15・写る姿
「人柱……?」
あまりにも聞きなれない単語が飛び出したためか、ハルトは復唱するようにそのセリフをつぶやいた。
「この大聖堂は、私を祀っているのではない。私が主と崇める日の光のような明るいお方サムソンを祀った場所なのだ。ここに仕えた者たちは全てサムソンの名誉のために命を賭した者。それは私でさえも例外でない。確か、貴公らに見せたことはなかったな。私の甲冑の中身を」
エルはそう言うと真っ白に輝くヘルムを取り外した。そこには、あるべきはずの頭が無かった。
驚愕の表情を浮かべたままの四人はまじまじとエルの甲冑を眺めていた。
エルは一通り見せた後にヘルムを元に戻しこう言った。
「私の魂はこの地に縛り付けられ、私が死の世界へと行く時はこの大聖堂が崩れる時だけと主に言われた。だが、私はそれでも良いと主に頷いた。その結果がこれだ。……話が逸れてしまってすまないな」
「いや、そう言わなくていいよ。俺が尋ねたのが悪かったんだから。それよりも、グロリアはどうして俺たちにちょっかいを出してくるんだ? 何かやらかしたか俺たち?」
そう尋ねるハルトにナオが口を開いた。
「多分、私たちプレイヤーが異邦人だからだと思います。カリムさんの昔話でこの世界に人々は異邦人にただならぬ憎しみを抱いていると言っていました。サムソンさんと深い関係を築いていたグロリアさんもそう思って不思議じゃないと思います」
「そう考えるのが妥当であろうな。おそらくだが、グロリアは不死であるカリムのその体に何かしら可能性を見出したのやもしれぬ。そこで、貴公らに誓約の更新として依頼したいことがある。カリムを探し出してはくれないだろうか」
「え、いやいや、ちょっと待ってくれよ。そんな強い相手を簡単に拉致ってしまえるだけの実力を備えた奴と戦えっていうのか」
キーンは命の危険があると感じたらしく唯々諾々とはいかなかった。
「やります! やりますやります! というか言われなくてもやるつもりだったよ!」
正反対にニーラはやる気満々である様子で右手をびしっと挙手していた。
「別に戦えと言っているのではない。奴が最後に姿を消した場所に行って調査をしてきてほしいのだ。奴が姿を消したのはアドラ山脈だ。何か聞き覚えはないか?」
ハルトはあっとした顔をした。
「そこって山羊頭……ゴートマンが出現するエリアじゃん」
「なるほど、そこに行けば拠点を襲撃した奴の正体くらいは暴けるかもしれんな」
「それなら、これからの対策のためにも行く必要がありそうですね」
三人はそれぞれの思いを口にした。
「うむ? 妙に不本意ではあるが行ってくれるということでいいんだな?」
「あぁ、そう捉えてくれて構わない。ただ俺たち以外の助っ人も行くと思うからそれでもいいかな?」
ハルトは妙な問いかけをエルにした。
「助っ人? 何をするつもりだハルト?」
「いや、最前線のプレイヤーに協力してもらえば仕事が捗ると思ってさ」
「でも、これはアクティブNPCの依頼だぞ。俺たち以外が調査してもあまり意味がないんじゃないか?」
「確かにカリムを探すという点においては無理だろうけど、攻略ギルドが見つけたがっている犯人の手掛かりは別にそうじゃないと思うんだよね。それにグロリアっていうゲームシナリオの根幹にあたりそうな人物にアクティブNPC関連の依頼も関係ないんじゃないかなと思うんだ」
「確かにシナリオの根幹に位置するなら誰でも接触可能なはずだよな」
「なら、攻略ギルドの人たちに報告しなくちゃいけませんね」
「うーん、何やらよく分からんがよろしく頼んだぞ」
エルは小首をかしげながらも四人に向けてエールを送ったのだった。
話が終わり、エルは書斎へと戻っていった。
するとニーラは三人に振り向きこういった。
「ようやく恩返しができる日が来たよ。アドラ山脈だね。よーし、私の魔術と体術で皆さんをきっちりサポートしちゃうぞ~」
