正しい数
僕は庭に並んでいる石を、ひとつずつ指でなぞりながら、順番を間違えないようにゆっくりと数えていくのが好きだった。ひんやりとした石の感触が指先に残って、それが確かにそこに存在している証のように思えて、目に見えるものよりもずっと確かなものに触れている気がして、少し安心することができたからだ。
「一、二、三、四…」
途中でやめてしまうと、どこまで数えたのか分からなくなってしまって、最初からやり直さなければならなくなるので、どんなに時間がかかっても、僕は必ず最後まで数え切るようにしていた。
全部がきちんとそこにあって、ひとつも欠けていないということを、自分の中で確かめておかないと、なんとなく落ち着かない気持ちになってしまうからだった。
僕が住んでいるこの村には、昔から変わらない決まりがひとつだけある。
『数は、常に同じでなければならない』
それはつまり、誰かが死んだり、新しく生まれたりして、数が増えたり減ったりするようなことがあったとしても、最終的には必ず元の数に戻されなければならない、という意味だった。
たとえば最初に決められた数が二十であるならば、その二十という数は、どれだけ時間が経っても、どんなことが起きても、決して変わってはいけないのだという。
大人たちはいつも口を揃えてそう言うのだけれど、その理由については誰ひとりとして説明しようとはしなかったし、そもそも疑問に思っている様子すらなかった。
けれど、誰も困っていないように見えたし、悲しんでいる様子もなかったので、僕もまた、それについて深く考えないことにしていた。
人も、鳥も、牛も、庭に転がる石も、この村に存在しているものはすべて例外なく「数」に含まれているのだと、僕は教えられていた。
春のはじめ、まだ風の冷たさが残っている頃に、となりの家に赤ん坊が生まれた。
それまでどこか静かすぎた村の空気が、少しだけやわらいで、笑い声が増え、夜になっても明かりが消えない家がいくつもあるようになって、村全体がほんの少しだけ明るくなったように感じられた。
その夜、遠くの方で、何かがひとつ消えてしまったような気がした。
「「「」」」
それを音と呼んでいいのかどうかは分からなかったが、たとえば風が吹いていたはずの場所で急に空気が止まってしまったような、あるいは世界のどこかがひとつ分だけ軽くなって、そのぶんだけ静けさが増えたような、そんな奇妙な感覚だけが確かに残っていた。
次の日の朝、僕は何も変わっていないことを確かめるために、いつもと同じように庭へ出て、石をひとつずつ指でなぞりながら数え始めた。
「一、二、三、四…」
数はきちんと合っていたし、昨日と違っているところはどこにも見当たらなかったし、村の誰も悲しんでいる様子はなかった。
だから僕は、昨夜感じたあの違和感のようなものは、きっと気のせいだったのだろうと思うことにした。
庭の隅で、小さな生き物を見つけたのは、その少しあとだった。
それは灰色で、丸くて、手のひらにちょうど収まるくらいの大きさをしていて、生き物であるはずなのにほとんど動くこともなく、まるで最初からそこに置かれていた石のひとつであるかのように、静かにじっとしていた。
逃げる気配もなかったので、僕はそっとそれを持ち上げて、いつものように数えた。
「一。」
ひとつ、増えた。
そうであるならば、次の日には、その増えた分と同じだけ、どこかで何かがひとつ消えなければならないはずだった。
けれども次の日、もう一度同じように数え直してみても、その「一」はどこにも加えられていなかったし、数は昨日とまったく同じままだった。
夕方になって、僕は母さんにそのことを聞いてみた。
「ねえ、この子は数えなくていいの?」
母さんは一度だけそれに視線を向けたあと、まるでそれ以上見てはいけないものでもあるかのように、すぐに目をそらした。
「それは、数えなくていいものよ」
「どうして?」
「そういうものなの」
その声はたしかにやさしかったけれど、同時にどこか冷たくて、これ以上は聞いてはいけないのだと静かに告げられているような響きを含んでいた。
それからも、僕は毎日同じように石を数え続けた。
「一、二、三、四…」
数はいつも正しくて、ひとつも狂うことはなかった。
けれど、庭にいるあの小さな生き物だけは、どこまで数えても、その中に含まれることはなかった。
まるで最初から、この世界の数には属していない存在であるかのように。
しばらくして、村の外れに住んでいたおじいさんがいなくなった。
みんなは驚くこともなく、「もう長かったからね」とか「いい頃合いだったんだよ」とか、そんなふうに言い合って、特別悲しむ様子も見せなかった。
僕はその日の夕方、いつものように数えた。
「一、二、三、四…」
やはり数は合っていた。
その夜、母さんが少しだけうれしそうな顔をして言った。
「実はね……家族が増えるのよ」
自分のお腹に手を当てながら、ほんの少しだけ微笑んでいた。
僕はうれしいと思ったけれど、それと同時に、ひとつの考えが頭の中に浮かんできた。
増えたら、減る。
「誰がいなくなるの?」
僕がそう尋ねると、母さんは何も答えず、ただ僕の頭を静かに撫でた。
「大丈夫よ。今回はもう決まってるから」
その笑顔はやさしいはずなのに、どこか中身が抜け落ちているように見えて、僕は少しだけ怖くなった。その夜、僕はひとりで庭へ出て、あの小さな生き物のいた場所を確かめに行った。そこには、もう何もなかった。
石の並びも、草の生え方も、影の形も、昨日とまったく同じであるはずなのに、その場所だけが不自然なほどきれいに空いていて、まるで最初から何も存在していなかったかのように見えた。
次の日、村の空気はいつも通りだった。
誰も何も言わず、何も変わっていないように振る舞っていた。
僕は石を数えた。
「一、二、三、四…」
数はきちんと合っていた。赤ん坊は元気に泣いていて、母さんはそれを見て笑っていて、父さんも同じように笑っていた。僕もつられて笑った。
それから、念のためにもう一度数え直した。
「一、二、三、四…」
どこにも間違いはなかった。
それでも、なぜか僕は途中で手を止めてしまった。
昨日まで数えていたはずの順番のどこかに、ひとつ分だけ、思い出せない空白があるような気がしたからだ。思い出そうとすればするほど、その部分だけが曖昧になって、まるで最初から存在しなかったかのように、きれいに抜け落ちてしまう。
けれど、指先の感触だけが、その「何か」を確かに覚えていた。僕は自分の手を見つめながら、ゆっくりともう一度数えた。
「一、二、三、四…」
……本当に、これで全部なのだろうか。
僕は、ちゃんと「数えられているもの」なんだろうか。それとも僕はもうすでに、どこかの時点で「数えなくていいもの」になってしまっているんだろうか。




