-164-:正直申し上げて不満に満ち溢れています
「どこへお迎えなのかなぁ?」
遠くからクレハは首を伸ばして、ココミとロボのやり取りに耳をすませる。
「私たちに、ライクの庇護を受けろと?」
いつもの頼りなさそうな態度からは想像できないくらいに、ココミ静けさをまとって、背筋も伸ばしてロボを見下ろしながら訊ねている。
「何分、貴女様たちだけで、こちらの世界にご滞在召されるには、何かとご不便が生じるのではと、主は懸念されています」
世の中、知識はあっても実行できない者は多い。日常生活はやるべき事が多いもの。
ライクの心配も解らないでもない。
「で、世話になるっちゅうても、ライク坊ちゃんたちが滞在したはる黒玉教会なんやろ?」
ルーティが確認を求めた。
「何か、ご不満でも?」
問われたロボは、頭を垂れたまま質問に質問で返す。
「いや、不満は…」ルーティが困った表情をココミへと向けると、「正直申し上げて不満に満ち溢れています」その表情は冷たく。
ココミは続ける。
「黒玉門前教会に関して、あまり良い噂を耳にしません。不良生徒たちの溜まり場に成り下がっていると、今は亡き天馬教会の老神父様がお嘆きになられていました」
ココミが述べた理由に、クレハは、何て歯車のかみ合っていない会話だろうと、呆れてため息を漏らした。
「ねぇ、ココミちゃん。普通そこは『敵の真っ只中で、いつ寝首をかかれるか分からないから』とか理由を付けて断らない?」
それと、敢えて口にしなかったが、先程ココミが口にした“不満に満ち溢れている”なる表現は、いささか過激な印象を与える。
「殺されても死なない以上、やはり精神衛生上の問題の方が、私は気になります」
確かに、ココミはこちらの世界で殺されても、すぐさま復活を果たす、コンテニュー能力を持っている。だからと言って、精神衛生の方が命の安全よりも上位にくるのか?
まぁ、それは人それぞれの捉え方として。
「じゃあさ。ワーウルフの人さ、ライクくんにベルタとルーティの命の保証をしてもらってよ。それならココミちゃんも首を縦に振ってくれるはずだよ」
勝手に交渉に入った。
「クレハさん!何を勝手な事を」
抗議するココミに掌をかざして「シャラップ!」黙らせた。
「いい?ココミちゃん。ライクくんの心配は、十中八九的中しているよ。あなた達では確実に普段の生活に支障をきたしてしまうのがオチなのよ。この際、汚いくらいは我慢しないと」
「いや、我々が不衛生という訳では…」
ロボの訂正にも「説得の邪魔をしない」黙らせた。
「それと」
さらにクレハは続ける。
「この際、ライクくんとじっくり話し合った方が良いと思うよ」
「彼と何を話すと言うのですか?」
やや不満気。
「さっきのアルマンダルの天使たちの事。アイツら、一体何者なの?」
クレハの問いに、ココミは魔導書を開いて見せてくれた。
「正式には、こちらの世界の魔導書“アルマンダル”と呼ばれる、天使たちを召喚する魔導書を模して造られた、私の姉、ラーナ・ファント・ドラコットが所有する魔導書です」
元ネタがこちらの世界にあるんだ…クレハにとってそれは初耳。
しかし、まぁ長々とした説明をくれるのね。
「そして、召喚される天使たちの名前は“オリンピアの七天使たち”。個々の名に、この世界の惑星を宛がわれた天使たちの事です」
確か、オフィエルは“水星”と名乗っていた。
「ご察しの通り、名称からして天使たちの数は七人。後の足りない分には、どうやら数字を宛がっているようです」
エプシロンは5番。単純に考えれば、兵士の駒は皆ファイル(チェス盤の縦の列)番号が宛がわれていると見て間違い無いだろう。
「彼ら天使の正体が皆スペクターだとしたら、数字を名前に宛がっているのは仕方が無いと言えます。彼らは肉体を持たなければ“名前”さえも必要としていない、本能に従うだけの獣でしかありません」
実際考えてみたら、野生動物に名前なんて無いものね。納得。
「彼らの正体は掴んでいる訳ね。だったら、今後の対応策を一緒に練った方が、ココミちゃんたちのためにもなると思うよ」
ベルタの身体能力を知っているクレハとしては、彼女たちに、黒玉教会で内々にドンパチやってくれた方が厄介事に巻き込まれなくて済む。
説得と言うよりは、押し付けていると言ったほうが妥当だったりする。
ココミは頬に手を当てて。
「それもそうですね…」
思案に入ってくれた。
「それで、お兄さんの所は誰が食事の準備とか、されてるん?」
また、ルーティが質問した。
「お食事のご用意、その他諸々全て、ウォーフィールド様が担っておられます。ああ見えて彼の料理の腕前は一流シェフに匹敵するほどです」
まさにスーパー執事といったところ。「へぇ…」驚きの声しか上がらない。
「ココミ、この際、ライク坊ちゃんの申し出、受けような。なっ?」
あっさりと懐柔されてしまったルーティ。
しかし、ココミは未だ思案中。
「こっち来て、今までずっとコンビニ弁当やったやんか。いい加減、もう飽きたで」
死んだ老神父は、ロクにココミたちの世話もしていなかったようだ。
どうりで、誰も悲しまない訳だ。
ココミはスゥーと長く息を吐くと。
「分かりました。ライクの申し出を受けると致しましょう」
ようやく承諾してくれた。
だけど。「ただし」
「先程クレハさんが仰った、私と共に住まう魔者たちの安全は保障して頂きます」
条件を突き付けた。
「当初より、そのように言付かっております」
だったら、最初からそう言え!思うも、当のココミは「では参りましょう」さほど気にもしていない様子。
去りゆくココミたちの背を、ヒューゴが追う。
「あと、もうちょっとなんだろ?クィックフォワードの事も待ってやれよ」
やはり、彼はココミに押し付けるつもりなのだと、クレハは察した。




