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精霊物語─精霊の目覚め  作者: 痲時
第4章 499年
20/37

第19話:王太子軍の知らせ


アリカラーナ歴499年。


 相も変わらず空位が続いているために盛大な催しものはなく、その年は日々の一日に紛れた形で、静かに明けることとなった。しかし日が昇った頃に各地を騒がせたその知らせは、後にこの凍結したアリカラーナ中を駆け巡る大きな転機となったのである。



 カーム領ナガツキ地区にある領主宅。いつも静かなその邸宅に不似合いなほど、どたばたと足音を立てて走る音がする。朝のティータイムと洒落込んでいたアクラ・ロスタリューは、新年早々深々と溜め息を吐いた。その前から城主がお見えですと知らせを受けていたから心構えはできていたものの、いざその騒音を耳にすると不快ではある。気分が落ちて行くのを感じた時、ばんっと領主の部屋の扉が乱暴に開け放された。根っからの武人というのはどうしてこうも乱暴なのか、別段軍人全員がこういう性格なわけではない、彼を嫌っているわけでもないが、朝から嫌な気分にはなる。

 入って来たのは、教えられた通りエルアーム城主ファルーン・グランジェである。

「煩いよ、ファルーン。ここはもっと城塞ではないのだから」

 と、先手を打って口を開けたが、莫迦にでかい声でそれはすぐに遮られた。

「殿下が、殿下がご帰還なされたぞ!」

 この時ばかりは毒吐き人形と揶揄されるアクラも、立ち上がって目を見開いてと人並みの驚きを表した。

「ほんとう、に?」

 そう尋ねる姿は親の帰りを待つ子どものようであったが、ファルーンも興奮しているらしくいつもと違う領主をからかうことをしなかった。

「ああ、東からの書簡にしっかりと書いてある。併せて届いたのだ! 殿下からのものも入っているから、共に見ようと思ってな」

 何かを云おうとして、言葉が出て来ないことに気が付いた。

「どうかしたか、アクラ」

「……なんでもない」

 ぷいとそっぽを向いたのは、正直に泣きそうなぐらい嬉しいのを見られたくないからだ。アクラは本当に、王太子殿下を、いや、ウォルエイリレンという個人を尊敬している。きっと、誰にも負けないぐらいに。一悶着あったにせよ、アクラがこうして領主になっているのもウォルエイリレンのおかげだから、彼が戻らないなら領主なんて辞めてやるつもりだった。


「ほら、おまえへの書簡だ」

 ファルーンはファルーンなりに気を遣ってくれたらしい。ぽんと投げ渡されたのを手に取ったのを確認すると、ファルーンは片手を上げる。

「落ち着いたら話がしたいから、城まで来てくれよ」

 そうして彼は部屋を来た時とは真逆に、静かにのっそりと出て行った。アクラは声もなく、ただただ黙って彼を見送る。静かになった部屋でアクラは反射的に受け取った書簡をじっと見遣る。イーリアム城の印と、エトルの版の付いた封筒で、帰って来たというのをしみじみ感じる。


 誰も居ないというのにこっそりと丁重に開けたその書簡は、あまりにも短いものでただ一言だけだった。だがそれでも、アクラは嬉しさと安堵感で涙がこぼれ落ちた。こんな顔、誰にも見られたくなどない。いつも余裕で飄々としているだけの自分で居たい。だから泣くのは今日限りだ。


 ──待たせて済まなかった。王座奪還のために、力を貸して欲しい。

 追記されたかのように、そこにある文字に気が付いた。

 ──ヨーシャの緑は、綺麗だった。

 ウォルエイリレンはそうか、それで悩んでおられたのか。アクラはぐっと、胸を詰まらせた。


「ウォレン様、それはやはり、貴方が決めること。私は貴方が誰であろうと、この命賭して付いて行く所存であります」

 一時期王宮に流れたたわいもない噂。ウォルエイリレンはそれを気にしていた。冷静に考えればそんなことなど有り得ないのに、その噂が流れたという事実を心配していた。そうして心残りを彼なりに消そうと努力した、それはこの4年間出て来なかった理由の一つでもあるのだ。



 アリカラーナなんて大嫌いだった。

 トゥラスなんてもっと嫌いだった。

 アクラを一人にした王族なんて、本当に嫌いだった。


 だがそれを変えてくれたのは他でもない、ウォルエイリレンだ。まだ子どもであったアクラに、さらに小さなウォルエイリレンは教えてくれた。それからアクラは彼に付いて行こうと決めたのだ。アクラの人生を変えてくれた彼に、少しでも気持ちを伝えようと。アクラは書簡を握り締めると、そっと部屋を出た。


 広過ぎるこの領主宅には、アクラの他は一人しか居ない。前の領主がそんなにたくさん要らないと閑を出してしまったらしい。そんなことをしたら暴動が起こるだろうと思ったのだが、彼は彼なりに職場案内を対処したらしく何も起こらずに済んだという。


