-155-:16番目のシンシア
野太刀と大鉈がぶつかり合い、激しく火花を散らす。
先ほどから何回、ダナとオフィエルは互いの剣を打ち合っているのだろう…。
とはいえ、そのほとんどはダナを駆るリョーマが打ち込んだ剣。
オフィエルは大鉈とカイトシールドを交互に、防御を余儀なくされている。
それほどまでにリョーマの剣は高速で放たれ続けていた。
凄まじいまでの戦いぶりを目の当たりにしたウッズェが「へへッ」小さく笑う。
「何が可笑しい?ウッズェ」
両騎の戦いから目を離すことなくシンシアが訊ねた。
「可笑しいだろ?あのオフィエルって野郎、俺達を見下したような口調で『白側のドラゴン共を討伐してやる』って豪語しやがったんだぜ。チッ!それがあのザマとは…チッ!笑わせてくれるぜ。チッ!」
嬉しそうなウッズェの言葉を聞くも、シンシアは彼と同じように喜べなかった。
あの動き…。
パワフルでありながらも、どこか繊細さを秘めるあの動きは、アレックスの動きそのものじゃないか。
どこか懐かしく感じられる。
クレイモアの戦士として、共に訓練に励んでいた頃を思い出す…。
そして一方の、ベルタに圧されているエプシロンへと視線を移す。
そういえば、タニヤも二刀流だったっけ…。
思い出の中のタニヤは2本のナイフで敵の喉を掻っ切っていた。
苦しい訓練時代。お互い、仲間でありライバルだった。
決して熱くはならず、冷徹にして残虐に、そして機械のように正確に敵を殲滅する兵士となるべく共に訓練を重ねてきた。
やがて作戦に投入されて…、彼女たちはそれらを完璧に遂行してきた。
なのに。
東欧で開始された、魔導書チェスという作戦任務に、シンシアだけが外されてしまった。
「16番目のシンシア」
天使たちのマスターとなった二人は、たちまちシンシアの事をこう呼ぶようになった。
そして彼らからは、二度と“シンシア”と名前で呼ばれる事は無かった。
16番目…その呼び名は彼女にとって不名誉に他ならない。何故なら。
―チェスの駒の総数は16個―
だけど、王の駒はアンデスィデに参戦しない。
だから魔者の主として必要なのは15個の駒の分だけ。
16個目は必要無い。
つまりは用無し。
ただ他の者たちより霊力が低いというだけの理由で。
それでも騎士クラスを従えるだけの霊力は持っているというのに。
あまりの理不尽さに悔しさだけが日々募ってゆく…。
そんなある日、魔導書“アルマンダル”の所持者にして、オリンピアの天使たちを従えるラーナ・ファント・ドラコットの会話を耳にしてしまった。
ラーナの護衛に付いていたシンシアが耳にした内容は。
“魔導書の針に反応しない”つまり、それほどまでに霊力の低い少年がアンデスィデに参戦しているというもの。
しかもその少年は、次々と敵盤上戦騎を撃破しているらしい。
この時シンシアは思った。
皆を見返してやるチャンスが巡ってきたと。
早速海を渡り、別の場所でグリモワールチェスを行っているライクを訪ねて、彼にアンデスィデに参戦させてもらえるよう懇願した。
ただ、霊力の低い少年こと高砂飛遊午を討つ事だけを目的として。
ライクの剣になる事を彼に誓った。
ライクはこれを快く承諾。だけど、すでに枠が埋まっていたので、参戦する気の無いゲンナイなる少年の代役として騒暴死霊のマスターとなった。
一度決まった騎体は再構築されない。
元のマスターだったゲンナイの仕様に合わせるしかない。
文字通り、他人のふんどしで相撲を取る事になる。
それでも、シンシアには絶対に負けない自信があった。
この日本という島国の国民は“戦争”というものを知らない。実戦経験が無い。
そう思っていたのに。
コイツらは―。
戦う事だけをその体に叩き込まれたアレックスやタニヤをものともしないヒューゴとリョーマ。
彼らは一体何者なのだ?
これはeスポーツではなく、身体能力そのものが騎体に反映される戦いだというのに。
敗北は死に直結する戦いだというのに。
彼らの尋常じゃない剣技に加えて、ただならぬその精神力。
シンシアはただ驚愕する外ない。




