-178-:アンタのその顔が見たかったのさ
わ、私、疲れているのかなぁ…。
幻聴が聞こえてしまったよ。
思わず額に手を当ててしまう。
「嬢ちゃん、熱でもあるのかい?」
寄ってきた白猫が、クレハの足に首筋をスリスリし始めた。
アカン。コイツ、何か喋っているけど、仕草が猫のまんまやん…。
あまりにもアンバランス過ぎるこの構図、誰かが隠れて“吹き替え”でもしているのでは?
もしかして。
「これって、お婆ちゃんの“腹話術”?」
市松の母に訊ねるも、「おバカな子だね」即答で返ってきた。
非常識極まりない状況なのに、馬鹿と一蹴されてしまった。この扱い、何なの?
老婆の背後から、もう一匹の白猫が現れた。鼻の下に、ちょび髭のような黒い紋様が付いている。
「そんじゃあ、助けると書いて“助さん”や。この坊主の方を治療してやっとくれ」「あいよ」
助さんが倒れ伏すタツローの背に前足を置くと、いきなり緑色に光る魔方陣が現れた。
「う、うぅ」
タツローが意識を取り戻し始めた。それにしても、スタンガンを受けたというのに、この短時間で回復するものなのか?
「ねぇ、お婆ちゃん。その助けると書いて助さんが治療してくれたの?」
助さんを指差して訊ねる。
「お前さん、二乗してお馬鹿さんだねぇ。”助けると書いて”てぇのは、お前さんに分かり易く説明してやっての事で、単に助さんがコイツの名前なんだよ。それに、治療してやってくれっつってんだから治療したに決まってんだろうが」
倍掛けで飽き足らずに乗算でお馬鹿扱いされてしまった。
そもそも、この状況を簡単に受け入れられる人間など、この世に存在するだろうか?
でも何で江戸っ子口調で喋っているの?
「クレ…ハ…さん」
タツローが目を覚ました。
「タツローくん、気がついたんだね。良かったぁ」
安堵して間もなく。
「立てる?」
未だ足元がフラつくタツローを、肩を貸して立ち上がらせる。
「御陵さんを助けなきゃ」「だよね」
体が思うように動かなくても、本人は十分過ぎるほど、その気になっていた。
そのまま肩を貸して、元来た道へと歩き始める。
「じゃあ、市松の母さん。そういう事で」
タツローに肩を貸したまま会釈すると、少しペースを上げてオトギの元へと急いだ。
ゆるキャラの名の白猫は欠伸をかくと。
「しょうがない。あの嬢ちゃんたちに付いて行ってやるとするかな」
クレハたちに付いて行こうとした矢先、「待ちな」市松の母の止める声。
「向こうには、そろそろ我らのお嬢が着いている頃だよ。あたし達のお役目は、このガキ共の記憶を消しておく事と、部外者の立ち入りを阻止する事で、しゃしゃり出る事じゃないさね」
課せられた任務を全うするよう告げた。
「そうだな…。結界の張り直しもまだ残っているし、さっさとこっちを片付けるか。“オロチ”」
そう老婆に告げると、2匹の白猫たちは、それぞれ倒れる男たちの頭に触れて魔法を発動させた。
「くっ」
リーダー女子はカメラを回しながら、痛みに顔を歪めながらも、決して声を発しないオトギをの内腿を踏みにじって楽しんでいた。
白く柔らかな内腿に、リーダー女子の靴のかかとが食い込んでゆく。
時折、オトギが睨み返してくる度に、さらに加虐の悦びに満たされて、満面の笑みをたたえる。
「悔しそうなその顔、堪らないねぇ。そうそう、もっと睨んで。憎しみを込めて」
さらに強く踏みしめると「あっ、くっ」それでもオトギは痛みに声を上げない。
「なかなか頑張るじゃない。痛いのがダメなら…いっその事」
リーダー女子のつま先が、ツツツーとゆっくりオトギの股間部分へと運ばれてゆく。
「なぁ、御陵・御伽ィ。やっぱり初めての時は好きな男が良いよねぇ?」
訊ねながら、スカートの上から股間につま先を突き立てる。「んっ」オトギは体をよじらせながらも歯を食いしばって、それでも断固として声を発しようとはしない。
「でも、ダメー。アンタにそんな幸せなんて、くれてやんないよーだ。他の男とのロストヴァージンを人前で晒すのよ」
リーダー女子はさらなる追い討ちをかける。
「そうだ!イイ事思いついちゃった!」
それが、良からぬ企みだと、想像に難しくない。
「イオリを呼んで、取っ捕まえた御手洗・寅美の弟とくっ付けてやろう」
思いついたが吉日と、スマホを取り出して、早速イオリに電話をし始めた。
「脅されて万引きを働くアイツなら、動けなくした男を逆に襲っちゃうコトくらい迷わずやってくれるわ。ハハハ」「止めて!」
初めてオトギが声を上げた。
今まで気丈に振舞っていたオトギの牙城が崩されてしまった。
懇願の眼差しでリーダー女子を見上げる。
「そんな事はさせないで。そんなヒドイ事だけは…。お願いだから…。おね・・がい・・します。この通り」
頭まで下げて。
「何だい?もしかしてアンタ、あの御手洗・寅美の弟の事が好きなのかい?」「そ、そんな事は!」
否定して見せるも、「じゃあ、あの野郎がイオリのオモチャにされても平気じゃん」言われてしまえば、即応して「止めて!」
またもや懇願の眼差し。
「いいねぇ、その顔。ハハハ。アンタのその顔が見たかったのさ。姉ちゃんに才能全部持って行かれた、あんな出涸らしのどこか良いのか、さっぱり分からないけどねぇ。ハハハハ」
股間を突いていた足で、オトギの太腿を蹴り飛ばす「くぁっ!」打てば響く反応を見せて、オトギは悲鳴を上げた。
もはや、たがが外れて、痛みを堪えられなくなっていた。
想いを寄せる男性の前で、穢される自身を想像し、さらにその男性までもが穢されると思うと、悔しさに涙があふれ出てしまう。
オトギは、リーダー女子に屈して涙してしまった。
これほどまでに不本意な敗北感を味わった事はない。
それでも、なお懇願し続ける。
「あ?おかしいなぁ。何で電話が繋がらないのよ」
イオリと連絡が着かないことに、オトギは自身でも信じられないくらいに安堵していた。
だけど、幸運は長くは続かなかった。
「随分と素敵な姿でいるのね。御陵・御伽さん」
入り口から堂々と、“神楽・いおり”がその姿を現した。




