-183-:だったら死にな
クレハは、ココミたちとの会話を、初めから順を追って思い起こす。
確かにココミは、誰も傷つかずに魔導書チェスに勝ち進みたいと言っていたが、それは仲間が傷付かないよう配慮するものであって、こちらの世界の事などお構いナシだったはず。
いつも、高砂・飛遊午が周囲に気を配って、戦火を広げないよう心掛けていた…。
「オロチのお婆ちゃん、本人のいない所で悪口を言うようだけど、あの子、そんなに立派なコト考えていないと思うよ」
訂正を入れる。
「そんな事は無いさね。あの姫様、あたし達が敵の盤上戦騎を食い殺したら、形相を変えて『二度と私の前に姿を見せないで!』と怒鳴り散らしたもんだよ」
いま、“食い殺した”と言ったの…?
あまりにもあっけらかんと言ってくれたので、聞き違いかと思ったが、話の流れから、ココミが敵の命さえも大切にしている事、それすなわち周囲へ被害が及ぶ事を嫌っているという事になる。
そして、コイツらはアンデスィデに参戦している。で、何時、何の駒で?
「あなた達、一体、何者?」
訊ねた。
「あたしはオロチ。女王のチェスの駒、九頭龍のオロチ。そして、こちらのお嬢は、我らのマスター」
オロチの名乗りに、クレハは助さんを指差して「で、コイツは?」
「んだとォ!コラァ!他人様を指差してコイツとは何だ!コイツとは!」
人語を喋る猫が荒れたところで「他人様ってアンタ、どこから見てもネコじゃん」一蹴。
「まあまあ、助さんや。ここは気を静めておくれでないかい。で、助さんはあたしの頭の一つでこの姿では別々に行動しておるんじゃ」
助さんをなだめつつ、より詳しく説明をくれる。
しかし、クレハは一人が分裂しているという現実を理解できずに、腹話術師が同時に複数の人形を扱って芸をしている発想に至ってしまった。「随分、しんどいコトしているのね」それしか感想が出てこない。
それにしても。
「貴女が女王様?」
腕を組んでまじまじとイオリを見回す。
「何なんです?さっきから。チェスの駒がどうかしたんですか?」
その傍ら、事情を知らないタツローがクレハに訊ねた。
「うーん、話せば長くなるけどね、この人たち、面倒くさいルールが追加されているチェスに、駒として参戦しているのよ。その中で最強の駒である女王がこの人たちなの」
説明されても、まるで理解できない。
だけど、“最強”なる単語が出てしまえば、「へえー」思わず感嘆してしまう。
しかし。
「敵を食い殺すとか、傷付けるとか、結局は暴力に訴えているだけではありませんか。私たちは断じて貴女達には協力など致しません!」
オトギは頑なに拒否してみせた。
すると、イオリがクスクスと笑い出して。
「ふふふ。随分と威勢のいいコト。先程まで、そこに転がる女に辱められてヒィヒィ言っていたくせに」
オトギを笑いものにした。さらに。
「それに、男に慰み者にされるよりも、女にされる方が効くのかしら?貴女が可愛い声で喘いでたの、この耳で聞いちゃった「」デマカセを言わないで!!」
掴み掛かろうとするオトギをクレハが引き留めた。
イオリはオトギが前へと出た瞬間にヒョイと軽く後ろへと飛び退いて。
「おお恐っ。ねぇ、もっと聞かせて、ねぇ。さっきみたいにアンアン可愛い声で鳴いて見せてよ」「貴女!いい加減に!」
ねだるイオリを前に、オトギは引き留めるクレハの腕を力づくで引き離そうと試みる。
だけど、クレハはしっかりと掴んで手を離そうとしない。
「クレハ先輩、この手を放して下さい。この女、さっきから有りもしない事を並べて、許せない!」
引き離すから引き剥がすへと手段を変えた。
それでもクレハはオトギの手を放さない。
「あんな見え見えの挑発に乗らないで、オトギちゃん。あの子、ああやってオトギちゃんを怒らせようとしているのが解らないの?」
それは解っているけれど、怒りを抑えるなんてできない。想いを寄せるタツローの前で、穢されるのだけは我慢がならない。
「あの子、オトギちゃんに嫉妬しているのよ。周囲から常に羨望の眼差しを受けている貴女に」
告げて、オトギの肩をやさしくそっと抱き寄せる。
「嫉妬?私がこの子に嫉妬してるですって?」
今度はイオリが態度を一変、クレハに向けて激しい感情を露わにした。
そんなイオリをクレハは憐みの眼差しを向けて。
「貴女、任務か何か知らないけど、わざと虐められ続けて根性が卑屈になったのね。可哀想に。もっと普通に楽しい学生生活を送りたかったでしょうに」
クレハの言葉に、イオリは唇を震わせ拳を強く握りしめた。
本心を見透かされてしまい、怒りがイオリを突き動かす。
「お前なんかに、私の気持ちが解ってたまるか!」「解りたくもないわ」
否定に、さらなる否定の重ね塗り。
「イヤなものはイヤとハッキリ言えばいいじゃない。妖魔を倒す手段だって、アンタらの知恵が回らないだけで、探せばゼッタイ何かあるハズだよ。それを自らを犠牲にして成長させてとか、ホンット、バカじゃないの」
退魔師たちの積み重ねてきた歴史が永かろうが、バッサリと一刀両断のもとに斬り捨てた。
「そんな妬み嫉みで、オトギちゃんから憎悪を引き出して妖魔に取り憑かせようとしても、私もそうだけど、色んな人たちがゼッタイに阻んでみせるわ」
イオリが張り巡らせた策謀を、見事に見破って見せた。
悔しさのあまり血が滲み出るほどに拳を握りしめるイオリの肩に、オロチの手がそっと乗せられた。
「アンタの負けだよ、お嬢」
負けを認めようとしないイオリはフンッと強くオロチの手を振り払って、早々に立ち去るべくクレハたちに背を向けた。が、オロチの話はまだ終わっていない。
「残念だがね、御陵のお嬢さん。アンタ達には選択権は無いよ!例えアンタの御爺様が、大層この国に貢献なさっていても、それはそれ。妖魔の存在を知ったからには我らの言う事に従ってもらうよ」
拒否権を与えてはくれなかった。
「でも!」「だったら死にな」
どこから出したのか?オロチの手には直剣が握られていた。もはやオトギの言葉には耳を貸すすもりはないらしい。
「あの…記憶を消すんじゃ…」
間に割って入る事さえできずに、タツローはただ傍らからオロチに訊ねるしかない。
オロチの眼がタツローに向けられる。も、それは目を合わせただけで背筋が凍りつくほどの、殺意に満ちたものだった。
「言っておくよ。答えはYESかNOじゃないさね。“生”か“死”に変わっているんだよ。よぉく考えて答えを出しな、お前たち」
思いっ切りハードルが上がっとるやんけ…。
クレハはもう、こうなったらココミを言い包めるしか方法がないと判断した。




