-151-:有難味も何も無ぇわ
キラキラと舞い上がる緑色のガラス状の破片たち…。
「一体…。チッ!一体、何層の浮遊素の足場を組んでいやがった…?チッ!」
舞い上がっていた破片は、直接地面に踏み込まないために組み上げられた、“浮遊素”による仮の地面。
リョーマはヒューゴと異なり、あらかじめ盤上戦騎の仕様や本質を脳内にインプットされている。
なので、接地圧に何ら問題が無い事は重々承知のはず。
なのに、何故?浮遊素で足場を構築していたのか?
それは、彼の必殺剣“冬の一発雷”の踏み込みは尋常ではなく、もしも地上で使用したのならば、周囲数十メートルは陥没していた。
つまり、地下に埋設されているライフラインへの被害を抑える必要があったので、防御策として”場”を構築していたのだった。
しかも、1枚や2枚では到底衝撃を抑えることなど出来ずに、何層も重ねて組み上げていた。
自慢の装甲が、いとも簡単に破られた。
しかも。
装甲だけを斬って、内部の本体には傷ひとつ付いていない。
明らかに、“装甲のみ”を狙っての攻撃だったのだ。
クレイモアの戦士として…。
幾多の戦場を戦い抜いてきたシンシアのプライドは、目の前の圧倒的過ぎるダナ、いや、戦争を体験したことの無い日本人の高校生によってズタズタに引き裂かれていれた。
私は何をすればいい?
悲鳴を上げれば、恐怖は幾分か和らぐのか?それとも泣けばいいのか?
もはや彼女の中に、戦うという選択肢は失われていた。
遠くにアラートが鳴り響いているのが聞こえる。
ぼんやりし過ぎていて、コクピット内で鳴っているアラートが遠くのものとばかり勘違いを起こしていた。
彼女が事実を知るのは、ウッズェによる「シンシア!」と必死に呼ぶ声。
「…何?」
訊ねる間もなく、大きな地響きによって、ウッズェの騎体は大きく揺れていた。
「後方700メートルの位置に何かが落っこちてきやがった。チッ!」
情報を伝えるウッズェ。しかし、彼がこの後に口に出した言葉は驚愕の内容だった。
チッ!
「盤上戦騎だと…」
落下物の正体はディザスター。
盤面に存在しないはずの騎体が落ちてきたのだ。
オープン回線で通信が入った。
「所詮その程度か。16番」
呆れたと言わんばかりのその言葉に!その声に、シンシアは我を取り戻した。
「アレックスか!?まさか、その声はアレックスか!?」
必死に問う。
「我をその名で呼ばないでくれるかな、16番。今の我はオリンピアの七天使のひとり、“水星のオフィエル”。アレックスだった男は身も心も我と一体化している」
そう語るオフィエルとは。
背中から天使を思わせる翼を覗かせ、色調は白金色を主体とした金色、銀色で彩られ―。
右手には大鉈、しかも刃の部分がギザギザのノコギリ状の武器を携え、左手には凧を連想させるカイトシールドで防御を固めている。
一見して、美しさの中に力強さを感じさせるシルエットではあるものの。
頭はサイの被り物?と勘違いさせるような縦に並ぶ大小の2本の角、口元だけは人間を模して。
そして足元は。
人間の脚に牛の蹄…。
天使を連想させる容姿の中に、“サイ”と“ウシ”が入り混じったその姿に、クレハの抱いた第一印象は…。
「有難味も何も無ぇわ…」
元々薄い信仰心に、さらに拍車を掛けるべく興味の失いよう。
「オフィエル…」
リョーマが呟く、その背後1500メートル先では、名乗りを受けたヒューゴが同じく。
「エプシロン?ギリシャ文字の5番目の文字?」
もう一騎を眼前に捉えていた。
もう一体の天使の名は5番目。
オフィエルと同じく白金色を主体とした色調に、天使のような翼を備え。
その姿は、二の腕をすっぽりと覆う肩装甲を備えた女性用甲冑をまとい、面立ちもどこかギリシャ彫刻の女性像を思わせる。
盾は持たない。
その両手には中国発祥の武器とされる、見た目『Ψ』のカタチそっくりの“サイ”を握る。
しかし、何故かしら尻尾が生えている。
ヒューゴたちの前に、いびつな天使が2体現れた。
早速。
切っ先に糸状の雲を引いたベルタの脇差が、エプシロンの首筋目がけて放たれる。
同時に、左手の脇差による刺突攻撃!
突然のベルタの行動に、誰もが唖然とする。
「い、いきなり攻撃なんて…ヒューゴさん…」
ココミは思わず手で口元を覆ってしまう。
ベルタが放った同時攻撃は、いずれもエプシロンが手にするサイによって止められてしまった。
彼もまた“二刀流”。
「いきなり攻撃とは、いい度胸しているじゃねぇか!」
男言葉なのに女性の声。
パワーでベルタを圧し飛ばす。
それでも、体勢を立て直すと、すぐさまエプシロンに向けて再度剣撃を放つ。
「こっちは3分しかこの体でいられねぇんだ!卑怯は承知の上!この際、目をつむってもらおうか!」
実に合理的な判断。
実に納得。
「って、3分って、どういう事なの?ココミちゃん!」
驚きもって、説明を求めるクレハであった。