 階段を降りて長い長い廊下を歩いた後、ようやく食堂へ辿り着く。唯一の同居人である侍従ヘーゼル・カイゼベルがいつも通り食事の用意をしていた。

「ヘーゼル」

「はい、アクラ様」

 彼は手を止めてアクラを見ると、いつもの笑顔で指示を待っている。彼が負の感情を表に出すのを、アクラは見たことがなかった。前領主にも訊いたが、彼もさあと首を傾げた。彼はいつでも静かに微笑んでいる。

「ウォレン様のことは、聞いてるよね」

「はい、先ほどグンラジェ城将が教えてくださいました」

 正確には怒鳴り声で聞いていないのだろうと思っていたが、ファルーンは律儀にもヘーゼルにも話したらしい。

「しばらく留守にする。エルアームに居るから、その間至急のものは全部回してくれるかな」

「かしこまりました」

「それから──」

 と自分でも要らぬ心配だと思いながらも、ついつい云ってしまう。

「ギルドさん、もし来たらよろしく」

「かしこまりました、お気をつけてください、アクラ様」

 深々と頭を下げるヘーゼルを見ていたら、案外自分はこの土地に執着しているのではないか、と思えて来た。


・・・・・


 その報せをシュタインがあくまで事務的に告げると、ゼシオ・ローゼンはいつも通り柔和な顔つきで云う。

「左様ですか、殿下がご無事で何よりです。──ご苦労様でした」

「……それだけ、ですか」

「それ以外に私に何をお望みですか、シュタイン宰法」

 その厭味ったらしい云い方に憮然とする。この男と向き合う時は、どうしてかいつもこうなってしまう。


 何よりも彼は、ウォルエイリレンの帰還に驚きすら見せなかった。さもそれが当たり前であるというようにただ頷くと、

「それより──ジンが増大過ぎて、これでは危険過ぎます」

 などと、まるでどうでも良いことのように済ませてしまうのである。冷淡のように見えて、忠実なるウォルエイリレンの僕だとシュタインは思う。かろうじてこちらも敵意を抑えて、冷静なまま尋ねてみる。

「大きなものができそうですか」

「危険だと云っているのが、わかりませんか」

 呆れた口調で云い返されて返事に窮した。しかし仕方のないことである、もう事は始まっているのだ。今さら止めることのほうがシュタインには難しいと思う。

「危険を承知で聞いているのです。生来、禁忌魔法とはそういうものでしょう」

「シュタイン宰法、誠に失礼ながら進言させて戴きます。禁忌魔法は使いこなせなければ使ってはならないもの、貴方は方向性を間違えてはいませんか」

 鋭いその目付きで彼はシュタインを見据える。その目がこの間突然現れたグドーバにそっくりで、思わず舌打ちの一つでも漏らしたくなる。




 ゼシオはできの悪い生徒になだめすかして教えるかのように、静かな声で言葉を続ける。

「とにかく調整者が居ない今、下手に動かすのは危険です」

「バイゼベルが居ます」

「幾ら調整者が育てたとは云え、調整者たる彼の力に及ぶ者は居ません」

 調整者。そう、すべてはそれなのだ。彼は調整者という立場を使って禁忌魔法を成し遂げた。いったい今頃何所で何をしているのか、果たしてシュタインの動きに気がついているのか。去年の暮れ偶然にもその存在を感じることができたのだが、それは罠なのかなんなのか。その後も懸命に後を追っているが、やはり姿は現さない。


 調整者をただの法術師が探し出すことなど、やはり不可能なのだ。そうして目の前の男をじっと見る。管理者ゼシオ・ローゼン。彼ならば調整者の居場所ぐらい、簡単に割り出せるのではないかと。しかしそれも、淡い夢であったようだ。 とにかく、と彼はそこでわざとらしく咳払いをする。

「あくまで守人として云わせて戴きますが、危険な真似はなさいませんように」

「それはもうジンをもらえないということでしょうか」

「場合によっては、それもあるでしょう」

「貴方はどうすると?」

「無論、引き続き調整者の行方を追います。管理者たる私だけでは真柱はどうにもなりません。20年もの放置など、とっくに限界を迎えています」

「調整者が必要だと?」

「ええ。──これは政治に関わらず、この国の存亡に関わります。溜まったジンの処理先がないという今のこの事態を、あなた方はもっと重く見るべきです」

「ゲレンデリオン卿も限界ですか」

「チャディはよくやってくれていますよ。しかしその苦労を、あなた方がすべて無駄にしていると云っても良いでしょう」

 管理者ゼシオ・ローゼンも、収集者チャディ・ゲレンデリオンも。双方共にもう一人の相方である調整者を見つけられないで居るのだ。その特別な力を持ってしても見つけられないのなら、それはもう絶望なのではないか。


