-167-:俺に選択権があれば、あんなヘンテコな騎体にしちゃあいないよ
それは端的に説明すれば、霊力出力の向上→消費量の増加という事。
「海に潜る時に、水圧に慣れるように、ゆっくりと―」
「その例えは間違っているぞ」
ヒューゴの指摘した通り、果たしてそれは、そのうち“慣れ”てしまうものなのだろうか?
「俺は未だに身体がダルいぞ」
「それはヒューゴが私とクィックフォワードとの二重契約を結んでいるからです」
「いや、アイツと結ぶ前から、結構体がダルい」
すると「ぇぇ…」ベルタはあからさまに困惑している。
明らかに想定外といった表情を見せている。
「そもそも私たちの生活に、霊力なんて必要なの?」
クレハが訊ねた。
「実感されていないだけで、必要不可欠なものなのですよ」
代わりにダナが答えてくれた。
「生命が活動するのに必要なのは、細胞間の電気信号、それも極めて微弱なものですが、その電気さえあれば生命は生きて行けるものなのでしょうか?」
説明をするどころか、いきなり質問されてしまった。
「人間は電池で動かないから」
答えに困る。
「その通りです。生命活動は決して電気だけでは成し得ません。根源に“魂”を必要とします。魂そのものが霊力と強く結びついているのです」
ダナの説明に思わず「宗教的な発想ね」
「つまり、生きているだけで霊力を消費しているという事か」
「はい」
そんな大切なものを分け与えている事実を、ヒューゴは今になって初めて知った。しかも二人の魔者に。
そんなヒューゴをベルタは心配そうに見つめている。
「クィックフォワードは、彼は元気にしているのか?」
ベルタに訊ねて、リョーマは紅茶を口にした。
「心配には及びませんよ。二日も経っていますし、本調子を取り戻しています」
それは何よりと、ダナは柔らかい笑みを浮かべた。
「そう言えば、クィックフォワードのヤツ、やたらとダナさんを意識していたけど、お二人の間に何かあったのですか?」
ふと思い出し、ヒューゴがダナに訊ねた。
「同じ土地に住む間柄で、彼は比較的個体数の多い突風翼竜。私は個体数は少ないですが、誰とでも交配できる音速飛龍です。そ―」
ダナの説明途中に、リョーマが慌てて「待った!」を入れた。
「あの、何か?」
不思議そうな顔を向けてダナが訊ねる。
「ダナ、その…女性の口から誰とでもなんて発するものではないよ」
リョーマの指摘に、他の3人は意味を察すると顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「も、申し訳ありません」
当のダナも顔を染めて、不適切な発言を反省して改めて説明に入った。
「私たちの種は、お互いに争いもせずに仲良く暮らしていました。そして、彼は上位種の私との血を残そうと、懸命に努力して、私よりも優れている姿を見せようとしていました。普通は他の同性よりも優れていると誇張して見せるものなのに、どういう訳か、私と張り合ってばかりいました」
クィックフォワードの気持ちも解らないでもない。
しかし、肝心の努力が明後日の方向に向いているのでは、彼もまた、頭のネジが抜け落ちている輩の一人に過ぎない。
「そのうちに私が超音速飛龍に進化してしまって…。彼、それでも躍起になって、直線飛行だけは負けまいと全力を注ぐようになりました」
その結果が、“直線機動特化仕様騎”という非常に使い勝手の悪い騎体となった次第である。
「今日もクィックフォワードを誘ったのですが、頑なに断っていたのには、そういう理由があったからなのですね」
過ぎるくらいに分かり易い男だ。
ベルタは溜め息をついた。
「しかしだ、高砂・飛遊午。よくもまあ、あんな使い勝手の悪そうな騎体構成をしたものだな。何でも取っ付ければ良いってモノじゃないだろ」
明らかに“ランタンシールド”の事を言っている。それはヒューゴも同感。
「俺に選択権があれば、あんなヘンテコな騎体にしちゃあいないよ」
しかも、右腕にはケガをしかねない籠手剣ときたもんだ。
思い出すだけでも、もうあんな変則二刀流はこりごりだ。
肩が凝る…気分的にも、物理的にも。
「ところでダナさん。まさかとは思うけど、お買い物もその格好で出掛けるの?」
思った事は訊かずにはいられないクレハであった。
すると、ダナはお仕着せを見て。
「はい。この姿は仕事着ですから。仕事中は常にこの姿でいます」
ダナの答えを聞くなり、リョーマへと向くと。
(コイツ、とことんメイドマニアな野郎だな…)
思うも、言葉には出さない。




