-191-:たのもー!!
「高砂くん!」
ミサキは真っ直ぐとヒューゴの顔を見上げている。
思わず目線を逸らせてしまう。
いつもと同じく、剣道部を休んだ事、それ以前に試合以外にほとんど顔を出さない事を注意しに来たのだと察した。
「ここの道場の指導を任されているのは分かるけど、あなたは天馬の剣道部員なのよ。両立できないのなら、部を去ってもらっても構わないから」
最後通告と来た。
正直なところ、部活に参加しなくても構わないのだが、人数的に厳しいので籍を置いているだけ。だけど、それを盾に好き勝手に振舞うのは良くないとも自覚している。
反省していると述べようとしたら。
「それは困る」と子供たち。
「良い?みんな。このお兄ちゃんが、ちっとも練習に出ずにサボってばかりいるから、お姉ちゃんが注意しに来たのよ」
みんなに言い聞かせる。約束事を守れない者がいけないのだと正論を並べ立てる。
「ヒューゴが剣道部をクビになったら、ここの道場で教えてくれる機会が増えるけど、それだと、せっかくの高校生活が面白くなくなるじゃん」
ヒューゴが無理をしているのを、子供たちは十分に理解してくれている。ミサキは、そんな少年少女たちの道徳観を育てているヒューゴに感心した。
が。
「高砂・飛遊午。丁度良い機会だから、ここで僕と決着を着けようじゃないか」
リョーマは制服のネクタイを外した。
時と場合を選ばずに、マイペースで勝負を挑んでくる。
「いやいや、それは」
断る最中。
「ヒューゴはすでにお前に殺されているから、もうお前とは戦わないんだ」
少年が言い放つ。
彼が死んでいる?ゾンビ?
リョーマ、ミサキ共に不思議そうに、未だ元気に生きているヒューゴを見やった。
「何だ?オマエ、知らなかったのか?ここ鶏冠井道場は、争い事を早期に解決させるために、一度真剣勝負をして負けたら、死んだものとして、二度と負かした相手に勝負を挑んじゃダメなんだ」
少年の説明によると、リターンマッチの類は一切行わないとの事。
まあ、確かに勝つまで何度も再戦をしていたらキリが無い。ミサキはなるほどと頷いた。
争い事を長引かせないためにも、どちらかが折れる必要がある。鶏冠井流剣術は、そういった問題を解決する手段として再戦を禁止しているのだ。
「しかしだ。僕は君と真剣勝負をした覚えはないぞ。あの時君は、試合中に剣を捨てたじゃないか?」
リョーマの言葉に反論しようとした、その時、「たのもー!!」玄関の方から、少しイントネーションの異なる声が聞こえた。
声からして、明らかに外国人。
時代錯誤な挨拶の主はと、ヒューゴは玄関へと向かおうとすると、ミサキが彼の手を掴んだ。
「何です?ミサキ先輩」
「決して“どうれー”なんて言っちゃダメよ。アレ、もしかしたら道場破りかもしれないから」
忠告を聞き頷くと、ヒューゴは玄関へと向かおうと。すると、すでに白人の大男が道場に上がり込んできているではないか。
しかも、カメラマンと音声さん、その他スタッフを引き連れて。
「TVの撮影か?でも、勝手に上がり込まれちゃ困るぞ」
抗議しようと向かうも、またしてもミサキによって引き留められた。
「何です!?」「待ちなさい。アイツら、アメリカのネット番組で、道場破りを流している連中よ」
正体は分かった。さらに。
「ったく、悪趣味な番組だわ。打ち負かした相手道場の看板を燃やして力を誇示する、いかにも剣道の上辺だけを身に着けた連中の考えそうな事を大々的に放送しているの」
プロデューサと通訳らしき男性がヒューゴたちの元へとやって来た。
「ヘイ、少年。ここの道場主にお会いできますか?」
名刺を出されても、英語では読みづらい。これの何を信用しろと言うのか?
「いま、取り込み中で」「ならば、取り次ぎ願おうか」「別の仕事が入っているので、取り次ぎはムリです」
あえて取り次ぎする素振りも見せずに、即答で面会を断る。
これを失礼と言うなら、アポなしで乗り込んできた上に、横柄な態度を取る彼らの方が失礼極まりない。
「では少年。この道場は我々に負けを認めたという事でいいんだね?」
大柄な男性が笑いながらヒューゴに告げる。
「何を言っているんだ?オッサン」
すると、男性はヒューゴが手にする名刺を指差した。
名刺には『THE.DOJOHYABURI!!』の番組タイトルが。
「負けたら看板を差し出すのが道場破りのルール。知らないとは言わせないよ」
未だに、そんな事をしている奴がいるとは…時代錯誤もいいところだ。
「では、看板をもらって行くよ」
大男がスタッフに指示を出した。だが。
「あんなモン、クレーンでも持って来ない限り取り外しできないぞ。ウチの看板は液晶ディスプレイで、絶えず剣道・算盤・パソコン・タブレット・書道教室の宣伝表示を代わる代わる流しているんだ」
マルチに事業を展開しているために、複数の看板を上げるよりも電光掲示板で一括して流した方が場所は取らずに済む。
彼らは唖然としたものの。
「それでは、この場で叩き潰して帰るとしよう」
諦めの悪い連中だ。
しょうがないとヒューゴは一度伸びをすると。
「良いだろう。俺が相手になってやる」
「子供は引っ込んでな」
軽くあしらおうものなら。
「ここの道場は、竹刀剣道じゃなくて木刀剣道なんだ。危ないから、小学生は竹刀で指導しているがな。それに、実戦剣道なんで、防具は一切着用しない。ほら、さっさとやろうぜ」
短い丈の木刀を2振り手に取る。
すると、男たちは急に集まって、何かを相談し始めた。
木刀剣道に加えて、防具も使わないことに動揺しているようだ。
なおも相談は続いている。
「来いよ。この子らの月謝分を教えなきゃならないんだから、さっさとしてくれ」
急かすと、大男が、他のスタッフたちが止める中、竹刀袋とは違う長いケースを開いて何かを取り出した。
刀剣!?
男は鞘から刀を引き抜いて、切っ先をヒューゴに向けた。
「文字通り、真剣勝負と行こうか。サムラーボーイ」
「なッ?貴方達、正気なの!?これは立派な銃刀法違反よ!警察に通報してやる」
通報しようとしたミサキの前にプロデューサーが立ちはだかる。
「問題無いよ。彼も本気じゃないさ。ただ、あの生意気な少年を黙らせるだけだから、ここは大人しくしていてもらえないだろうか?」
口では懇願しているが、彼は話しながら手袋をはめている。どういうつもり?。
大男が手にする刀の切っ先に、若干の震えを見たヒューゴは。
「俺は一向に構わない。だが、真剣を抜いたからには覚悟してもらう」
臆しないばかりか、彼は2振りの脇差し木刀を大男に構えて見せた。




