61話 クラン結成《中編》
今は放課後、だろうか。部屋の中に掛けてある時計をちらりと見る。
15時35分。だいたいそんなもんだ。
「やっぱり夏は明るいですね、、」
今日何度目だろうか。シトラは病室のベッドに座ったまま窓の外を見る。きれいな景色が広がっているわけでも、見るたびに違う表情を見せてくれるわけでもない、代わり映えのない街並み。
シトラはこれまた今日何回目かのため息をつく。
「どうして、お見舞いに来てくれないのでしょう……」
アザミは昨日退院したと聞いた。なら、来てくれてもいいはず......、なのに、誰も来ない。
「……きっと、忙しいのです。まさか、300年以上前からの付き合いで、今は妹の私を置いて他の女の子と話しているなんてことは絶対ありえません、、よね?」
開いた窓から季節外れの冷たい風が入ってきて、シトラの頬を撫でる。
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アザミは、女の子と話していた。それも、2対1で。アックは別行動をしている。
「……というわけだ。俺達のクランに入ってくれないか?」
「だってさ。どうすっかにゃ〜、、ねえ? ムーちゃん」
アネモネが人懐っこい笑顔をレインに向ける。レインはしばらく考え、口を開く。
「……お誘いはありがたい。私を評価してくれているのも嬉しい。でも、断らせてもらいたい」
「いちおう、理由を聞いても?」
「少し、分からない。君という人間が。無論、君の作るクランも。なんで、君は力を求めるんだ? 私達を選んでいる基準も“仲の良さ”などではなく、純粋な強さの評価なんでしょ?」
レインが不思議そうに首を傾げる。当然の反応、といえばそうだろう。なんせ、新人戦で戦った相手でも知り合いでもないアザミから突然「仲間にならないか?」なんて、言われているのだから。
「……そうだな、、レインさんに隠し事は厳しい、か」
アザミがレインの目をちらりと見る。その“略奪の魔眼を。
「あ、、そうね。目線の動きとかには敏感かもね」
「だよな。じゃあ、正直に言おう。魔界に対抗するためだ。レインは魔界についてどう思っている?」
「魔界? それは、、戦争相手じゃないの?」
「ネモちゃんもそう思うにゃ〜。でも、アザミ君はそう思っていにゃいのかな?」
「いや、戦争相手だとは思っている。ただ周りの人間のように楽観的には見ていない」
「それは......、魔界になにか動きがあると考えているのね?」
「そのとおりだ。俺は、そろそろ魔界は動くと見ている。前の戦闘から20年以上経っている。人界も、魔界も十分国力があるだろう。それで、だ。魔界が侵略してきたときに一緒に戦ってくれる仲間がほしい。そう思ってクランを作ったんだ」
つらつらと話すアザミの言葉を黙って聞く。
「要はあなたの便利な兵士になれ、ってことかしら? それならなおさら――」
「そうじゃない。“仲間”、と言っただろ? 俺が欲しいのは戦争になったときに、隣に立ってくれる仲間だ。だってそうだ、戦争が起きて、組んだこともない人と一緒に戦うなんて、知らない兵士の命を保証しながら戦うなんて俺は御免だね」
「傲慢、だにゃー」
「ああ、そうだよ。でも、俺はそれでも“仲間“が欲しい」
「強欲、だにゃ」
アザミの心の中は誰もわからない。彼が仲間を望む理由も、そのきっかけも、何も。『君という人間が分からない』。ほんとにそのとおりだ。強欲、傲慢、、ぐうの音も出ないほど、正論だ。
それでも、それでもアザミは望む。かつて彼が喉から手が出るほど渇望した“仲間”を。信頼できる、“仲間”を。
「でも、嫌いじゃないにゃ。そーいうのは!」
「アネモネさん、、」
「呼び捨てでいいにゃ。決めた、ネモちゃんはアザミ君のクランに入るにゃ。ムーちゃんは、どうする?」
レインの胸は、かつてないほど高鳴っていた。それは、彼女にとっても不思議な気持ちだった。嬉しい? 安堵してる? 緊張してる? きっとどれもだ。ずっと1人で戦ってきたレインは“仲間”を知らない。初めて出来た友達がアネモネ。でも、その出会いも笑顔で聞けるものじゃない。だからきっと、“仲間”って言ってくれたことが嬉しくて、1人から開放されることに安堵して、そして何かが変わることに緊張してるんだ。
