-185-:多少の犠牲はいとわないさね
破廉恥極まりない誹謗を繰り返すイオリに、オトギは遂に手を上げてしまった。
これで二度目の制裁。でも、今度ばかりは罪悪感など微塵も感じない。
彼女がどんな手に出ようとも、恐れはしない。そう心に決めていたのに。
当のイオリは、あんなに強く、口から血を垂れ流すほどに強く頬を叩かれたというのに、薄ら笑みを浮かべているではないか。
あまりの不気味さにオトギは半歩退いた。
クククとイオリは含み笑いをオトギへと向ける。
「随分な扱いをしてくれるものね、御陵・御伽さん」
イオリが、口の端から流れている血をペロリと舐めた。
「窮地を救ってもらった恩人に、手を上げるなんて、今までどういう躾を受けてきたのかしら」
告げて、一拍手を打って「そうだった!」何かを思い出した模様。
すると、笑みを含んだ顔をオトギへと寄せると。
「そう言えば、まだ“お礼”を言ってもらっていなかったわね。貴女を、あそこに横たわる女から助けてあげたお礼を」
再び叩こうとした手を、今度は瞬間的に捕まれてしまった。
掴んだオトギの手をイオリはジリジリと捻り上げてゆく。思わず痛みに顔を歪めてしまう。
「全て貴女の自作自演じゃない!」
痛みを堪えつつ反論するも。
「だとしても、私が貴女を助けたのは曲げようの無い事実。助けてくれた相手にお礼を言えない者は“恩知らず”なんでしょう?それとも恩知らずは御陵家の家風なのかしら?」
さらに勝ち誇った笑みを寄せて。
が、その顔が一瞬にしてオトギの視界から消え去ってしまった。
代わりに、真っ直ぐに伸びたクレハの腕が。
クレハがイオリの顔面に右ストレートをお見舞いしたのだ。
「さっきからアンタ!何をネチネチと蛇みたいにネチっこくオトギちゃんに絡んでいるのよ。従えている龍が大蛇なら、マスターも蛇女なのね」
倒れるイオリを見下ろして吐き捨てる。
しかし、周囲はネコたちに囲まれ、いつの間にか立ち上がったオロチに直剣の切っ先を向けられている!
思わず「このババァ」品悪くオロチを睨み付ける。
「まったく、威勢の良いお嬢さんだね。だけどね、この剣はこの国の意志だと理解しな!従わなければ殺す。抵抗したって構わない。絶えずこの世は妖魔からの危機に瀕しているのでねぇ。世界を守るためなら多少の犠牲はいとわないさね」
オロチは本気だ。クレハたちを取り逃がさないように周りを囲んで、始末に取り掛かっている。
剣を相手に、こちらは丸腰。
間合い的には遠い気もするけど、相手は人間を凌駕する魔者。一瞬で3人共殺されるとみて間違いない。
そうだとしても、やはり、みすみす大人しく殺されてやるつもりなど毛頭無い。
オロチを前に構えて見せる。
と。
「そこまでです。クレハさん」
止めたのは、ココミだった。
「分かりました。彼女たち3人と、残る龍たちとの契約を結びましょう」
折れる形で、オロチの申し出を承諾した。
ココミは魔導書を開いて、3人と契約に入った。
霊力量は定かではないけれど、矢印の色が草間・涼馬よりも強く示しているので、最低でも僧正クラス。なので。
御陵・御伽が従えるは漆黒潜龍のグラム。
ライフの姿の彼は、頭ツルツルのお坊さんの格好をしている。だけど、左腕を失っているようで、左腕の袖がヒラヒラ舞っている。
御手洗・達郎と契約を果たしたのは、輝光閃龍のコールブラント。
涙黒子が印象的な、とても美しい顔立ちの、ややウェーブ掛かった亜麻色の髪をなびかせる、どういう訳か?車椅子姿の女性。
姿を現すなり二人は、互いを敵視しているかのごとく激しく睨み合っている。
そして最後に、鈴木・クレハが従える龍は。
「やっぱり残っていませんね」
久しぶりにココミのテヘペロ顔を拝見した。
「ちょ、ちょっと待ってよ!それじゃあ、私だけアイツらに殺されちゃうの?ねぇ、ココミちゃん。何でもいいから誰か残っていないの?」
すがる思いで、ココミの両肩を掴んで前後に揺らす。だけど。
「だって、クレハさん。どんくさいし、足も遅いし、筋力だって普通の女の子よりちょっとばかり有るくらいじゃないですか」
何故だかふてくされ顔で告げれらる始末。
「じゃ、じゃあ、私、どうなっちゃうの?大人しくアイツらに殺されなきゃならないの?」
まさかの突き放し。
積極的に仲良くしようとはしなかったけど、そんな事を理由に、この崖っぷちの状況から突き落とされるとは思いもしなかった。
猫たち、そしてオロチが、クレハへとにじり寄る。




