-204-:アンタ、もう死んでるのよ
「ぐがあぁぁぁッ!!」
遅れてやってきた痛みに悲鳴を上げたのではない。
高砂・飛遊午は、本来あったはずの左腕を失ってしまった現実を受け止めるべく、強く声に出して意識を失うのを阻止した。
しかし、止どめも無く流れ出る血によって、いずれ彼の意識は遠退いてゆく事であろう。
そんな彼の鉄の意志を酌めないハギトは、ただの悲鳴と勘違いし、「ん~良い響きだ」とご満悦。
それでも!
ヒューゴはリョーマの前に立つ。
「下れ!高砂・飛遊午!」
後ろに立つリョーマの声に、全く反応を示さない。
(こうなれば、草間だけでも残してダナさんの存在を守り抜かねぇと)
自らの命の灯が風前に晒されているのを実感し、覚悟を決めた。
「下れと言っているんだ!聞こえないのか!?」
リョーマの声をスタートに、ヒューゴはハギトへと向かって走り出す。
「時間稼ぎのつもりか?しかし!無駄よ、無駄ぁ!。二人まとめて始末してやる!」
高らかに笑い、ハルバートを下段に構えて。
ダッシュ!!
その速度は、およそ人間の二人には捉える事のできない超高速。
ドガァ!向かうヒューゴの右耳に、大きく破壊音が鳴り響く。
「あれ?」
二人して迫り来るハギトの姿を見失ってしまった。
ヒューゴは咄嗟に、後ろに立つリョーマの方へと顔を向ける。だけど、彼も首を横に振ってハギトの姿を見失ってしまったと目で訴える。
ヒューゴは音の鳴った方へと向き直った。すると。
そこには、ハギトを肘で壁に押し付けている、いや、めり込ませている、腰辺りまで伸ばした長い髪の、??、モヒカンヘアーの女性の姿があった。
「誰だ!?貴様ァッ!」
ハギトがモヒカン女性を跳ね除けて、彼女にハルバートを構えて見せる。
ハギトの表情に、全く余裕は見られなかった。
それもそのはず。人間では決して追いつくことのできない高速での攻撃を、横から妨害されてしまったのだから。
直感に頼るまでもなく、このモヒカン女性は“魔者”だと判断できる。
「私か?私は不死身のフェネクス」
モヒカン女性は名乗ると、右手に魔方陣が展開されて、現れたのは“弓”だった。
「なぁんだ、死にぞこないのフェネクスか。不死身とは笑わせてくれる」
救世主の如く現れた女性は、名乗ると共にハギトに笑われている。
「今度こそ貴様に、私が引導を渡してくれるわ」
さらに輪を掛けて、まったく恐れていない模様。
ハギトがあざ笑う理由は明らかに。
フェネクスが召喚した弓は、ただの弓ではなく、しならせて射出エネルギーを生み出す部分に当たる“弓腹”なる箇所が刃になっている。果たして、あんな代物で、人を斬れるのだろうか?
それに加えて、フェネクスが左手に召喚したのはシミターと呼ばれる曲刀だし。
突然の飛び入りに唖然とする二人は、さらに唖然と口を開いた。
(オイオイ、まさかアレを矢にして射るつもりじゃないだろうな…)
二人の不安は見事に的中。フェネクスと名乗る女性はハギトに向けてシミターを弓に番え始めた。
しかも、5メートルと離れていない至近距離で。
そんな滑稽極まりない戦いが、今まさに繰り広げられようとする時に。
「ダメじゃない」
またしても女性の声。
しかしヒューゴには、その女性の声に聴き覚えがあった。
姉弟子の掃部・颯希の声だ。
サツキが、風のように二人の前を走り抜けると。
「お客様の手を煩わせるのは失礼だヨ」
告げて、フェネクスが番えたシミターを横からかっさらって手にすると、ハギトに向かていきなりトルネード回転を披露したかと思えば、彼女の首に刃を突き立てているではないか。
「な?ッ!?」
あまりにも一瞬で行われた剣撃に、ハギトは目を見開く事しか出来ず、反撃に出ようとハルバートを握る手に力を込めた瞬間!
「アンタ、もう死んでるのよ」
サツキは静かに告げると、シミターの背部に蹴りを叩きつけて、ハギトの首をズバッと刈り取ってしまった。
ブシューッ!!!
床に転がるハギトの首に、クジラの潮吹きのように、大量に吹き出して天井に跳ね返り雨の如く降り注ぐ鮮血。目の前で繰り広げられる惨劇よりも。
「サツキ姉ェ!これ、どうすんだよ!!」
汚れた道場の心配をしてしまうヒューゴであった。




