-174-:もう、月が出ちまってるよ…
期末試験の前哨戦ともいえる予備テストで、不覚にもクレハは赤点を取ってしまった。
最近、下らない魔導書チェスに巻き込まれてしまったのが原因なのは明らか。
だけど、それを公に理由とする訳にもいかない。
高砂・飛遊午はというと、お疲れ気味だけど成績においては今でも学年トップの座を譲らない。
人の心配ばかりしている場合ではない。解ってはいるのだけれど…。
即日補習授業が開かれ、クレハは泣く泣く居残り組。ところが。
補習授業は、担任教師の葛城・志穂と二人で行われるマンツーマン方式。
何故ならば、今回の予備テストで赤点を取ったのは、鈴木くれはただ一人。
全然嬉しくないアリーナ席。この状況、息抜きすら許されないwww。
情に厚い葛城・志穂による補習は、夏を迎えようとするこの時期に、陽が暮れるまで行われた。
「あぁ、もう、月が出ちまってるよ…」
もうすぐ7月。この面倒なブーツ履きともおさらばできる。
まさか、夜に学校を出るとは思いもしなかった。
「鈴木・くれは様でいらっしゃいますね」
声を掛けられた。向けば、スーツ姿の男性から。
「ど、どうして私の名前を!?」
もしかして、コイツが猪苗代・恐子が言っていた、首無しのジェレミーア?
だけど、頭は普通に付いているし、変なマスクも被っていない。
「お嬢様・・あ、失礼。御陵・御伽お嬢様からお噂はかねがねうかがっております。私、御陵・御伽お嬢様の運転手を務めております」
ああ、なるほどと、今更ながら頭を下げる。
オトギが他人の前で、自分をどう評しているのか?ちょっと気にはなる。彼女の事だし、悪口を吐いているとは思えないけど。
「どうかされました?」
訊ねた。
「お嬢様をご存じありませんか?メールを頂いてから2時間ほど経つというのに、一向に連絡が取れなくて、それで一旦学校へと戻ってきた次第であります」
どれどれと運転手さんのスマホに着信したメールを確認した。
メールの内容は、友人と共に映画に行っていますとの事。
運転手さんには、先に家へ帰ってもらう旨が伝えられていた。
「学校帰りに映画?」
オトギにそんな趣味があるなんて、初めて知った。
しかし。
今、上映している映画と言えば…。
クソオブ・ザ・イヤーにノミネートされそうな前評判からしてつまらなさそうな洋画に邦画、後はアニメ映画(探偵ものとはいえ、大爆発の大盤振る舞いなヤツ)か…。
どちらにしても、普段のオトギからは想像し難い内容のものばかり。
2時間となると、もう映画は終わっているはず。
「まぁ、学生同士の付き合いとかもあると思いますし」
言えるのは、これくらいの事しか。彼女が立ち寄りそうな場所に心当たりは無い。
頭を下げる運転手を後にして、下校する事にした。
すると、今度は「クレハさーん」
自転車のベルを鳴らして、後ろからタツローがやって来た。
「あら?タツローくん。今まで部活?精が出るね」
「何言っているんです?男子バスケ部も自粛中ですよ」
…と、なると。
「もしかして、タツローくんも補習授業?」
照れ隠しの笑みを浮かべてタツローは頷いた。
「もて事はクレハさんも?」
不覚であった。「実は・・ね」言い逃れはできそうもないので、この際白状する。
「最近、変な事ばっかり起きているからね。勉強に気が入らないのよ」
アンデスィデの当事者である高砂・飛遊午は、未だ学年トップと健在なのに。
正直、破壊活動にまで及ぶ盤上戦騎同士の戦いが繰り広げられる中、普段通り勉学に励んでいて良いものなのか?いささか疑問に思う。
自転車を降りて押して歩き始めたタツローを、クレハは不思議そうに眺めた。
「あ、その、途中までクレハさんを送りますよ。もう、すっかり暗いし」
いやいや、学年も違うし、アナタ異性だし、話題に困るのよ。思わず苦笑い。
クレハから話掛ける話題は無く、もっぱらタツローが話しているのに相槌を打つだけ…。
「この廃病院、時々中から声が聞こえてくるそうですよ」
夜道は不用心だから送ってくれているんじゃないの?
何て物騒な話を聞かせてくれるのやら。
話題に困ったのなら、黙っていれば良いものを、少しは空気とやらを読んでおくれ。
「どうせ、どこかのアホが度胸試しとかで侵入しているんでしょう?」
その手の動画UPには、微塵も興味を惹かれる事は無い。
「あれ?」
タツローが立ち止った。
「な、何よ?」
数歩進んだ後、タツローへと振り返る。
「あそこ、明かりが点いているんです。あの明るさだと、懐中電灯かな?」
暗がりに、ぼんやりとした明かりが灯っている。誰かいるみたいだ。
「ホントだ」
思うも、さほど気にも留めずにスタスタと歩き出した。
すると。
「何をするの!」
中から声が聞こえてきた。
明らかに質問ではなく。
抵抗している声のように聞こえた。
「誰かが襲われている!」
タツローは自転車を放り出して、病院玄関へと駆け出した。
―!?
閉じた自動ドアに手を掛けて手動で開こうとするも、中から鍵か掛かっているようで、ビクともしない。
タツローは数歩後退りして。
「他に入口は」
キョロキョロと辺りを見渡す。
「んもう、何やっているのよ。あれじゃない?映画か何かの撮影でもしているんじゃないの?野次馬が入って来れないように、このように鍵を掛けて―」
閉じた自動ドアに手を当てたら、ゆっくりとではあるが、隙間ができた。
「あれ?鍵なんて、掛かっていないじゃない」
「え?確かに鍵は掛かっていたんだけどなぁ…」
首を傾げながら、タツローは自動ドアの隙間へと体を滑り込ませて、病院の中へと入って行った。
「オイオイ…」
何で中へ入って行くのか?
とりあえずクレハも病院の中へ。
外から他の侵入者が入って来るかもしれないので、一旦自動ドアは閉めておく。
その間にもタツローは、スマホのライトで辺りを照らしながら、より中へと進んでいた。
「マ、マジかよ…」
後先を考えもしない後輩(親友の弟)を放っておく事も出来ずに、クレハも彼の後を追う事にした。




