55話 魔王と勇者の出会い(7) そして未来へ――
(ど、うして……)
シスルは無我夢中で手を伸ばす。でも、届かない。目の前でシトラスの胸を炎の槍が貫く。
「シトラスッ――!!」
慌てて駆け寄り、その名前を呼ぶ。だが、無常にもシスルの手のひらに真っ赤な血がベットリとつく。
「クゥリィムパニスッ!!」
シスルの顔が鬼神のごとく、怒りに歪む。
「マズハ、ヒトリ。オマエモ、スグニホウムッテヤルゾ――」
「この世から葬られるのはてめぇだぁぁぁ!!」
シスルの白目は黒く、黒目は真っ赤に変わる。バーサークモードだ。
「F M O!! C O O――」
『生きて――』
突然シトラスの言葉が頭を過る。そうだ、ここで“暴走”を使ったらふたりとも死んでしまう、、
冷静さを取り戻したシスルの眼の色が薄まり、バーサークモードから戻る。
シスルが唱えかけた“魔力暴走”を解除する。怒りに流されるな、冷静になれ......
「ヤラナイ、ノカ?」
「……今じゃ、ない」
「ヌ?」
「俺の力を使うのは、、今じゃない!」
シスルがフラフラしながらなんとか立ち上がる。
(あと、一発。魔力操作は出来てあと一回、ってとこか。本気で必要なときまで温存しなければ、、。それ以上は体が持たない……)
頭をフル回転させて考える。
魔力操作は一度きり。
「なら、戦えないな」
放っておいたらシトラスは死ぬ。
「ほざけ。シトラスを置き去りにする選択肢はハナから存在していない」
なら、逃げるか? 敵に背を向けるか?
「嫌だ。それは俺のプライドが許さない……」
でも、今は――
「そんなくだらないプライドなんて棄ててやる! 俺は、約束したんだ! 2人で生きて帰る、と!!」
クルッと反転し、クリムパニスに背を向け、倒れているシトラスを抱え、逃げ出す。
「マトメテ、ケシトバスノミ!」
ゴゥン! と、空気を飲み込む音とともに炎が背後に迫る。
「ぬぅあァァァァ!!」
シトラスを抱えたまま、全力で横に飛び炎を躱す。そのすぐ後ろを炎が掠める。熱でシスルの背中にミミズのような火傷が走る。
(激痛で、意識が飛びそうだッ!!)
これ以上傷を負わせるわけにはいかない、とシスルはシトラスを上にし、背中から地面に落ちる。「バン!」 と二、三度をバウンドする。
「インフェルノ――!」
しかし、起き上がろうと身を起こしたシスルの目の前に再度、炎が迫る。
(ダメ、だ……、今度は避けられない――)
言葉もでない、体も動かない、反応もできない。目の前に迫った“死”に思わず目をつむる。
ドゴォォォン!!
「――ッ……!!」
生きていた。それも、2人とも。シスルたちの前にひとりの男が剣を構え、立っていた。
見た目は50歳近い、スーツの男。男はシスルの無事を確認して、フッと笑う。
「ご無事ですかな。シスル様」
「よく来た、ゼント!!」
ゼント・フィルメイジ。エヴァグレイス家に仕える使用人であり、シスルの護衛を務める騎士でもある。
「マタニンゲン、フエタ。フユカイ」
「あれが冥王クリムパニスですか?」
「ああ」
シスルはシトラスを抱えたまま立ち上がる。ゼントがクリムパニスをジッと見つめる。
「ふむ、あれは無理ですな。ここは逃げるとしましょうか」
「……そう、だな。お前の言う通りだ」
シスルが悔しそうな、納得のいかない表情を浮かべる。それでも、仕方ないのだと自分に言い聞かせる。そんなシスルに、クリムパニスから目を離さずゼントが語りかける。
「シスル様。強者を前にしたとき、退散の判断をできるものが真の王です。諦めないことが美徳ではありません。時には諦め、逃げることが正解だったりするのです」
「……すまない。その通りだ。俺がもっと早く逃げるという選択をしていればこいつだって、、」
「今は悔やんでいるときではありません。シスル様、10秒、稼げますかな?」
ゼントがそう言って剣を地面に突き刺し、両手を組む。
「愚問だな。脱出の手はずは任せたぞ」
シスルがゼントの前に出る。シトラスを抱えたままなので手は塞がっている。
(眼さえ使えれば十分だ――!)
