54話 魔王と勇者の出会い(6)
「クッ、、!」
砂塵に思わず目を細める。
クリムパニスの放った炎がシスルに当たった瞬間方向を変え、反射される。
「……」
しかしその炎もクリムパニスがローブで軽く扇ぐだけで光となって霧散する。
「まあ、自分の攻撃で死ぬような冥王様じゃない、か」
シスルがニヤリと余裕綽々に笑う。だが、その額が脂汗に滲んでいることを、私は見逃さない。
分かっていた。シスル1人に負担を押し付けているのは私だ。私の弱さだ。
剣士はこういうときに無力だ。近接戦闘においては無類の強さを誇るのに、剣の届かないところにいる相手に対しては何もできない。
フワフワと浮かぶ巨大な冥王に、私の剣は届かない。
「……インフェルノ――!」
クリムパニスの杖が再び赤い光を放つ。轟炎が私たちに襲いかかる。
「F M O,R T P――」
突然、シスルの体がガクンッ! と崩れる。私は慌てて駆け寄る。
「シスル!? 大丈夫ですか!」
「チッ、FMO,TR《右に曲がれ》!」
シスルが早口で魔法を唱える。寸前のところで炎はグインと右に曲がり、壁に大穴をあける。
「フユカイ。ナゼ、ワタシノコウゲキ、ハズレル?」
クリムパニスが不思議そうに首をかしげる。
「マアイイ。アタルマデ、ウツノミ」
「!!」
間髪いれず、炎が私たちに向けて放たれる。
「FMO,TR! FMO,TR! FMO,TR!――」
その度にシスルが詠唱し、魔法を反らす。だが、だんだんと追いつかなくなっていく。
苦悶の表情を浮かべるシスル。ここまでいくつものトラップを解除し、試練を2つ乗り越え、私を守ってくれた彼の魔力はもう、限界だった。せめて、せめてココが洞窟のような閉鎖空間でなければ、精霊の力を借りてすぐに回復させられるのに。
私に、できることは――!
考えろ。考えるんだ!私の剣でシスルを支えるには……
その時、私の頭のなかにふと、ミーシャの言葉がよぎった。
『シトっちはさ、飛ぶ斬撃って見たことある?』
――これだ!
「シスル。あなたは飛ぶ斬撃というものを見たことがありますか?」
「な、なにを――」
シスルが不思議そうに私を見る。私はシスルに向けて軽く微笑み、剣を上段に構える。
クリムパニスの杖に赤い光が集まる。攻撃が、くる!
* * * *
『飛ぶ斬撃? 何を言っているんですか、ミーシャ』
『それが、できるんだなー。あ、私はできないよ? でもね、見たことはある。すごいんだ。ヒュンって飛ぶのよ。それでね、遠く遠く離れた木を斬り倒しちゃうの』
『へえ、それはすごいですね。どうやってやるんですか?』
『剣に思いを込めるらしいの。なんていうかな……空想を現実にする、的な? とにかくね、一度剣を構えるのよ。それで、静止する。力を、想いを剣に集めるイメージね。“放った斬撃が飛ぶ”という空想を信じて剣を振る。そしたら現実になるらしいわ』
『にわかには信じがたいですが、、いつか機会があれば試してみます』
『よろしくね。私はできなかったけど......でも、シトっちならできるわよ。絶対に』
* * * *
「今が、その機会です!」
私は目をつむり、イメージを固める。斬撃が空を切り、クリムパニスの体を切断するイメージを。
グッ、と剣が重くなった気がした。
「コザカシイ、キエヨ! インフェルノ!」
空気がボッと熱くなるのを肌で感じる。来た!
カッと目を開く。そして目の前に迫った炎に向けて剣を振るう。
「飛翔する斬撃、、ホライズン!!」
ブウンッ! と周りの空気を巻き込むように横に薙いだ斬撃がクリムパニスの放った炎に向かって一直線に飛んでいく。
斬撃は空中で炎とぶつかる。そしてそのまま炎を斬り裂く。
「バカナ、、! ワタシノホノオヲ、キルダト!?」
「いっけぇぇぇぇ!!」
スパン! と、クリムパニスの体がキレイに上下に分断される。
「や、った......?」
ミイちゃんの言ったとおりだ。本当に、飛びましたよ!