 調整者を追い出した張本人、シュタインはそう思う。だからこそちょうど良い、ガーニシシャルが望んだ新しい時代の幕開けなのだ。調整者にも頼らない、新しいアリカラーナの正しい姿を取り戻す。それがシュタインの第一の目的であった。表向き地位を欲しているようにしているのは、そうした方が下衆だが能力はある連中が集まるからである。言葉をぐっと堪えて、極めて静かにシュタインは尋ねる。

「私たちにどうしろと云うのです」

「彼を今すぐ指名手配から外し、協力を要請するのです」

「それで彼が出て来るとお思いですか」

「この際ですから云っておきますが、貴方がこの法術界に傷を負わせたのですよ」

 傷。それで済むのなら簡単だな、とシュタインは思う。

「彼が問題を起こしたとは云え、彼はこの国でたった一人の調整者です。単なる思想の違いだからとその問題を軽視することはできませんが、彼を処刑しようとした貴方の行為はいささか出過ぎて居たと今でも思います。そして貴方が今しようとしていることに対しても、私は軽蔑せずには居られません」

「人霊とて、全能ではないでしょう。いつか箍が外れた時、我々の力が必要になる。そうは思いませんか」

「そうなった時に我々が力を貸せば良いのです。四師総帥はそのために在ります。少なくとも今はその時期ではありません」

「我々は縛られている、そうは思わないのですか」

「──確かに真柱があることによって、我々は力を抑えられています」

 だが、と彼は続ける。

「あくまでそれは、私たちに許されていることだからです。召喚師も聖職者も、それは同じでしょう。召喚師は人霊によってそれを抑えられ、聖職者はイシュタルによってそれを抑えられる。私たちは真柱によって抑えられている。それが正しい姿であり、私たち法術師が従う道です」

 シュタインは確かに20年前、問題を起こした調整者を強硬な手段を取って追い出した。禁忌魔法という素晴らしいものを作っておきながら、その使用に反対する彼を理解できず、シュタインは彼を追い返した。そうしなければ、禁忌魔法を使うことができなかったからだ。法術師三柱<守人>と呼ばれるうちの一人を追い出したのを期に、ゼシオとチャディ残る二人も早々に退陣してもらうつもりであった。


 三柱があるから、法術師は苦しめられる。制限となる3人が居なければ、問題はなくなる。


 しかしゼシオとチャディがそう簡単に居なくなるわけはなく、そうして居なくなった後に何が残るかと思えば、歪みの対処である。バイゼベルがうまくやってくれているとは云え、やはり問題はあり少しの間は残された守人のうち2人に協力を仰がなければならなかった。



 神の国アリカラーナ。それは初代アリカラーナが大きな代償と引き換えに手に入れた、恵まれた大地だ。それと同時に生まれた術師は、当然万能ではない。法術を使えば歪みと呼ばれるジンが生まれる。召喚も、聖職者の特別な力も同じだ。すべては歪みと呼ばれるジンが生まれて、やがてそれが貯蓄されるとこの国は滅びると云われ続けていた。

 召喚師のジンは人霊によって消される、聖職者のジンはイシュタル・アリカラーナによって消される。しかし法術師のジンは法術師の自治町ケーリーンに高くそびえる三つの柱に溜められ、それは目に見える形でわかる。それを払拭する役目を担うのが守人と呼ばれる3人のうちの一人、調整者だった。唯一ジンを処理することのできる、ジンを生むことなく法術を使えることのできる法術師、それが調整者である。守人を絶やすことなく生み続けるために、法術師は徹底した世襲制を貫いているのだ。管理者がジンを管理し、収集者が集め、調整者が処理をする。そうしてこの国の法術師界はアリカラーナを守って来た。しかしたまたま調整者がジンによる禁忌魔法というものを作り上げてしまい、政治的問題によって王宮を追い出されたため、法術師は限界が近付いている。


 だがシュタインは、調整者が離れたこともこの世界の新たなる可能性の予兆だったのだと考える。

 ──あれは、私の宝なのだよ。

 ガーニシシャルの言葉を、幾度となく繰り返す。あの方の言葉に、間違いはない。


 シュタインがその強硬な態度を謝らないのに、ゼシオはいつも溜め息を吐く。

「──以前、定成王が仰っていたことをお忘れですか。アリカラーナはこの国の支えであり、それは比喩でもなんでもなく、事実であると」

「比喩でなくてなんなのです」

「私もすべてを知っているわけではありませんが、おそらくアリカラーナはこの国の要なのです。だから私はきっと、後で貴方が大変な目に遭うだろうと心配しているのですよ」

「ご心配ありがとうございます、しかしそれは推測に過ぎません。現にエリンケ様は何も仰っていません」

「あの方がアリカラーナの重大な役目を教えてもらえたとお思いですか」

 物腰は柔らかだが、あくまで抗戦的だ。シュタインは黙るしかない。なぜならシュタインは知っている。アリカラーナがこの国の正しく要であることも、なぜ術師が存在するのかも、すべて知ってしまった。知ってしまった上で、今こうして国を動かしているのだ。

