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57話 見えない味方

「う、うう……」


 ガラガラ……。アザミが瓦礫の山から抜け出す。


「ぷっ..はぁ! はぁ、はぁ、、おいおい、マジかよ……」


 目の前は一変していた。

 神台は崩落した天井に潰されてぐちゃぐちゃになっている。300年前に集中して攻撃を反らし続けた左手の壁は完全に崩落して岩が坂のように連なっている。


「シ、トラ、、シトラ! グリム! 誰か、いないか!!」


 叫び声はむなしく反響するのみ。返事は返ってこない。


 そのとき、ゴゴゴゴ!! と鈍い音をたてて再び洞窟が衝撃で震動する。


「うわ、!! クソッ、何が起きてんだ!?」


 衝撃の起点、上を見上げる。

 土煙のなかに“やつ”はいた。


「クリムパニス、、まさか、外に出ようとしているのか!?」


 ふと最後に見せた赤い目を思い出す。


「(あれは、、バーサークモード(暴走状態)……。確かに冥王と言えどもクリムパニスは魔物だが……)」


 魔物の暴走とは訳が違う。いくら名ばかりとはいえ、攻撃力なら国をひとつ簡単に葬り去れるクリムパニスの暴走は看過できない。


「(このままでは、地上が危ない!!)」


 ドゴーン! と再び鈍い震動に襲われ、アザミはバランスを崩す。


「――天井に体当たりを繰り返してやがる、、ボーッとしてる時間はねぇ……」


 クソッ! と叫んで瓦礫を殴り付ける。

 拳から血がポタ、ポタ、と滴る。


「――ア、ザミ……? 声が聞こえましたけど、そこにいるのですか?」


 そのとき、瓦礫の山の奥から小さいシトラの声が聞こえた。


「シトラ!? 生きていたのか、、良かった……」


「なん、とか。よいしょっ、、と。みんなは無事ですか?」


「こっちにはいない。だが、ちょっと待て……」


 アザミの眼がボーッと光る。


「(魔力探知(サーチ)、、反応はデカイのがひとつ、これはクリムパニスだな。そして瓦礫の奥にひとつ、はシトラか。そして……)」


「どう、ですか?」


「――たぶん、大丈夫だ。微細だが反応がある。魔力が消えてないってことは生命力が残っている、つまり、生きているってことだ」


「よかった、、、本当に、良かったです――」


 シトラが胸を撫で下ろしている情景が容易に想像できる。

 アザミも皆の無事にホッとしつつ、今の状況について脳をフル回転させて考え続けていた。


「――シトラ、そっちからクリムパニスは確認できるか?」


「え、ええ。なにやら体当たりを――キャッ!」


 また、洞窟が衝撃で揺れる。


「大丈夫か?」


「はい、、あれは外に出ようとしているのですか?」


「どうやら、な。そのつもりらしい」


 シトラがハッと息を飲む。


「そんな、、もしそうなれば、大惨事になりますよ!?」


「だから、ここでとめなくちゃならない。シトラ、飛ぶ斬撃はあと何回撃てる?」


「な、何回でもいけます! 私はまだ戦え――」


「――フィルヒナート。本当は?」


「……え?」


『僕はマイエンジェル以外の質問に答える気は無いんだけどね、、まあいいや。今回はこの子のためだし、正直に答えるよ』


「頼む。何回だ?」


『……一回だ。それも撃てて、の話。一回撃つだけでもまあ、確実に腕の骨を折る。二回撃てば腕がちぎれ飛ぶ』


 瓦礫の奥からフィルヒナートの声が淡々と聞こえてくる。

いつものように陽気でふざけた調子じゃなくて、冷静に。落ち着いた声で。


「……一回か」


「フィルヒナート、、なんで……」


『ごめんねマイエンジェル。でもね、君に無理はさせられないんだよ』


「もう一つ聞きたい。いいか?」


『……おまけだよ? で、なんだい。関係ある話なんだろうね。この子の下着の色とかなら斬り殺すよ?』


「な!? そんな話なんですか!?」


「どアホ、そんな余裕は無い。んで――」


『ちなみに正解は“白”だ。無難だね〜。華やかじゃないのもマイエンジェルらしくて好きだけどね!』


「ちょっと! なんで知って――!」


「……本題に入るぞ? あいつを凍らせるのは可能、か?」


『可能性の話なら残念ながらノーだね。僕が実体化すればもしかしたら……だけど、それをするには環境も時間も整っていない。この子の力だけでは無理だ。あいつの“炎”に僕たちの“氷”は相性が悪すぎる。せめて火力が弱まれば、ねぇ……』


「(属性の相性、か……)」


 氷魔術は火魔術に弱い。じゃあ、火魔術に強いのは……水魔術。

 ダメだ。“弱すぎる”。


 火・水・土・風・闇・光。六つの主属性のうちで最弱なのは“風”だ。

 だが、実際に使い手が少ないのも風か、というと実はそうじゃない。

 風魔術は「速度上昇」つまり術者の俊敏性(アジリティ)を高める効果がある。それに、ダグラスほどじゃなくても、風魔術はかなりハイテンポで繰り出すことが出来る。それに術式が単純なため扱いやすいというのもある。そのためいくら攻撃・防御共に最弱であろうと、術者の数自体は少なくなく、むしろ多い。


 じゃあ、一番使い手が少ないのはどれか。“水”だ。

理由は単純で、水魔術は“何でも出来て”、“何も出来ない”。


 つまり攻撃・防御では風属性を凌ぐものの、別に特段強いわけでもない。

それなら、高速で使える風魔術を使うか、となるのだ。


「(……チッ、水魔術が使えたら、、だが、あいつ(クリムパニス)を覆えるほどの出力の水魔術は見たことがない、、。クソ、使えない――!)」


 グラグラ! と、再び洞窟が揺れ、天井からパラパラと砂塵が降ってくる。


「(この洞窟もそろそろ限界、、まずいな、早くしないと……)」


 考えろ。考えろ。考えろ! 