「えっ、前回の件ですでに終わってたかと思ってたよ」
ハルトが言う前回の件とはプレイヤーキルの犯人と共闘した件だ。確かに頭数としてニーラは入っていたがほとんど活躍をしていない。どうやらそれを本人は恩返しできてないと捉えているのだろう。仕込み杖を胸元にまで持ち上げやる気を見せていた。
「そんな、だってあの時は私一人で勝手に暴走した挙句にほとんど何もしてないじゃん。あれで恩返し終了とか人様に向けて声を大にして叫べないよ」
「いや、まぁ、言われてみれば確かにそうだな。なぁハルト、アドラ山脈ってここよりも攻略推奨レベルは低いはずだよな。戦力として考えてもいいのか?」
「ニーラはあの時犯人とまともにやりあってたみたいだから期待はできるんじゃないかな。そういえば、ニーラはカリムを助けるために行動してるんだよね? 俺たちと一緒の行動だったら助けられない可能性が高いけど、もしそうなったらどうするつもり?」
「その時は一人で助けに行きたい……というのが本音だけど、師匠を襲える相手に一人で立ち向かうなんて私も無理かな。そこはわきまえたくないけどわきまえるよ。それに、行くのには他の理由もあるんだ」
「他の理由ですか?」
「そう、アドラ山脈には血の使徒の仮面をつけた奴らが出る可能性があるんだよね。エルから聞いたよ。私の探している相手は皆さんの相手に深く関わるかもしれないって。それなら、皆さんと行動を共にした方が一石二鳥だって私は考えるの」
「確かに、あの時のニーラは別人になったかのような変わり様でしたもんね。抑えつけるのが大変でした」
ナオはその時を思い出すように言った。
「とりあえずはまたパーティー結成ってことでいいかな。俺たちは魔術とか使えない脳筋だから後衛からの援護射撃、期待してるよ」
ニーラは転移水晶から帰っていった。おかげで会堂には三人しか残っていない。
ハルトが口を開いた。
「しっかし、まさか犯人捜しのためにアドラ山脈に行くことになるとは……。予想だにしなかったなぁ」
「さっきまで検証ギルドで話してたばかりだもんな。とんとん拍子ってのはまさにこんなことを指すんだろうが、なんだかなぁ。奇妙な違和感がしてならん」
「奇妙な違和感ですか?」
ナオはキーンが言う奇妙な違和感が何か掴めない様子だ。
「エルは本命を俺たちが倒しちまったから、その代案として拠点でゴートマン襲撃事件が起きたと言っていただろ? 本命だったプレイヤーキルは結構な人数を殺してきたけど、ゴートマン襲撃事件の方は犠牲が少ない。それなのに仕方なくそれをやったというのが、なんというか釣り合ってないような気がするんだよ」
「言われてみれば確かにそうだね。危険度で言えばプレイヤーキルの方が圧倒的に質が悪い。もちろんゴートマン襲撃事件も無差別事件で質が悪いのは分かる。でも、殺してきた人数って点だけで言えば釣り合いが取れてないよね」
「そうなんだよ。あれだけ徹底してきた本命を代案のゴートマン襲撃事件だけでどうにかできるのかって感じがするんだよな」
「えっと、それってゴートマン襲撃事件だけでは終わらない恐れがあるってことですか?」
「分からん。だからこそ、それを調べに行くんだが、嫌な予感が的中しないことを願いたいものだ。それにしてもカリムの爺さんが拉致られるとはな。ニーラ曰く最強の師匠がねぇ」
キーンはアドラ山脈に繋がる話からカリムの話に鞍替えをした。
「でも、ニーラさん随分と落ち着いていましたよね。何かあったんでしょうか?」
「どうだかな。少なくとも頭がすっきりしている今の方が扱いやすくて助かる。前みたいに激昂されても困るとしか言いようがないからな」
「本人曰く、エルと何か話し合ったみたいだから、その時に何か吹き込まれたのかも。そういえばさ、カリムからいつでも連絡が取れるようなアイテムを貰ったよね。あれって、今はもう使えないのかな?」
「うーん、使ってみないことには何とも言えんな」