「殿下もご存知だったとは思えません」

「いえ殿下は……仮にも王太子殿下となられたのです。ご存知でしょう」

 知っていますなどともちろん云えず、シュタインは少しだけ考えるふりをして問いただせば、憂いを帯びた目をしてゼシオは遠くに思いを馳せるかのようだ。


「このアリカラーナを西国のように争いまみれの国になさいませんよう、お願いします」

「……もはや、貴公が宰法になれば良いのではないのですか」

「戻ったら守人の仕事ができないでしょう」

 そこで彼は微笑む。そこにはもう、敵意も何もなく、ただただ今後を憂えている様子だった。

「頼みますよ、シュタイン宰法。これは定成王とも相談しての結果、宰法は法術師の頂点に立つものです。守人は貴方に柱の助言だけ行ないますので、どうぞご安心を」



 その後にはお引き取りくださいと付くような気がして、シュタインは軽く頭を下げて部屋を出ようとした。ちょうどその時出窓に目が付いて、

「──そういえばこの間、クドーバ子卿がいらっしゃいました」

「左様ですか、何か失礼を?」

「いえ、特に」

 なんとなく、云いたくなっただけであった。ゼシオは不思議そうな顔をして、

「そういえばシュタイン宰法はまだ、あいつを使っていてくださいますが」

「はい、何か?」

「いい加減止めた方が良いと思います。もう牙を剥いているとは思いますが、謙遜なしに愚息ですので」

 云われなくともわかっている。何か云おうとはしたが、シュタインは頷いて留めるだけにする。ここで余計なことを云って、クドーバに漏れても面倒なだけだ。


「失礼します」

 今度こそ本当に部屋を出て、ほっと溜め息を吐く。

 あの目は本当に、親子そろってそっくりで、シュタインは新年早々気分を害した。


 ──なぁグレアル。私が国のためにできることは、いったいなんだろうか。

 シュタインの考えはすべて、ガーニシシャルのため。今は亡き王のために、彼は覚悟を決めて国を荒らしている。それでたとえ軽蔑されようとも本望だと、シュタインはまた気を引き締めたのだった。


・・・・・


 その書簡を見て、ダズータ・バルクオリンズはただ一言呟いた。

「やはり──」


 突然の招集にも関わらず、そこには全員が揃った。ルジェストーバ王立学院の、静かな夜だった。


 ダズータを中心として集まったこの理事長室以外には、大等部のと研究棟のみ灯が付いていた。これだけ見れば平穏ないつもの学院である。しかしダズータの顔は常に下げている優しいものではない。彼はこの学院が乱されてしまうこと、ただそれだけを憂えている。


 出席者最後の一人か、観劇科教授バックロウ・ルダウン=ハードクが入って来たことを認めると、他に集まっていた誰よりも先にダズータは彼に声をかけた。

「来たんだね、ルダウン=ハードク教授」

「はい。って、もしかして遅れましたか。やあ、申し訳ない。時間はソリエルの町で確認したはずだったんですがね」

「──君を見ていると和むが、空元気は良くない。今の君は痛々しいよ」

 図星を突かれたのか、バックロウは珍しく急速に表情が無となった。彼がこうして表情をなくすということは、それだけ本気なのである。

「ルダウン=ハードク教授、もう帰りなさい」

「……え?」

「これ以上、君がここに居ることはない」

「──しかし私は」

「君はこれ以上、ここで動くべきではない。──わかるね?」

 昼間の応接で彼は明らかに意気消沈していた。その後も通常通り愉快に授業をしていたが、やはり突如翳りを見せる。奇人変人ルダウン=ハードクと呼ばれる家で生まれた彼だが、その異名をおもしろくおかしく扱い普段から賑やかで、こんな風に翳りを見せたことなどない。彼なりにいろいろ考えていたのだろう。芝居が好きではあるが、教師と云うのも存外に彼は楽しんで誇りを持ってやってくれていた。


 だからこそ、昼間の対談は彼に打撃を与えた。


 自分の「教師」という立場からは何も動かせなかった現実と、彼の大切な人を裏切るような手ひどい行為を、甘んじて受けてしまった自分と。その二重苦で、彼はいつものような元気がない。滅多なことで他人に弱みを見せない彼をここまで突き落としてしまったことに、ダズータは少なからず責任を感じていた。そう、二重苦はダズータも味わっているだけによくわかってしまう。



