメート”の安全装置が解除された。「何を勝手に!」
6連装バルカン砲の有効射程距離が1200メートルに対して、ミルメートの有効射程距離は500メートルと非常に短い。
だが。
広角範囲の攻撃なのか?近くにいる手下イヌたちを同時にロックオンしている。
ロボとの距離は1000メートル。ギリギリ射程に収めているが。
これ以上離れられたら…。
焦りが、タツローに引き金を引かせてしまう。
タツローはトリムスイッチでトリガーをミルメートに変更。
複数ロックオンしているミルメートを発射した。
コールブランドの背部に備え付けられているバケツ状の面部分から一斉に矢が広がって発射された。
矢!?
形状から、大砲の類と思っていたのに、発射されたのは意外にも“矢”。しかもダーツ状の矢が複数発射された。
射程距離が短いのも納得できる。銃弾に比べてダーツは空気抵抗が大きい。
手下イヌたちが各々ライオットシールドで防御に入る。盾を突き破る事無く弾き落とされてゆく矢。しかし、矢の数は、まるで散弾のごとく。
盾で受けても、盾に覆われていない脚部や腕部に矢が突き刺さる。
ロボも防御に入ったが、散弾を躱すのは不可。
数発の矢がロボの体に突き刺さる。
で?
矢は突き刺さったものの、一向に爆発しない。
「もしかして、ただ突き刺さっただけ?」
疑問が声となって出てしまう。
「まぁ、盤上戦騎は元は生物ですが、今は生物ではありませんし」
何だ?その捕捉事項は?
あれだけ自身たっぷりに使用を促したくせに、ただ突き刺さるだけの矢を発射させたと言うのか?しかも貫通力した矢は一発も無い。
「ちなみに“ミルメート”という名称の武器は存在しません。大砲から矢を発射した、かのウォルター・ド・ミルメートの手写本に記されていたものを模倣したに過ぎません。模倣と言っても、原型は壺型の原始的な大砲から大きな矢を発射するものであって、そのまま模倣など致しませんよ」
原始的な大砲って、いつの時代の話だよ…。しかも手写本って、活版印刷も無い時代の話かよ!
「コールブランドォ」
これほど、この女が恨めしいと思った事は無い。
唸るような低い声で彼女の名を呼ぶ。
矢を受けたイヌ頭たちが、タツローたちに盾を構えたまま、次々と落下してゆく。
「な、何だ?何が起こっている?」
キョロキョロと、辺りを見回している間に、ロボまでもが急にぐったりとして地上へと落下していった。
「銃弾や砲弾では毒薬を注入するなんて芸当は不可能ですからね、マスター」
ミルメートの真の恐ろしさは、威力や破壊力などではなく、毒による攻撃性だった。
確かに、蜘蛛は獲物を捕らえる際、毒を注入するし、ウィルスは感染者の体内に毒素を蔓延させて死に至らしめる。
広義的に言えば、確かに“毒”は、あらゆる動物の死亡原因のトップに立つ。
「コールブランド、彼らに突き刺さった毒は、彼らを死に至らしめるものなのかい?」
タツローの問いに、コールブランドは「さぁ?私には計り知れない事です」
この無責任っぷり、まさに地雷女。
「幾分、盤上戦騎は生物ではありませんからね。ただ、魔力の循環を阻害する毒なので、中のパイロットが死に至る事はまず無いはずです」
それを聞いて、ひと安心。
毒を受けた魔者たちには大変申し訳ないが、地獄の苦しみを味わってもらうしかない。
ロボが絶不調に陥っているというのに、オトギを追うイヌ頭たちは未だ健在。
すでに個別の存在なのだ。
「そんな…。コールブランド!オトギさんたちを助けに行くよ」
告げて、オトギたちの方向へと飛び立った。
「マスター、人狼をあのまま放っておいて、よろしいのですか?」
「健在な他の騎体が、束になってシンジュさんたちを守っている。今は敵を彼女たちの周りに集めさせておこう。その隙に、オトギさんたちを追っている敵の数を減らすのが先決だ」
結果的に陽動となった訳だ。
「コールブランド」名を呼ぶと「何でしょう?マスター」
「さっきはごめん。君にヒドい事を言ってしまって」
素直に謝った。こんな女性とはいえ、わだかまりを残すのは良くない。
「いいえ。私は例えマスターに憎まれようとも、常にマスターの利益を最優先しております」
もはや例えじゃないんだけどね…。それに、今後も彼女には何を言ってもムダだろう。
タツローは変化の兆しが全く見えない状況に苦笑した。