レイン・クローバーを“兵士”ではなく、仲間の“女の子”として扱ってくれるかもしれない。
きっとこれが最後のチャンスだから。レインにとって、最初で最後の仲間を作るチャンス。
恐怖も不安も何もかも、マイナス感情を押し殺し、顔を上げる。
「……私も、仲間、で、いいの?」
「もちろんだ。だってそのつもりで誘ってるんだからな」
「あなたが、少し分かったわ。アザミ」
「俺はレインさんのことをあまり知らないけどね」
「レインでいいよ。仲間なのに『〜さん』なんて、他人行儀すぎでしょ」
そう言ってレインが笑う。
(よかったにゃ。ありがとね、アザミ君。ムーちゃんを“解放”してくれて)
「それにしても、絡みもないのによく私を誘ったね」
「んー、、それはな、どっかのバカがすごい勢いで推薦してきたからだよ」
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レインとアネモネの勧誘に成功したあと、アザミは学園の第二グラウンドに来ていた。
学園内にはいくつか、訓練に使える施設がある。グラウンドだったり、トレーニングや戦闘の専用ルームだったり。そしてその施設の使用は団体優先になる。つまり、個人レベルではなかなか使えず、クランやクラス単位で使用するのが通例だ。そして今日、この第二グラウンドでは1年C組が「もし、次にクラス対抗のイベントが来たら」という想定で訓練をしている。
アザミが見に来たのは情報収集、、ではなく勧誘だ。とある人物を探していた。
(おそらくこのクラス、なんだが……)
階段に腰掛け、訓練を観察する。行っているのは二人一組になって片方が攻撃の術式、もう片方が防御の術式を使用して相殺すると言った訓練だ。お互いの魔術特性、魔力量をよく知った上でうまく調整しないと貫通してしまったり、跳ね返してしまうこともあるので、危険な訓練だ。
「よし、いくぞ! 始め!!」
リーダー、らしき生徒の掛け声で、30人の生徒たちが一斉に魔術を使う。
一瞬、グラウンドが見えないほどの光に覆われる。
「――ッ、、あれ? おかしいな……」
「アザミ君?」
目をつむり、先程の魔術を頭の中で反芻していたアザミに誰かが声をかけた。「うおっ!」とびっくりして目を開ける。そこには先程号令をかけていた元気そうな男がいた。
「どうも、、追い出さないのかい?」
「んん? ああ! いや〜、君ほどの有名人に見てもらえるなんて、わっしらも警戒されるようになったかぁ」
陽気そうな男だ。ガッハッハ―と楽しそうに笑う。他の生徒達もそうだ。どうやら、かなり親密なクラスらしい。
「いや、俺は偵察に来たわけじゃなくて……」
男に「アザミくんも参加してくれよな!」なんて、連れて行かれそうになって慌てて否定する。
そのとき、アザミの視界に日傘をさし、グラウンドを見つめる女の子が写った。
「……なあ、C組って何人だ?」
「31人だぜぇ! みーんな! 仲が良いんだぁ!」
「それじゃあ、あの子は……」
アザミが日傘の少女を指差す。男は少し悔しそうな顔をして、
「ああ、わっしらのクラスの子だ。彼女、こういう練習になかなか参加しなくれなくてなぁ、、どうやったら仲良くなれ――」
「ありがとう。じゃあな。また機会があったら参加させてもらうよ」
男の話を遮ってアザミは立ち上がる。日傘の少女はグラウンドに背を向けて歩き始めていた。
「お、おぉう! 約束だぞ〜〜!」
階段を駆け上り、草むらを真っ直ぐに走り抜け、日傘の少女に追いつく。
少女は驚いたように振り返る。
「……どうしたのです?」
「はぁ、はぁ、、やっと見つけた、ぜ......。いつぞやは世話になった、、」
少女は「ん?」と首をかしげる。
「私があなたの世話、です? すみません。なんのことやら――」
「そんな事を言うなよ。探したぜ、情報屋、、!」
情報屋と呼ばれた少女が大きく目を見開く。
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