 少し考えている風であったが、やはり置いて来た家が心配であるらしい。仕舞いには思案顔のまま、はいと素直に頷いた。ダズータは微笑んで彼に云う。

「特急馬車を用意する。今から帰れば、明日の朝方には着けるだろう。しばらく休暇にすると良い」

「お気遣いありがとうございます。特急なら10時間ほどで着くでしょうから、この会議が終わるまで居させてもらいますよ」

「バックロウ」

 思わず名で呼んでしまうがしかし、バックロウはそれに対して従うつもりはないらしく空いている席に着いてしまった。ダズータは苦笑を漏らして彼を見遣り、

「わかった。──だが君に改まって話すことはあまりないんだ」

 深々溜め息を吐いてから、周囲を見回した。




 集めたのは、大等部の数人の教師たちだ。時刻は夜七/れき、大学はまだまだ活動時間である。年が開け今年度卒業生となる生徒たちは無事進級を終えて、各々卒業制作への道を始めた。最初の頃はどうしたって付きっきりになってしまうために、全員を集める余裕はなかった。無理を云っての招集だったが、ほとんどの教授が駆けつけてくれた。元来、大等部の学院教師というものは研究が命であり、その場を荒らされることを嫌うのだ。

「ルジェストーバ宛にイーリアム城並びにウォルエイリレン王太子殿下から書簡が届いた」

 普段は研究命の教師陣も、流石にざわざわと浮き足立った。

「それでは理事長」

 近代史科アサジーク・レイフォンが静かに手を挙げて立ち上がる。

「ウォルエイリレン王太子殿下がご帰還された、そういうことですか」

「ああ。──だが、事はそう簡単にはいかないだろう」

 ダズータはちらりとバックロウを見たが、彼はさして驚いていないようだ。いつか帰って来るだろうとのんびり構えていた彼だから、全面的に喜ぶことはしていないが、しかしやはりこの朗報で今日の傷を少しは癒すことができたであろう。

「知っているかもしれないが、今日我々ルジェストーバはシュベルトゥラス家に攻撃された」

 自分の家のことでありながらまるで知らない家のように語った。ここではトゥラスも何も関係ないとしているがために、 ダズータはここでトゥラスの名を名乗らないよう決めていた。それは撃沈したバックロウにしろ、難しい顔をしているアサジークにしろ然りである。ダズータの本名はダズータ・バルクオリンズ・シュベルトゥラス。第1王女ナナリータの婿である。




 ダズータはなるべく、同じくトゥラスに婿へ入ったバックロウやアサジークを見ないようにして説明をする。

「シュベルトゥラス家当主ナナリータ様は、我々を自治町として見ていない。そして我々自治町の要求を王宮に通さず、シュベルトゥラスの名の元押し潰した」

 ダズータとしては学院であるからなるべく感情を押し殺して話していたが、やはりそこまで割り切ることができないのも本心だ。正直なところ、妻であるナナリータが権力を振りかざしこの学院を潰そうとしていることに、もうやめてくれと今すぐにでも説得をしに行きたい。しかしこの会議だけは理事として、乗り切ろうと思っていた。

「シュベルトゥラス卿だけではない。他にも王宮内に居るトゥラスの子孫が、王立学院へと通えない状況が続いていることに、私たちは黙っていることはできない」

 教師らは深々と頷く。そう。ここルジェストーバ王立学院はトゥラス領の南側をほとんど占領して作られている、王都にある唯一の独立町である。要求があれば王宮に進言して、可決されれば通される。しかし今は進言すらなんの権限もないはずのシュベルトゥラスの一声で潰されてしまう。このままでは、王立学院という自治町の存在意義が失われてしまう。

 王位継承権のために、たった3箇月であったというのにリレインは休学した。それに合わせるかのように4年前から数人の休学者が出ており、それはトゥラスの姓を持つ少年少女らであった。ダズータが調べた限りではどうやら王宮内に居る、つまりトゥラス領ではなく王宮に住まうトゥラスらであるようだった。リレインの件のついでに進言したが、王宮に意見すら通せなかった。通す先にはシュベルトゥラスが先回りして居り、それは留まり潰されてしまうのだ。彼らに会うことは可能だったが、ひとまず学院はもう少し休み王宮にて勉学するという。


