表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/21

第21話 横に広がる気配

 朝。

 デスクに座ると、メールが一通来ていた。

 差出人は、先日の顧客担当者。

 件名はシンプルだ。

「ご相談」

 誠はすぐに開く。

 他の工程でも試してみたいのですが、

 一度ご相談できますか?

「……来たな」

 小さく呟く。

 椅子に深く座り直す。

 これは、“次の段階”だ。


 午前。

 顧客先。

 会議室に通されると、見慣れない顔が増えていた。

 現場担当者に加えて——

 別工程の責任者らしき人物。

 腕を組み、少し警戒した目でこちらを見ている。

「こちら、第二工程の責任者の長谷川です」

「どうも」

 短い挨拶。

 空気は、少し硬い。

 誠は構わず話を始める。

「今回は、今の改善内容を他工程にも展開できるか、というご相談ですよね」

 担当者が頷く。

「はい。現場の評判がよくて」

 長谷川が口を開く。

「ただし」

 その一言で空気が締まる。

「うちは条件が違う」

 誠は頷く。

「はい」

「作業内容も違うし、人も違う」

「その通りです」

 長谷川は少し意外そうな顔をする。

 普通ならここで「大丈夫です」と押す場面だ。

 だが誠は言わない。


「なので」

 誠は続ける。

「そのままは使いません」

 長谷川の眉がわずかに動く。

「変えるのか?」

「はい」

 誠は資料をめくる。

「まず現場を見せてください」

 一拍。

「それから判断します」


 現場。

 第一工程とは明らかに違う。

 動きが速い。

 作業が細かい。

 人の配置も違う。

 誠は黙って観察する。

 視線を動かし、流れを追う。

 数分。

 長谷川が言う。

「どうだ」

 誠は少し考えてから答えた。

「同じやり方は無理です」

 長谷川は頷く。

「だろうな」

 だが誠は続ける。

「ただ」

 視線を一点に向ける。

「ここは変えられます」

 指差す。

 小さな工程。

 だが、動きが詰まっている。

 長谷川が眉をひそめる。

「そこか?」

「はい」

 誠は静かに言う。

「ここだけなら、リスクは低いです」

「全部じゃなくて?」

「やりません」

 きっぱりと答える。


 会議室に戻る。

 長谷川は椅子に座りながら言う。

「また“小さくやる”のか」

 誠は頷く。

「はい」

「意味あるのか?」

 誠は即答しない。

 数秒置いてから言う。

「あります」

 そして続ける。

「前回と同じです」

 資料を出す。

 第一工程のデータ。

 改善前と改善後。

「このレベルの変化を、まず1つ作ります」

 長谷川は資料を見る。

 黙る。

「……これが出るなら」

 小さく言う。

「やる価値はあるな」

 誠は頷く。


 帰り際。

 担当者が近づいてくる。

「正直」

 少し笑いながら言う。

「社内で広まってきてます」

「そうですか」

「“あのやり方いいぞ”って」

 誠は小さく頷く。

「ありがたいですね」

「でも」

 担当者が少し声を落とす。

「全員が賛成ではないです」

 誠は止まる。

「……どういうことですか」

「管理側が少し」

 言葉を選ぶ。

「慎重で」

 誠は理解する。

「負担が増える、と」

 担当者は苦笑する。

「そんなところです」


 車に戻る。

 ドアを閉める。

 しばらく、何もせずに座る。

「……来たな」

 小さく呟く。

 現場は動く。

 だが——

 組織は簡単には動かない。


 夕方。

 会社。

 デスクに戻ると、田辺が言う。

「どうだった?」

 誠は答える。

「広がりそうだ」

「マジで?」

「ただし」

 一拍。

「一気には無理だな」

 田辺は苦笑する。

「そりゃそうだろ」


 そのとき、内線が鳴る。

 誠が取る。

「はい」

『開発の斉藤だけど』

「あ、どうも」

『この前の仕様、見た』

「はい」

『工程ごとに作り変える前提だろ、これ』

「そうなりますね」

『手間かかるぞ』

 誠は少しだけ笑う。

「分かってます」

『まあ、その分ハマれば強いけどな』

 その一言。

 誠は少しだけ目を細める。

「……そうですね」

 電話を切る。


 画面を見る。

 案件一覧。

 一つの案件が、静かに変化している。

「検討中」から——

「複数展開検討」へ。

「……来てる」

 小さく呟く。

 だが同時に、別の予感もあった。

 これは——

 簡単には進まない。


 夜。

 帰宅。

「ただいま」

「おかえり」

 由紀が振り向く。

「今日は?」

 誠は少し考える。

 そして言う。

「広がりそうだ」

「いいじゃない」

 由紀は笑う。

「ただな」

 誠は続ける。

「簡単じゃない」

 由紀は少し首をかしげる。

「何が?」

 誠は短く答える。

「人だな」


 その夜。

 机に向かう。

 ノートを開く。

 型の下に、新しく書き足す。


 障害:組織


 誠はその言葉を見つめる。

 現場は変えられる。

 だが——

 組織は、もっと複雑だ。

「……次はここか」

 小さく呟く。

 “売らない営業”は、次の段階に入る。

 相手は——

 人と、構造。

 誠はペンを握り直した。

 戦いは、少しずつ形を変えていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