肩の力が抜ける。
「信じられない……。斬撃が飛ぶなんて。それに、まさか冥王を倒すなんて......」
シスルが驚いた顔で私を見る。
「約束は守りましたよ」
「ああ、そうだな。俺も正直限界だった。シトラス、君のおかげで――」
「ワタシガ、タオサレタト?」
「まさか、、まだ――!」
「ショウシ、ニンゲンゴトキガ!」
クリムパニスは確かに斬った、はずだった。
真っ二つにしたはずだった。
「何度でも、、斬る! バーチカル!」
両手で柄をしっかりと握り、全力で剣を上に振り上げる。
縦の線となって飛んでいく斬撃がクリムパニスの左手を斬り飛ばす。
「どうだ……」
「イッタダロウ? ショウシ、ト」
斬ったはずの左手が炎とともに再生する。
まるで、クリムパニスの体が炎で出来ているかのように――
「そうか、そうだよな。ここはクリムパニス大墳墓。あんた、死んでるんだったな」
「ワレガ、シンダ? アリエナイ」
「どういうことですか? シスル」
「簡単な話だ。冥王クリムパニスは随分前に死んだ。俺達の目の前にいるのは、言わば“幽霊”だ。だから、いくら殺しても炎とともに再生する」
シスルが「ハハ……」と笑う。でも、そこには今までのような余裕はなかった。“諦め”、“絶望”。そういった類のもの。
「ワレハ、シナナイ。 サイキョウナル、メイカイノオウ……」
「チッ、自分が死んだことを理解せず、怨念で実体化しているのか。厄介だな……」
「どうすれば、倒せますか?」
「……わからない、、」
「モウ、オワリカ? ナラ、ワタシカライクゾ!」
クリムパニスが無造作に杖を振るう。
今までとは比べ物にならないくらい大きく、熱く、速い炎が放たれる。
「F M O ,T R!《右に曲がれ》」
ドガン! と炎は壁に激突し、衝撃で洞窟が震える。
「ガフッ、、!」
突然、シスルの口から血が飛ぶ。
シスルの魔力はもう無かったんだ。それなのに、無理して魔法を使った。
魔力がないから、生命力を魔力に変えたんだ。この空間内の精霊の力もだいぶ弱まっている。
回復には時間がかかるだろう。
「シスル、もう......ヤメてください――」
「な、にを......言ってる。あいつを、倒さないと……」
「もう無理です! ……これ以上魔法を使ったら......」
私はその先を口にすることが出来ず、下を向く。
そんな私を見てシスルは驚いた顔をし、そしてフッと微笑んだ。
「……シトラス。ひとつ、頼んでも、、いいか?」
「なん、ですか? 私に出来ることなら――!」
「少しでいい。時間を稼いでくれ」
「わ、わかりました!」
私は立ち上がる。シスルに背中を向け、クリムパニスと対峙する。
「ツギハ、オマエカ? ヤキツクセ、インフェルノ!」
「ホライズン!」
クリムパニスの放った炎と、私の斬撃が激突し、互いに霧散する。
ビリビリ! と、衝撃に手がしびれる。斬撃を飛ばすためには、通常よりも力を入れて剣を振るわないといけない。その反動は確実に蓄積していた。
「耐えて、ください、、! あと少し、あと少し!」
唇をギュッと噛み、力を振り絞る。
「ファイアーバード――」 「バーチカル!」
何度も、何度も剣を振る。腕の痛みに意識が飛びそうになる。頭は空っぽだった。
でも、そんな私を突き動かしていたのは……“信頼”。
「シスルならなんとかしてくれるはず」
「時間を稼いだら、きっと何か見つけてくれるはず」
そんな他人よがりな幻想で腕が動く。前を見続けられる。立っていられる!
「ウアアアァァァ!!」
「モウイイ、キエヨ! パーガストジャッジ!!」
クリムパニスが杖を振る。炎で出来た槍が私めがけて飛んでくる。
*** ** * *
人は心のなかにもうひとりの自分を飼っている。
「どうすればいいんだ……」
『何やら悩んでいるようだな』
「どうやったら冥王を殺せる、、」
『死んでいるものを殺すなんて不可能だ』
「そうだな。でも、やらなきゃならない。見つけなきゃならない」
『ふむ……いっそ、“暴走“させてみるか?』
「バカを言うな。今の体では“暴走”は使えない。それにあいつは魔力がない」
『それは驚きだな。魔力がない、なんてな』
「死者、幽霊に生命力は無いだろ? それと同じだ。あいつが魔法を使えるのはあの杖に埋め込まれた“精霊石”のおかげだ」
『精霊石、ねえ。精霊の力を宿した石か。それを使えば魔力がなくても、精霊がいなくても魔法は放てるわな。それで? そんな化け物にどう対処するんだ』
「それを考えているんじゃないか」
『……冥王は......自分の死を理解していないのだろ?」
「ああ。死んだって認めていない。だからああやって幽霊になって――!」
『お! 何か、見つけたかい?』
「そうだ、それだよ! それを利用すればあいつを必ず――」
『役に立てたなら良かった。頑張るんだな、“俺”よ』
*** ** * *
「――シトラス、そいつを……殺す方法が*かった! 死**こ****させ*ば***だ! 俺***そいつ******、完***まで*――」
「シスル……?」
何も聞こえなかったいや、頭に入ってこなかった。彼の言葉がぶつ切りで、理解できなかった。
彼が私を見る嬉しそうな、少年のような瞳が絶望へと変わっていく。
ああ、どうしてそんな顔をするのですか?
私が約束を守れなかったからですか……?
左手がダランとぶら下がる。右手一本で振った剣では何も生み出せなかった。
私の胸を、炎の槍が貫いていた。
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