「私は無論、殿下に従うつもりだ。書簡には短い文面で心配をかけたことに対する謝罪であった。そしてできれば、自治町である王立学院にも手を貸して欲しいとのこと」

「もちろんだ、手を貸そう」

「自治町としてできるなら、ウォレンのためだ、やるに決まっている」

 ここではウォルエイリレンを殿下と立てるよりも、どうやら生徒としての彼が居着いてしまっているようである。彼らの反応に苦笑しながら、ダズータは締めた。

「具体的にどう動くかは決めていない。ただし我々は今後シュベルトゥラスには一切屈しない、そして王宮に直接談判できるように呼びかけようと思う」





 教師らがぞろぞろと帰ればそこに残ったのは身内である。そしてダズータは当然のようにそこに残っているバックロウを見て顔を顰めた。

「バックロウ、帰りなさい」

「はいはい」

 思わず叱り顔で名を呼ぶと、バックロウは仕方ないとでも云いたげに立ち上がる。まだ黙って座っているアサジークの肩をとんと叩くと、

「アサジーク叔父上、頼みましたよ」

「ああ、バックロウもゆっくり休むと良い。上演し続けで疲れるだろう」

「よくぞわかっていらっしゃる、アサジーク叔父上。では、ダズータ叔父上を頼みましたよ」

 云ってバックロウはひらひらと手を振って帰ったが、やはりその姿に覇気がない。

「空元気、ですね。珍しい……」

「あのバックロウを一言であそこまで落ち込ませるとは、ナナリータもただじゃあないな」

「彼があそこまで落ち込んでいるのは、教師としてまったく歯が立たなかったことと、その余計な行動がメイリーシャを傷付けたから、でしょう?」

 ダズータは静かに頷く。たった一言で、少しのことではびくともしないバックロウをひっくり返したのだ。それはバックロウの弱みが妻であるメイリーシャだと明らかにわかっての発言だ。




 深々と溜め息を吐くと、アサジークは相変わらず深刻な表情のまま続ける。

「良かったのですか、しかし」

「何がだ」

「シュベルトゥラス家を全面的に敵に回して、ですよ。もちろん。ダズータ義兄さんが一番辛い立場でしょう」

「──正直なところ、未だに待ってしまう自分が愚かしい」

「義兄さん……」

「リレインと話す時間すらくれない今の状況は正直辛い。加えてナナリータと会えばそれは夫婦としてではなく、シュベルトゥラスと一教師だ。 まったく泣き言を云いたくはないが、話し合いにすらならないよ」

 トゥラスに入る。それは彼も、納得した上で彼女と結婚した。息子も一人生まれた。幸せな生活のはずだったのに、ナナリータは時折見せる憎悪を忘れられなかった。子どもの頃受けた酷い仕打ちを、忘れられずに居たのだろう。そしてそれを、止められなかった自分に苛立ちが募る。ダズータがシュベルトゥラスを名乗らないのは、自信のなさもあるのだろうか。そう思うと我がことながら、あまりにも情けなさ過ぎて呆れるしかない。


 それよりも、と目の前で哀しそうな顔をしている義理の弟を見る。


「そっちこそ大丈夫なのか、シュベルトゥラスではなく学院に肩入れして」

 アサジークを気遣って云えば、彼は困った顔をするどころか苦笑して見せた。

「今さらそれはありませんよ、ダズータさん。妻が今さら、ナナリータ様と和解できるわけがありません。我がアランダトゥラスはシュベルトゥラスと懇意にする必要は、まるでないんですから」

 アリカラーナの娘は元来我の強い女の集まりなのか、そう思うほどに芯の通った娘が多かったのは事実だ。そしてそれは皮肉なことに、それぞれ違う妾を母に持つ第1王女ナナリータと第3王女リナリーティーシアも、同じことだった。リナリーティーシアは都合の悪いことをすべてを生まれの所為にするナナリータに、苛立ちが募っていたという。それだけならまだ良かったのだが、ナナリータは同じく妾の子なのに美しいと評判になったリナリーティーシアを恨むまでになっていた。その理不尽な怒りにリナリーティーシアは彼女を軽蔑し、そして打ち負かしたのだ。ナリーティーシアは悪いことはしてないわと胸を張り、その夫アサジークは義理の兄の前に上司でもあるダズータに頭を下げる他なかった。


 そうして今に至り、それはつまりリナリーティーシアの所為で、リレインを王にしようとナナリータが動きだしたわけで、シュベルトゥラス家を内部分解させたのはリナリーティーシアに原因があるとも云える。だがしかしダズータはリナリーティーシアに、怒りの前に感謝すらしていた。叱ってくれたのが妹とは情けないが、彼女なりに真っ向からナナリータと向き合ってくれたのだ。そんな貴重な存在は、それまでのトゥラスには居なかった。しかしその出来事を、ナナリータは悪い方へと持って行ってしまった。あれよあれよと云う間に彼女は負の心を憎しみに入れて、今では最愛の弟リズバドールの言葉すら聞き入れないのだから、ダズータの言に耳を傾けないのは当然だろう。


 つまりはナナリータが間違えたのだ。ダズータはそう思うし、リナリーティーシアも平然としてそう云うだろう。





 難しい顔をして顔を突き合わせる2人の教員の部屋に、こんこんと小さなノックが響いた。

「失礼致します」

「こんばんは、ダズータ伯父様、アサジーク伯父様」

 ひょっこりと顔を現したのは大等部3年のルーシア・ムーア・イリシャントゥラスと、大等部1年のマリノ・エンデバン・バーテントゥラスである。大等部で美しさとかわいさの頂点とされている女生徒2人が来るには、理事長室はあまりにも澱んでいた。しかしルーシアは臆することなく、少しばかり茶の混じった強気な瞳で室内を見回す。

