-214-:この敵に対して僕は手加減できそうにない
前へと突き出す“前蹴り”を食らって、ダナの騎体は矩形となり後方へと飛ばされてしまった。
飛び散る緑色に光り輝く破片たち…。
「確かにバリアを破った手応えがあったのに、貴様!浮遊素まで散布していやがったのか!?」
シズカが激昂する。
「あらかじめ浮遊素を周囲にまとわせて防御を図っておいて正解だった。まさかピンポイントバリアを突き破ってくるとは」
事実は逆だった。
それにしても。
何のためらいもなく、当たれば騎体を突き破るほどの強攻撃を仕掛けてくるなんて、想像もしなかった。
このアルルカンのパイロット、普段から相手を再起不能に陥らせかねない“フルコンタクト”空手の選手と見受ける。
空手とは、鍛錬によって、頭蓋骨を砕くほどに“硬い”拳を作ってゆく格闘技である。
人体を凶器へと変えてゆくと言っても決して過言ではなく、心得のあるものが不用意に使えば即警察のお世話になる。
あまりにも危険な為に、試合では“寸止め”と呼ばれる、直撃させない方式が取られる事が多い。
しかし、フルコンタクト競技となると、直撃OK、当然のようにして怪我人が続出する。
「真剣勝負をして負けたら、今後一切試合を挑まないか…。彼女たちにこそ鶏冠井流とやらを浸透させたいものだね」
敵に対して、少しは自他共に体の心配をして欲しいと願う。
実戦剣術の剣士でもあるリョーマでさえも、未だ彼女のような覚悟には至っていない。
どうしても、相手をケガさせてしまうのではないか?当たり所が悪かったら死に至らしめるのではないか?などと、いつも不安を胸に抱きながら剣に向き合っている。
どういう訳か、高砂・飛遊午が相手だと、そのような不安は払拭されて、晴れ晴れとした気分で戦いに望めそうな気持になる。
それもきっと、高砂・飛遊午という人物が、生涯を賭けて雌雄を決さなければならない相手だと、運命を感じているから。リョーマは一人納得していた。
「ダナ、この敵に対して僕は手加減できそうにない」
告げて大量に浮遊素を散布し始めた。
剣を縦に上下させながら隙をうかがう。
「小細工ナシに大技勝負という訳か。その前に名前を訊いていいかい?」
攻撃の意思は無いと、両腕をダラリと下げて名前を訊いてきた。
「草間・涼馬」
ただ名前だけを告げる。
「私は建前・静夏。ちなみにセンゴクでの呼び名であるシズカは静御前から取られている」
名前を聞くに、静御前はこれほどまでに暴力的な女性ではなかったはず。
アルルカンが右拳を前へ突き出すような構えを取り戦闘態勢に入った。
「来な…。お前の最強とやらを私に見せてくれ」
おおよそ予測はついている。
このシズカという女格闘家は、右腕と引き換えに勝利をもぎ取るつもりでいる、と。
スゥ~と15秒ほどかけて長い息を吐く。
緑色に光り輝く浮遊素の破片が足元から舞い上がる。
リョーマの踏み込み。
彼の放った“冬の一発雷”は敵に驚く余裕すら与えない。
予想した通りにアルルカンの左の回し蹴りが風圧をまとって放たれる。が。
アルルカンの右腕が落とされた頃には、ダナは一歩退いて間合いを広げていた。
ドォーンッ!
雷鳴が轟く。
今頃になってダナの踏み込み音を外部マイクが拾ったのだ。
左脚が空しく空を切った体勢のまま、アルルカンは静止したかのように固まっていた。
「マ、マジかよ…。腕一本代償にしてタマ獲るつもりでいたのに、野郎・・私の腕だけ持っていきやがった」
超音速の剣は伊達ではない。相手に反撃する間も与えなかった。
しかも、包帯でグルグル巻きにした腕を、言うなれば“盾”ごと腕を斬り落としてくれたのだ。
今の攻撃、仮にクロックアップをしていたとしても見切るのは不可能だ。
放流されたかの如く、シズカの額から汗が流れ出た。。
「ぐぬぬ、この体ではここまでか…」
シズカが唇を噛んだ。
「しかしマスター。フォームチェンジには時間を有します」とアルルカン。
ならば!
「おい、聞こえているか!?お前らぁ!今すぐに私を助けろぉッ!!」
怒鳴るようにして救援を求めた。オープン回線であることも忘れるくらい、慌てているのが手に取るように分かる。
腕を斬り落とした当人であるダナは剣を下して。
「呆れたものだな。人に助けを乞う者の態度じゃないな、アレは」
謙虚さに欠けるシズカを憐れにさえ思う。
ビルの影から飛び立つ影あり。
敵の盤上戦騎が現れた。
体中に砲門を構えた、一目で長距離支援型騎であるのが、よく解る。
ダナを、アルルカンへと近づけさせないように、一斉に体中の砲門が火を吹いた。




