-102-:あなた一人なの?
「さすがは高砂・飛遊午。やりますね」
それは男性の声。
「あら?」
ココミの声に、「知っている声か?」ヒューゴが訊ねた。
「どこかで…」「誰やったかな…」
通信先の二人は頼りにならない。
「ベルタ。知っている声か?」
「いえ。私が知っている男性は、ヒューゴと天馬教会の神父様。そして私を襲ったウォレスという輩だけです」
案外と世間の狭いヤツ…。
まぁ、それはさて置き。目の前の敵だ。
ようやく一太刀…とはいえ、微細なダメージではあるが、与えるに至った。
しかし、この道のりは険しかったな。
敵の“クセ”を拾うまで、防戦を強いられていた。
この敵、“本気でない突き”をしこたま放ち、間合いを縮め、“相手を仕留める本気の突き”でダメージを狙ってくる。
その際、少し首を傾げる“クセ”があったのを見つけた。クセは時に大きな隙となる。
その瞬間を狙ってカウンターを仕掛けたのだった。
敵騎が後方に大量の浮遊素を散布。
来る!
読みが当たり、敵騎は2歩分の距離を退くと浮遊素で展開した足場を蹴って一直線に高速で突っ込んできた。さらに槍の突きまで繰り出してきた。
三又槍での突撃!!
一回退いてくれたおかげで間合いは開き横移動ができたものの、それさえも罠。
すれ違い越しに左手で“裏拳”を放ち、ベルタの右側頭部にHITさせた。
6つ目の白い光がモニターに映る中、衝撃でベルタの騎体が大きく傾く。損傷は。
兜半壊。片側だけで繋がっていたバイザーが、とうとう破壊されてしまった。
「ヒューゴさん!」
コクピット内にココミ・コロネ・ドラコットの叫びが木霊する。
「大丈夫だ!問題無い」
安心させようと言ってはみたものの、正直、これほどまでの相手とは今まで対峙したことがなかった。
片時も気を抜くことは許されない。一瞬で命を刈り取られてしまう。だけど。
何か変だ。
この敵、さっきから“クセ”が有ったり無かったり。それに、どの攻撃にもまるで隙が無い。
いろんな戦い方に精通していると言うか、何だか複数の相手と戦っているような感覚だ。
雨雲が迫ってきた。
天馬教会では―。
ちょうど昼休みなので、教会内は静かなものだったが、ココミの叫びは無情にも木霊していた。
身廊の長椅子にて魔導書を通して戦いを見届けていたココミは、劣勢を強いられるヒューゴの姿に目を向けることができずにいた。
一度戦いが始まったら、相手が500km以上離れて撤退してくれない限り、戦闘が終了することの無いアンデスィデのルールが、これほどまでに理不尽に思えた事はない。
「どうして、こんな…」
凄惨なまでの蹂躙に、魔導書に涙粒がこぼれ落ちる。
「ムチャクチャやんけ、こんなの」
ルーティも理不尽さに嘆く。
開かれた教会の入り口に人影が映った。
影はココミたちの下へと。
「やはり、ここにいたんだね。ココミ」
声の主は対戦相手のライク・スティール・ドラコーンだった。
「今日は小学校が代休でね。良かったよ」
訊きもしていないのに理由を告げながら現れたのはライクひとり。
いつも護衛兼執事として彼に付き添っているウォーフィールドの姿がどこにも見当たらない。
ちなみに、ルーティも今日は中学校が休みだった。理由は先日行われた体育祭の代休。
不思議な事に、義務教育の代休というのは小・中学異なれど重なるものなのだ。
「ライク、あなた一人なの?」
思わず訊ねた。
「ああ。ウォーフィールドが高砂・飛遊午と剣を交えたいと言って聞かなくてね」
ライクの言葉を耳にするなりハッと魔導書のライブ中継画面に目を戻した。
ヒューゴが今現在戦っている相手は、亡霊の魔者ウォーフィールドだ。
どうりで、聞き覚えのある声なワケだ。
「ライク、まさか貴方、魔者をアンデスィデに参戦させたのですか!?」
睨むようにライクを見据える。
一方のライクは涼しい顔をしたまま。
「ルール違反とは言わせないよ。先に参戦させたのはココミ。キミの方じゃないか」
告げつつ隣のルーティを指差した。
それを言われてしまえば、ぐうの音も出ない。
「ちょっと待て」
通信を通して彼女たちのやり取りを耳にしていたヒューゴは、この劣勢にある状況に不服を申し立てた。
「魔者だと!?ふざけるな!ルーティとはまるでレベルが違うだろ!コイツ、ムチャクチャ強いやんけ!」
とたん、敵騎は距離を開けると、槍の構えさえも解いてしまった。