「あら、アサジーク伯父様もいらっしゃるのに……」

「ここは学院だぞ、イリシャントゥラス子卿、バーテントゥラス子卿」

「失礼を致しました、バルクオリンズ博士、レイフォン教授」

 ルーシアはにっこりと微笑むが、その顔には何か裏がある。

「たった今、バックロウさんが──ああ、失礼、ルダウン=ハードク教授が特急馬車でお帰りになるのが見えたのですけれど」

「ああ、しばらくは休講だ」

「ええっ!」

 ルーシアは悲鳴に近い声を上げ、隣のマリノに泣きつく。

「そんなぁ、卒業制作には絶対バックロウさんに出て戴くつもりだったのに!」

「こうなったらやっぱりクルーフクス伯父さんを頼るしかないよ。あそこには7人も兄弟姉妹が居るんだから、ルーシアが攻め落とせば誰かしらは出てくれるはずだし」

「そこで身内会議をしないでくれるかな、クルーフクスの家に行ってやってくれ」

「だぁって、クルーフクス伯父様の家まで遠いんだもの」

 口を尖らせるルーシアは、それからふっと肩の力を抜いた。

「もしかしてメイリーシャお従姉様に、何かあったのですか?」

 卒業制作のショックから、ゆるゆると他の不安まで思いついてしまったらしい。隣のマリノもさっと顔を引き締めるが、ダズータはかぶりを振った。

「いや、メイリーシャはとても元気だよ。この間クロウズが偶然会ったみたいだけれど、相変わらずだって」

 アサジークが付け加えると、2人は心底ほっとしたように溜め息を吐いた。それと同時にクロウズずるいと批難の声を上げる。

「えー! そんなことクロウズ一言も云ってなかったのに」

「クロウズはメイリーシャさんと会ったのを秘密にしたいのよ、独り占めする気だったんだわ」

 2人がくすくすと笑って云うのに、アサジークも釣られたように笑う。クロウズはアサジークの二男で、マリノと同じく今年15歳になる。学部学科は違うもののマリノとも仲が良く、無口だがクラヴィコードの優れた奏者である。幼い頃王宮を離れたメイリーシャと顔見知りのトゥラスは少ないはずなのだが、子どもの頃からメイリーシャに手を焼いていたバックロウが、年下のトゥラスと会わせるようにしていた。バックロウなりに彼女が将来トゥラスと結婚するように、年近い男性には声をかけてメイリーシャと顔を合わせるようにしていたようだ。今はそうした結果が積み重なって、メイリーシャはトゥラス内でも滅多に会えない人気者になってしまっている。自分の蒔いた種とは云え、摘み取るのが大変だとバックロウは笑っていた。



「ねえ、少しだけ、身内としてお話をしてくださらない?」

 ルーシアはほっとしたのと同時に、首を傾げてアサジークを見る。アサジークはそうすれば、困ったようにダズータを見るしかない。ダズータは深々と溜め息を吐くと、

「少しだけだぞ」

 と結局は甘い結論を出してしまう。敷居なし地位なしと云えど、結局ここも王宮並みに身内だらけなのだ、とダズータは思う。


「やったぁ」

 と真っ直ぐな黒髪が揺れるほどに微笑むルーシアは、安寧14番目の子どもレグルスアンドの二女である。俳優科に属するのでバックロウが専任教師ではないのだが彼に懐いている。ルジェストーバで美しさの頂点に立つルーシアの劇はなかなかの見物で、恋愛劇をやればたくさんの男が詰めかけるが、最後に相手役をするのはなぜかいつもバックロウなのである。理由は「バックロウさんの演技に間違いはないから!」という本人熱烈の願いたってである。

「やっぱり。みんなルーシアのお願いには弱いんだから」

 そう云って笑うマリノは、安寧王13番目の子どもヴァーレンキッドの長女だ。ゆるく波を打つ髪は赤に近く、その瞳もトゥラスに珍しくほとんど明るい茶色である。幼くかわいらしいその容姿は、もう15になるとは思えない。その無邪気さとトゥラスらしくない気安い感じが、イシュタルに暮らす庶民の心をつかむらしい。