キーンはそう言うとおもむろにインベントリから通信用アイテムである貝殻を取り出し耳元に近づけた。
『……誰だ』
「え、繋がった……」
「は? 嘘でしょ?」
「いや本当だって! あの、カリムさん、今、大丈夫ですか?」
『……ここはどこだ。そうか、私は……。あなた方は確か異邦人の探索者だな。私自身ケガはないがあまりにも危険な状態かもしれん。近くにエル様はいるか?』
「今、俺たちは会堂にいます。地下に降りればエルがいるが、そこまで行ったほうがいいですか?」
『頼む』
「よし、待っててください。ハルト、ナオ、今からエルに会うぞ」
「え、ちょっと何があったの? せめてスピーカーにしてくれないと」
「分かった、ちょっと待ってろ。それよりもカリムの爺さんがヤバそうなんだ。早いとこエルに会うぞ」
「なんかよく分かんないけど、とりあえず会いに行けばいいんだね」
三人は柱の階段を使ってエルのいる書斎まで下りて行った。下りている間、カリムは一言も発しなかった。まるで話すことを憚っている状態であるかのようだった。
キーンは勢いよく書斎への扉を開けた。そして、大声でエルを呼んだ。
「エル! いるか! いるなら返事をしてくれ」
「どうしたのだ突然。私ならここにいるぞ」
騒々しく入ってきた三人に訝しげな視線を向けるエルは読んでいたであろう本をぱたりと閉じた。
「カリムの爺さんと連絡が取れたんだ。あんたと話がしたいって」
「それは本当か……!? 貸してみろ」
キーンは貝殻をエルに渡した。
それを受け取ったエルはゆっくりと話し出した。
「何があった」
『わかりません。気が付いたらここにいました。恐らく、アンゼスの霊廟にて瞑想中に襲われたのだと思います。私が襲われる理由など全く思い浮かばないのですが……』
「お前の体には謎が多い。もしかしたら、それに目を付けた輩がいるのだろう。逃げ出せそうか?」
『牢屋に繋がれており抜け出せそうにありません。おそらく、私を襲った者は逃げ出されると困るようで二重三重に施錠がしてあります。ですが、気が付いたこともあります』
「なんだ、言ってみろ」
『見知った気配がします。まるで長らく会っていなかった古い友人に再会したかのようで――』
そのとき、ザザッというノイズが走ったかと思うとカリムとの通信が切れた。
「ちっ、気が付かれたか……」
エルは貝殻をぎゅっと握りしめ、恨めしそうにつぶやいた。おそらくだが、通信したことが襲撃者側に伝わったのだろう。あまりにも唐突な切れ方だった。
「……貴公らには感謝せねばならんな。あいつの安否が分かっただけでも大いに収穫がある。ありがとう」
エルはそう言うと大きな体を前のめりにさせ頭を垂れた。それと同時にこう言った。
「奴は不死だが、奴にも恐れていることがある。それは死にすぎて発狂してしまうことだ。ただでさえ抑えつけられる面子が少ない中、発狂して暴れられると手の施しようがなくなる。そうなる前に助け出したいものだ」
ナオはそういうエルを見てこう言った。
「やっぱり調査だけではなくて救出のできるところまで、やってみちゃだめですかね」
ハルトとキーンは表情が渋くなった。戦力が未知数の敵と戦うなどあまりにも無謀。ましてや、三人がまるで傷つけられなかったエルは相手が悪いというのだ。戦いを挑んでも戦いになるのかすら怪しいものと言えよう。
「ダメだ。あくまで調査。俺たちが出る幕じゃない」
キーンはそう言った。ハルトもゆっくりとだが頷いた。
「そう……ですよね」
落ち込むナオを見てかエルが声を掛けた。
「貴公らは貴公らのできることをやってくれればそれでよいのだ。貴公らが気に病む必要はどこにもない。それと、これは返しておこう」
エルは貝殻をキーンに返した。
「本当にいいのか?」
「構わん。私は奴が無事戻ってこられるようここから祈りを捧げ続けるだけだ」
そう言ってエルは書斎の奥へと消えていったのだった。




