-144-:確かに私は彼女に及ばない
クィックフォワード…声から判断するに、若い男性のよう。
しかし!
油断はならない。
何故ならば!
初対面でオッサン声だったベルタは、ライフの姿で現れると、驚くほどに美少女だった。
声そのものは“充填モード”と呼ばれる省エネモード時にすでに変わっていたが、実際その姿を目の当たりにすると、それはそれは驚きたまげたものだ。
「お前、声の通りのキャラクターなんだよな?」
訊ねるも。
「訳の分からない事を言うヤツなのだな。貴様は」
素直に答えないばかりか、貴様と来たか…。
まあ、気にする事も無いだろう。男にはまったく興味無ぇ。
「英雄ベルタ殿を駆って、5騎の盤上戦騎を倒した豪傑だと聞いている。少しばかり勝手は違うだろうが、貴様の武勇にあやからせてもらうぞ」
期待を掛けてもらう分に、悪い気はしない。
むしろ、鼓舞されているようで、彼がどんな騎体なのか?楽しみになってきた。
(でも、あの時、コイツ自分で“少しばかり勝手が違う”と予防線を張っていやがったな…)
今思えば、“少しばかり”なんて、生易しいモノではない。
「ダナよりも早く手柄を立てて、彼女を見返してやらねばな」
気持ちを高ぶらせているクィックフォワードの口から、知らない名前が出てきた。
「ダナ?」
訊ねた。
「共に今回の王位継承戦に参戦したドラゴンだ。彼女は元々音速飛龍だったが、今では超音速飛龍へと進化しているのだ。だから、私はこれ以上、彼女に後れを取る訳にはいかない」
話を聞くに、カノジョが出世街道まっしぐらなので、自分も早く手柄を立てて彼女と肩を並べたいと考えているのだろう。そう思って。
「今のままじゃあ、吊り合いが取れないという訳か」
「違う!私が勝っている事を知らしめなければならないのだ」
何だ…肩透かしを食らった気分だ。
ただのライバル意識かよ…。
「あまり張り合うのは良くないと思うよ。無駄に疲れるだけだって」
持論を並べるも、「確かに私は彼女に及ばない」
それはそれで理解している模様。
「だがしかし!直線飛行なら、彼女に負けない自信がある!」
負けないの前に『ゼッタイ』くらい付けろよ。すでに気持ちで負けているじゃないか。
あの時は、そう思ったものだ…。
今は良く解る。
このクィックフォワードという突風翼竜さんは、とにかくダナに対して非常に強い対抗意識を燃やしている。
それと、“直線飛行”はコイツのアイデンティティーか?そんなモノにこだわっているから、少し激しい運動をしただけで膝関節が悲鳴を上げるのだ。
もっと楽にして生きて行こうぜ。
言いたい思いに駆られるも、今、そんな気楽な台詞を吐こうものなら、彼は激怒する事間違いない。
3割ほど自分が悪いのだとヒューゴは後悔しつつ、今はとにかくこの剣の檻から脱出する事に集中しよう。
果たして…出来るかどうか?やってみなくちゃ分からない。
視線を足元から2身ほど先へと移し。
2本の剣を交差させた体勢から下段の構えに入る。
ゆっくりと息を吐いて、さらにゆっくりと息を吸い込む。
狙うは檻の一点、一本の剣。
強く踏み込んで、瞬間!
地面は高く土煙を吹き上げて、剣の檻に2本の剣を限りなく同時に近いタイミングで叩き込む!
二天一流!二天撃を発動!!
剣の檻と剣が激しくぶつかる。
キィンキィンキィン…。剣の檻全体が高い音を響かせ衝撃を分散させている…。
やはり二天撃ほどの爆発力が無いと、破壊は無理らしい。
「こうも使い勝手が違うと、二天撃の発動は難しいか…」
二天撃は見事に不発。しかし、実際には発動していないので、魔力は消費していないのが、せめてもの救い。
ガキン!ガキン!
突然、檻全体が音を立てて、わずかながら狭くなった。
アルルカンが攻撃魔法を発動した時に、「細切れにしてやる」と息巻いていたのを思い出した。
細切れにするというのは“斬りつける”のではなくて、ところてんのように圧し斬るものなのだと今になって理解した。
「コイツは非情にマズい」
何か手立ては無いか?ただひたすら考えを巡らせる。
もう時間は、そんなに長く残されてはいない。




