-181-:おっかないのは“魔者”だけで十分なの
クレハに踏みつけられていた最凶最悪の妖魔サターンの体中に幾つもの水泡が現れた。
ブチュッ!ブチュッ!水泡が弾けて、中から体液が噴き出し煙を立ち上らせる。
「うわっ!キモチ悪ッ!」
あまりの気持ち悪さに、クレハはすぐさま踏みつけていた足を離した。
「お嬢!」
突然、病室の入り口から聞こえてきた男性の声に、皆の注意が惹かれた。
え?
オトギとタツローが驚きの眼差しを向けるそこには、ちょび髭模様の白猫が。
「助六!」
驚きの声を上げるイオリの背後で、「助さん!」クレハも声を上げる。
さらなる驚き。
イオリは勢いよくクレハへと顔を戻す。
「貴女!どうして助六を知っているの?何で猫が喋っているのに、そんなにリアクションが薄いのよ?」
どうやら驚いて欲しかった模様。だけど、それは一度通った道。そう何度も驚きは致しません。
「その猫“助さん”じゃないの?」
「だから、助さんってのは助六の愛称で、回復補助魔法を担当する6本目の頭だから助六」
次から次へと訳の分からない事をヌカす小娘。
先程まで、不気味なモノを手掴みしていたかと思えば、簡単に取り逃がすし、いい加減に、何をしたいのか分からないお嬢さんに映る。
「それよりも、お嬢!早く捕まえないと、サターンが逃げ遂せちまうぞ」
動きの鈍いサターンの行く手を阻むも、サターンは助六の体を透過して、なおも逃走を図る。
助六の霊力ではサターンに干渉できない。
しかし、イオリはもうサターンを追おうとはしない。
むしろ悔しそうに唇を噛んで。
「その必要は無いわ。もう、すでにサターンの全身に霊力の毒が回って数秒も経たない内に死に絶えるわ」
イオリの言う通り、サターンの体中から立ち上る煙が、やがて緑色の炎となり立ち上り、全身炎に包まれた。
「か、火事になっちゃう!」
タツローは、オロオロとうろたえて、辺りを見回し消火器を探す。
そうこうしている内に炎は小さくなり、サターンは床の消し炭へと姿を変えた。
「一体、何なの!?貴女」
やがて消えゆく炎を見つめていたイオリが、クレハへと視線を移して激しく睨み付ける。
「人様に名前を訊ねる時は、まず己から名を名乗れ」
制服のリボンから、イオリが下級生だと見抜いたクレハは大きく態度を変えた。
正体を突き止めたいイオリと、下級生にナメられたくないクレハとの間に、ボタンを掛け違えた火花が激しく散る。
「この子、“神楽・いおり”さんて名前です。1年B組の。で、彼女は先輩の“鈴木・くれは”さん、です」
波風立てないように気を配って、タツローが両者を紹介したものの。
双方から刺すような眼差しを向けられ萎縮する。
イオリはクレハへと寄ると、頭からつま先までまじまじと見つめて。
「貴女、見ない顔ね。どこの退魔師?まさか、“モグリ”じゃないでしょうね?」
疑いの眼差し。
「何を訳のわからないコトを。退魔師?妖魔?んなモン初めて聞いたわ」
意味不明の内容を訊ねてくるイオリに、クレハは呆れて天を仰いだ後。
「おっかないのは“魔者”だけで十分なの。あんまり妙な事に私たちを巻き込まないで」
訴えを受けるイオリの眼は、焦点を失い、何かに動揺しているのは見て取れる。
「な、何よ。まさか!?」
背後に何かがいるのでは?クレハは勢いよく振り向くも、後ろには何もいない。
高齢者ではないが、緊張が過ぎると、ホントに心臓に悪い気がする。気配を察していなかったから、なおさら体に悪いと感じてならない。
「イオリちゃんだっけ?あんまり人を脅かすものじゃないわよ」
向き直って、注意するも、当のイオリは未だに驚いたまま。
「貴女、いま魔者と言ったわね。どうして彼らの存在を知っているの?」
先ほどまでの人を見下していた態度とは一変して、真顔で詮索をし始めた。
「え?魔者も妖魔もどっちも似たようなものじゃないの?」
どちらも、生まれてこの方ほとんどお目に掛かる事も無かった存在。
知り得たのは最近なので、違いがどうだの区別がつかないのは致し方の無いコト。
すると、イオリの口から「まさか…」
驚きの声が発せられた。
「何?」首を傾げるクレハ。
「貴女が次郎の言っていた、“ココミ・コロネ・ドラコットの新たな協力者”なの?」
彼女の口からココミの名前が出た事には、ちょっぴり驚きはしたももの、そもそもココミに協力しているつもりは無いし、とはいえ、彼女の打つ雑過ぎるチェスは何とか改善して欲しいと願う一方。
とても気になる事を、たった今イオリは口走った。
その“次郎”って誰やねん?