 しかし学院でどんなに尊われていようと、ダズータからすれば血のつながりはなくとも姪に違いない。そしてこのかわいらしい姪たちに弱いのである。





 マリノがぽすんと長椅子に腰掛けながらにこやかな笑顔で云った。

「ねえ、ダズータ伯父さん。私たち知ってるよ。ダズ従兄さんとマリ従姉さん、学院に来てないんでしょ?」

突然そんなことを云われて、ダズータは言葉に詰まる。 しかし呆気に取られている間に、マリノはやはりにこにこと続ける。

「ねえ、ダズータ伯父様。私たち知っているのよ。ウォレン様を含めて、みんな4年前に消えてしまったのだわ」

「しかもミリアルとイーナリータだけ王宮から追い返されたの、4年前だよね。ショウディトゥラスに何があったの?」

「おまえたち、いったい何所でそんな話を──」

 そこまで云って、少女たちはくすくす笑った。

「簡単だよ。全部父さんから聞いたの」

「お父様、だろう。──まったく、マリノの口は直らないな」

「そんなこと今はどうだって良いの」

 確かにどうでも良いと思いながらも、つい口出しをしてしまう。しかしマリノの父がヴァーレンキッドともなれば、それも仕方のないことか。ただ婿に入っただけで王の血とは無関係のダズータの方が、元からトゥラスだったと勘違いされるぐらいなのだ。反対に定成王の弟であるヴァーレンキッドやスティークなど、問題活動を起こす彼らはもしかしたら婿養子だと思われている可能性もある。



 8番目の生真面目な義理の弟を思い出しながら、ダズータは問いかける。

「マリノ、本当にキッドから聞いたのか」

「うん」

「──ダズータ義兄さん」

 アサジークがさらに難しい顔をする。

 ショウディの子どもが学院に来なくなったのは確かに4年前であるがしかし、それは学院内でも内密にしていたことでトゥラスと云えど漏らしたことはない。アサジークやバックロウなど、教員たちには話したものの、まだ問題があるとして正式な発表はせず、休学ということで周囲には認知してもらっていた。


 クルーフクス・ニー・ショウディトゥラスには7人の子どもが居る。それも双子を抜かし、全員が母の違う子である。流石に次々と子を連れ帰って来るクルーフクスに驚いてダズータは尋ねたが、全員父は間違うことなくクルーフクスだと云う。それを聞いた時は笑ったものだ。クルーフクスの長男長女はルジェストーバを卒業すると王宮に仕官した。残り4人は少なくとも4年前まだこのルジェストーバに通っていたが、そのうち2人がいきなり休学となった。それはしかし確認しに行ったところ、父であるクルーフクスも与り知らぬことであった。


 トゥラス領の北西にあるショウディトゥラス家からルジェストーバに毎日通うのは遠く、辛い道のりである。クルーフクスはルジェストーバに入学すると同時に子どもらを王宮へ動かしたのだ。その時閑だからと子どもの世話役として付き添ったのは、クルーフクスとそのすぐ下の弟の、つまり安寧王9番目の息子クロードバルトであったらしい。クルーフクスは事業を起こしているために領地に戻って来たが、クロードバルトとは今も連絡がつかない。

 ついでに学院に通う5人の子どものうち王宮を閉めるからと2人は領地へと送り返されたのだが、卒業が近いはずの双子とその下の子はなぜかそのまま王宮に居るのだと云う。学院のため王宮へ預けていたシャンラントゥラスも、兄弟二人が領地に返されたのは4年前である。


「ちなみにこれも教えてもらったことですけれど、ハードリューク従兄様とメリーアンさんも、王宮に閉じこもっているみたいなの」

「え?」

「ハードリューク従兄様が我が家にまったく顔を出さないの。私も流石に気付いていたんだけど、お父様は随分前に連絡していて、しばらく王宮に缶詰になるからってそれきっり音沙汰ないんですって。ハードリューク従兄様らしくないでしょう?」

 どちらもショウディトゥラスの長男と長女だ。ちょうどガーニシシャルが崩御した時、二人とも学院を卒業して王宮務めを始めた年だった。それ以来そういえば、ぱったりと姿を見ていない。特に毎日欠かさずイリシャントゥラスに顔を出すことが日課だったハードリュークが、この4年姿を見せていないというのは解せない話だ。彼なりにけじめをつけてやめたのならそれはそれで良いと思うのだが、しかしそれならばルーシアの父親であるレグルスアンドに伝えるはずだ。元来真面目であり不誠実な態度を取る男ではない。兄妹だが年齢は一緒のリナリーティーシアも生真面目さは同じだ。


「……ついでに云えば、実はクロードバルトとも連絡が取れないんだよね」

「アサジーク」

「もう良いじゃないですか、ダズータ義兄さん。ここまでとなると異常ですよ」

 口止めしていたことをいとも簡単に漏らされ、ダズータは思わず顔をしかめるものの、既に開き直ったらしいアサジークは涼しい顔をしている。

 おかしいとは思う。閉ざされたイシュタル城には、いったい何があるのであろうか。今では暦門すら滅多なことでは開かないらしいと聞いた。つまり王宮の敷地にまるっきり近づけないのである。




 考えこむ大人二人に、ルーシアが悠然と微笑んだ。

「ねえ、ダズータ伯父様。ちょっと提案があるのですけれど」

 隣に座るマリノはと見れば、彼女も何かを企むようににっこり笑っている。その笑い方は問題児父親そっくりだ。ダズータは仕方ない付き合おうと、ゆっくり腰を据えて聞くために座り直した。その矢先、こんこんと、理事長室をノックする音が響いた。


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