-153-:貴方は何も解っていない!
エプシロンの攻撃を受けて、天馬教会は跡形も無く吹き飛んでしまった。
「ベ、ベルタ…?」
裏庭にいたとはいえ、あの大爆発。ベルタがタダで済んでいるとは、いや、生きているとは到底思えない。
ヒューゴの手から、ついに電話を掛けることが叶わなかったスマホが滑り落ちた。
コトン…。
床に落ちた音に気付けるはずもなく。
「飛遊―」
クィックフォワードが声を掛ける間もなく。
「テメェーッ!!」
すでにヒューゴはもう片方の隠し腕でエプシロンの側頭部をぶん殴っていた。
エプシロンの長く伸びた魔竜の首が衝撃でしなった。
炎と煙が立ち上る教会跡を眺めて―。
「さすがにアレは自然災害だと言い張るのはキツいな…」
呟くクレハの頭からは、あの場所にベルタがいた事など、すっかりと抜け落ちていた。
「ベルタさん…」
両目から涙を流すココミを見て、ようやくベルタの存在を思い出した。
気まずい思いに駆られる。
だけど、悲しみに暮れるココミに、何て声を掛けてやれば良いのか?まるで考え付かない。
すると、ライクが笑みを浮かべたままココミへと寄り。
「そんなに悲しむ事は無いよ、ココミ。ライフの姿を失っただけで、ベルタは別に死んだ訳じゃないんだから」
笑いもって諭すも。
「貴方は何も解っていない!」
キッと睨まれ、ライクは後ずさった。
「彼女は今、この地で過ごした時間を全て失ってしまったのですよ。それは本当の“死”と同じではありませんか?」
ココミの熱弁を聞き、(へぇーそうなんだ)傍らでクレハは彼女の解釈に感心する。
「この地での営みは、元の世界へと戻れば全て失われるもの…。でも!」
ココミはドンッと叩くように強く胸に手を当て。
「きっと魂のどこかに記憶しているはず!それを無暗に他人から奪われるのは、悲劇に他なりません!」
まさか、ココミがこれほどまでに熱い思いを秘めていたとは思いもしなかった。
普段の彼女が全てと思い込んでいた事に、非常に申し訳なく感じる。
(いつ謝ろうかな…)
バツが悪く目線を逸らせた先に、コンビニ袋を下げたベルタが目に映った。
遠く、のほほんとした表情で歩いている。
「あっ、ベルタ」
小さく手を上げて彼女を呼び止める。
「どうかなさいましたか?」
ベルタが寄ってきた。
「いやね。アンデスィデに変な連中が乱入してきてさぁ。何を考えてんのか?全っ然関係ないのに、天馬教会を吹っ飛ばしてしまったのよ。ったく…ロクな事しないわね」
「えぇ!!」
呆れながら語るクレハに、驚きの声を上げるベルタの声にさらに。
「えぇッ!!ベルタさん!ご無事でしたか」
涙でぐしゃぐしゃにした顔を向けてココミが驚きの声を被せた。
「ココミ。何を泣いて―」
訊ねるベルタの胸にココミが飛び込んできた。
「ご無事で何よりです。本当に」
何が起きているのか理解できないベルタは、困惑しつつココミの頭を優しく撫でる。
「呑気に畑仕事をしているなと思っていたのに、アナタ買い物に行っていたの?」
呆れたと言わんばかりに腰に手を当ててクレハが訊ねた。
「はい。アンデスィデには気付いていたのですが、ライク様も被害を出す事にためらっておられるご様子なので、下手に騒ぎさえしなければパニックにはならないと、いつもと変わらぬよう振舞っていました」
それで、普段通りにコンビニへ行って買い物も済ませられたというワケだ。
どれだけ存在感が薄いのよ?盤上戦騎って…。
「脱水症になってはいけないと、飲み物を買ってきましょうか?と神父様に訊ねましたら、メーカーを特定されましたので、近くのコンビニまで足を運んでいたのです」
まぁ、それが幸いしてベルタは命拾いをした訳だが、神父様は爆発に巻き込まれてしまったのだろうな…ほとんど面識の無い相手だと、全く感情というものが込み上げて来ないものだ。
あれほどライクに熱弁を振るっていたココミも、悲しむ素振りを全く見せない。
それでいいのか?
普段、戦争のニュースを聞いても何も感じないクレハであったが、さすがにそこは疑問に感じた。