「マトメテ、ホウムッテヤル! パーガストジャッジ!!」
「影魔法、|ペネトレイトU U, L D《透過せよ》」「F M O, R T P O T S《我に逆らう力を反射せよ》!!」
ゼントとシスルが同時に唱える。
クリムパニスの放った炎の槍は、シスルに当たる直前、くるりと反転し術者に向かって飛んでいく。
「グゥウ、、!」
槍がクリムパニスの腹を貫き、ローブが燃える。だが、傷はすぐに再生する。
「モウ、キサマハゲンカイデアロウ! サッサト――」
「ああ、限界だよ……」
シスルの口の端から血が滴る。でも、
「残念だったな。10秒だ」
「シスル様! 手を!」
ゼントの体が黒い影に包まれる。シスルがその伸ばされた手を握る。
「ニガサンゾ! インフェルノオーバー!!」
空間ごと吹き飛ばしかねないほどの炎が襲いかかる。
だが、その煙が晴れたとき、すでに3人の姿はなかった。
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「はぁ、はぁ……。なんとか、地上に出てこれましたな」
ゼントがふぅ、と息をつく。だが、シスルには落ち着いてい無事を喜んでいる暇など無かった。
シトラスの血が、止まらない。
「それよりゼント、シトラスを治してくれ! 出来るだろ? ここなら精霊もいる。治癒魔術は俺よりゼントのほうが――」
「シスル様、少し落ち着きなされ。大丈夫です。私は死んだ者以外なら治癒できます」
「って、ことは……」
「ええ。槍が炎で出来ていたおかげか、傷が焼かれて出血が少なく済んでるようですな。それに――」
その言葉を最後まで聞かず、シスルはバサッと地面に倒れ込む。
「良かった......。じゃあ、助かるんだな」
「わかりました。では......F M O ,H T W《かの者の傷を癒せ》」
フワッと、優しい光がシトラスの体を包み込む。胸に空いた赤黒い穴は、みるみる塞がっていく。
シトラスの肌に赤みと暖かさが戻る。
「(シスル様が残りわずかとなった魔力も精霊もを全て、この娘の回復に使っていたから、ココまで持ったのですぞ)」
「……ケ、ケホッ、、」
「――シトラス! 良かった……」
シトラスが起き上がり、辺りを不思議そうに見渡す。そして、自分が地上にいることを理解し、安心したように微笑む。
「はい、良かったです。約束、守ってくれたんですね……」
「さて、今回はなんとかなりましたが……」
「あの、、あなたは?」
「これは申し訳ない。私はシスル様の護衛、付き人をしております、ゼント・フィルメイジと申します」
ゼントが剣を仕舞い、うやうやしく礼をする。
「私はシトラスです。助けていただいたことには感謝しか無いです。この御恩はいつか必ず……」
「ハハハ。それでは楽しみにしておくことにしましょう。ところで、シスル様。洞窟の壁に書き置きをされていたおかげで間に合いましたが、あなたは危うく死ぬところだったのですぞ!」
「――すまない。途中で待っておく選択肢もあったんだが、、」
「あの、私にも責任があります。私も一緒になって進んでしまったので――」
「そうですな。でもシスル様。あなたは王になるお方ですぞ? 民を危険に晒す王がどこにいるのですか。これでは“魔王候補”として相応しいとは言えませんな」
「うう……」
ゼントの厳しい言葉に何も言い返せないシスル。
シトラスが目を大きく見開く。
(そんな、ことって……)
「ん? どうしたのですかな――」
「今、魔王候補って……」
震えながらも、はっきりとした声でシトラスが尋ねる。
ゼントは一瞬訝しげな表情を浮かべるが、すぐに全てを理解したように厳しい顔になる。
「さては、あなたは人界のものですか?」
「……おい、待てよ! シトラス、お前は――」
「あなたが! あなたが、魔王なのですか?」
恐る恐る、シトラスの唇が動く。
「ああ、、、今はまだ“候補”だが……」
「そんな! なら、私は勇者としてなんてことを......」
「勇者? シトラス嬢、君はまさか――」
鬼の形相をしたゼントがシトラスの右腕の袖をバッと思い切りめくり上げる。
「イタッ、、!」
「これは……勇者の紋章、、なるほどあの施設の育てる勇者候補でしたか」
シトラスの右腕には3本枝の木の形をした紋章が掘られてあった。
「これは、、施設での識別のためだって……」
「真実は教えられていない、と? ですがね。我々が相手にしている勇者たちには皆、その紋章があるのですよ」
ゼントが再び剣を抜き、シトラスの首に当てる。
「一度救った命を奪うのは心苦しいですが、これも魔界のためです。勇者と分かった以上、生きては帰せない。最後に言い残すことは?」
「……助けてくれて......ありがとうございました、、」
ゼントが剣を振りかぶる。だが、その剣が振り下ろされる前に、
「待て」
「……どうして、止めるのですか?」
シスルが、いやシスルの使役する精霊がゼントの剣にまとわりつき、動きを止めていた。
「約束、したんだ」
「約束、ですか?」
「『シトラスを生きて家に帰す』と契った。それにさっきお前は言ったな。俺は魔王候補だ、と。では、友と交わした約束の一つも守れないものに王たる資格があると思うか?」
「……なるほど、一理ありますな。ですがこれは――」
「黙れ。命令だ」
精霊が黒く、禍々しい光に変わる。
「……ふう、、わかりました」
少し考えたあと、諦めたように深く息をつき、ゼントが剣を鞘に戻す。
「精霊の力込みでは、私ではシスル様に敵いませんな。いいでしょう、今回だけは見逃します。ですが、次はありませんぞ?」
「もちろんです。次会う時は魔王と勇者。敵同士です。シスル、あなたを討つのは私ですから」
「そうだな。魔王として、勇者シトラスが来るのを楽しみにしておくよ」
シスルが「行くぞ」とゼントに声をかけ、踵を返す。
「そうだ、シトラス嬢。これで貸し借りはなしですな」
「え?」
「なに、クリムパニス大墳墓内でシスル様を支えてくれた礼ですよ」
そう言ってゼントもシスルに続いて森の中に姿をくらます。
(私の命を救ったこと、後悔させてあげます、、)
シトラスもフフッと微笑み、施設のある方角へと歩き出す。
すでに朝日は昇ろうとしていた。
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そんな300年前の甘酸っぱい記憶。
魔王シスルと勇者シトラスとの初めての出会い。
そして300年後、アザミ達は再び因縁の相手と対峙している。
初めて負けた相手。完膚なきまでに叩きのめされた相手。絶対に倒したいと願い続けた相手。
「よお、300年ぶりだな」
アザミの眼がキラリと光る。シトラが聖剣フィルヒナートをスッと抜く。
目の前にフワフワと浮かぶ黒いローブの冥王が杖を振る。
「インフェルノ――!」
300年越しの再戦の火蓋が今、切って落とされた。
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