水魔術が無理ならその代わりになるもの、、あいつを凍らせる手助けになるのは……


『“水魔法”、なら?』


「それなら大技を知っているが、それは使え――」


 アザミがハッとした表情になる。

突然頭の中に声が入り込んできた。フィルヒナートじゃない、誰か、少女の声……


 そのとき、アザミの視界の端に青い光がスッと現れた。


「あれは……蝶、か? どうしてこんなところに――」


 青色の蝶はひらひらと羽ばたき、アザミの制服の胸ポケットに止まった。


「(なんだ……?)」


 アザミが手をのばすと、蝶はフワッと光となって散った。

 カツン、とアザミの指先がなにか硬いものに触れる。


 それは、胸ポケットに入ったままになっていたもの。

 それは、名も知らぬ少女が「危険から守ってくれるお守り」と言って手渡してきたもの。

 それは、あまりにも懐かしくて、それゆえに気づかなかったもの。


「これは、、“精霊石”?」


 アザミの手のひらに透き通った青色の石があった。

 “青”。水属性を象徴する色だ。


「そうか、これなら――!」


 アザミの口角が自然に緩む。そして、石をギュッと握りしめる。


「シトラ! 俺があいつを“濡らす”。お前は凍らせてくれ!」


「え!? 濡らす、ですか?」

                      ................

『うん、それなら凍らせられるかもね。それに、何やら僕も調子がいいみたいだし?』


 アザミが石を握った手を真っ直ぐに突き出す。


「行くぞ――。水魔法最上級、N E P T(水神の大渦)!!」


 握った拳から青い光が漏れる。その光は互いにねじれ、渦を巻き、次第に荒れる海のような荒々しい渦潮を作り上げる。


「―― ヌ ?  ナ ニ ヲ ……」


 クリムパニスが魔法に反応し、振り向く。だが、既に大渦は目の前に迫っている。


「ブググググ、、!!」


 大量の水が直撃し、身を包んでいた炎が鎮火される。ローブもびしょ濡れだ。


「今だ、シトラ!」


「……煌めけ閃光、穿て世界――。氷花の二つ名のもとに世界を凍化せよ! 『氷花一閃』!!」


 シトラが聖剣を振るう。ポキッと軽快な音がして腕があらぬ方向に曲がる。

でも、斬撃は曲がらず、まっすぐに目標(クリムパニス)めがけて飛翔する。


「(氷花一閃は「バーチカル」や「ホライズン」と違って、相手を凍らせることを第一の命令にしたものです、、これなら――)」


 ピシッ――! と、クリムパニスの体が真っ白な氷に閉ざされる。炎も、全てまとめて凍てついた。

そして重力に引かれ、落下する。 


「――ナイスだ、二人とも! あとは、任せろ、、風魔術、“風刃”!!」


 アザミの放った風の刃がクリムパニスの体を切断した。

 切り口まで、瞬時に凍りつく。そして、その体は地面に落ち、パリン! と、きれいな音を立てて粉々に砕け散る。


 そして、二度と燃えることも、再生することは無かった。


「――冥王は、死んだ......」


「私達の、勝ちですね」


******************************


「――どうして手助けをしたのですか。お嬢様」


 クリムパニス大墳墓の近くの森。その高台に二つの影があった。

1人は白髪で白ひげの老人。スーツをビシッと着込んでいる。


「ダメだった?」


 もう1人は赤色が少し混じった黒い髪を頭上で二つの団子結びにし、余った髪をクルクルとツインテール風に巻いている15歳くらいの少女。その肩に青い蝶が止まっている。


「ダメではありませんが、、あなたはご自分の立場を分かっているのですか? 人界のデパートに侵入するなんて、バレたら大目玉ですぞ」


「分かってるよ。すぐに帰ってきたじゃん。……それに立場って面では、あんたのほうが大変だよね。“ゼント”」


 ゼントが「フン」と肩をすくめる。


「……そうですな。でも、命令ですから」


「あっそー。つまんなーい!」


 少女が腰掛けていた切り株から「よいしょっ」と立ち上がる。


「……死なないでよ、我らが魔王の敬愛なる父君。始祖の魔王、シスル様。あなたを殺すのは、、私なんだから!」


「――“殺す”ですか。それは何のために?」


 少女はクリムパニス大墳墓のある方角を一瞥して、踵を返し森の方へ歩いていく。


「ヒミツ、だよ♡」


 風が少女の白いシャツと黒いプリーツスカートを揺らす。

 ゼントのほうを振り返り、唇に細い指を当ててニコッと可愛らしく微笑む少女。


その名を、リコリスと言った。






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