34話(2) 祝杯
食堂が打ち上げで盛り上がっている頃。聖剣魔術学園の生徒会長であるサラ・バーネットは一人薄暗い廊下を歩いていた。
(まさか、この私が忘れ物をするなんて。フフッ、ニックが知ったら大笑いするだろうね。それにしても、今日の試合……)
新人戦はA組の優勝で終わった。史上初の普通科優勝だ。
そして、その史上初に大きく関与したのが例の双子。アザミ・ミラヴァードとシトラ・ミラヴァードの兄妹だった、なんて。
(やっぱり面白いね、あの双子。聖剣使いに、魔力無限、か。それだけじゃなくて、‟あの”キールシュタットの血族に、爆炎術をあそこまで無茶苦茶に使う少年に……ふっふ、今年の1年は粒ぞろいだね……)
なんて考えながら生徒会室を目指して歩いていたサラだったが、その足がふと止まる。なぜなら、誰も居ないはずの生徒会室から光が漏れているのが見えたから。
(生徒会メンバーじゃない……。一体、誰?)
サラは息を殺し、少し空いた扉の隙間からそっと中を覗き込んだ。隠密は苦手じゃない。
すると、机に腰掛けている少女が目に入った。
(15歳くらい、かな? 整いすぎた顔立ち。肩くらいの長さの黒い髪に、少し短い前髪。青く透き通った瞳。紺色のダボッとした上着と黒の半ズボン……。いったい誰なの? それに……)
見覚えは無い。何か知っている気もするが、曖昧でぼやけて上手く思い出せなかった。
いいや、その謎の少女が誰なのかよりも、気になるのはその少女の‟話し相手”の方だった。
可愛らしい少女から視線を外し、サラは背を向けている男を見る。
スーツ姿の男。顔は上手く見えないけれど、その背丈やシルエットは多分間違いない。
(あれって、ハイル先生……よね?)
Aクラスの担任であるハイル・バードマンが、でもなぜこんな時間の生徒会室に……。
* *
こっそりと伺うサラの視界とは別視点から覗く、生徒会室。ハイルは優しい表情で、机の上に腰かけた少女に声をかけた。
「やあ、エリシア。君がこの学園に来るなんて珍しい。ひょっとして、新人戦を見ていたのかい?」
「んー……ボクも騎士団の一員として興味はあったからね♪ だってほら、将来の団員候補たちでしょ?」
ヘヘッと笑顔を作り、足をブラブラさせるその少女はエリシアというらしい。
「ところでハイル。君は今、ここで教師をしてるんだって?」
「ああ、そうだよ。今日優勝したA組。実はあれ、俺の教え子でね」
エリシアの問いに対し、少し誇らしげにハイルは答えた。だがエリシアの彼を見る目は、親しい間柄のそれを見るようなものとは違っていた。
「……一体、何を企んでるのかな? 君が、真面目な理由で教師なんてやってるとは思えないな♪」
「ハハッ、何を言って――」
「そうでしょ? ボクを含め、君はたくさんの子供を誘拐して売りさばいてたんだから。闇の商人の、“ハイド”さん?」
そう言って、彼女はストンっと床へ降りる。その言葉を聞いてハイルの表情が変わった。優しい笑顔から、邪悪な微笑みに。
ああ、やっぱりその顔は互いに旧友に向けた暖かみのあるものなんかじゃない。それは敵意だ。
「それを言うなら君だってそうだろう? ねぇ、“しあな”ちゃん。初めて会ったときは可愛げのある話し方だったのに、いつからボクっ娘になったんだい? それってもしかして強がり―――」
「―――それ以上は言わさないよ?」
いつの間に抜いたのか、エリシアがハイルの首に剣を突き立てる。
その目は冷たく光り、頭からは狐耳がぴょこっと生えていた。後ろには、狐の尻尾。
耳も尻尾も、どちらもさっきまではなかった。さっきまでただ不穏なだけだったその空間は、一気に殺伐としたものへと変貌する。
「……君から仕掛けたんじゃないか。それに、俺は君とココでやり合う気は無いよ。だって勝てるわけないじゃないか。王都騎士団の第二席である、九重の狐、エリシア・アルミラフォード様になんてね」
降参するみたく両手を挙げるハイルに、エリシアは剣を引っ込める。尻尾も耳も同じく引っ込む。
だがそう言葉では言いながら、ハイルからはどこか余裕すら感じられる。‟ここで”やり合う気は無い。だったら、ここじゃないどこかでなら……。
「……そう。うん、それがいいね♪ ボクとしてもあまり騒ぎは起こしたくないし」
そう言ってエリシアはハイルから目を外す。その時、何かを見つけたその目がフワッと碧く光った。
「――待って、誰かいるね? 扉の前に」
その言葉に、サラの心臓がキュッと縮まる。まさか、気づかれた?
「……なるほど、生徒会長さんか」
名前を言い当てられたら、疑念も確信に変わる。そしてこれ以上隠れていたって良いことはないだろう。降参だ。サラは渋々ドアを開き、その姿を晒す。
「サラくん、困ったな。聞いていたのか」
その姿を見たハイルは、ニコリと最初のような優しい笑顔に戻る。“教師”のハイル・バードマンの笑顔に。
「すいません。ちょっと忘れ物を取りに来ただけで、そんなつもりは……」
「アハハ、そっかそっか♪ 聞かれたのは面倒だけど、でもサラちゃんの邪魔をしちゃってたのはボクたちだもん。咎める権利は無いよね♪ だからさ……ここで聞いたこと、忘れてくれないかな?」
エリシアは上目遣いで「お願い!」と手を合わせる。知ってしまった者は処分―――なんて悪のやることを、まさか正義の騎士団がやるわけにもいかない。だから出来ることと言えば、誠心誠意頼みこむことだけだ。
しかし、そんなエリシアにハイルは「クスッ」と無様を笑うみた否顔を見せた。
「エリシア。サラにそのお願いは‟不可能”なんじゃないかな?」
だから、その代わりに。ハイルはポンッとサラの頭を撫でる。
「決して口外しないこと。いいね?」
顔は笑っていたが目は笑っていない。それはお願いではなく強要だ。あるいは命令ともいう。その圧を前に、サラは頷くしか無かった。もし破ればどうなるか……それを体の芯まで叩き込まれたような、その気持ち悪い冷たさ。
「まったく、えげつないやり方するね。ボク、そういうところも嫌いだ」
「別に君に好かれているつもりは無かったよ、エリシア」
「ふんっ。まあいいや。じゃあサラちゃん。ボクはここでおさらばするから、くれぐれもお兄さんによろしくね♪」
そう言い残して、エリシアはトトトと足早に生徒会室を後にした。
「まったく。正義の騎士団とはいえ、聖剣魔術学園に勝手に入り込んだら面倒になるというのに。サラくん、忘れ物を取ったら速く帰りなさいよ?」
呆れながらも、サラにそうだけ言ってハイルもその後を追う。その声、その表情はすでにいつも通りのハイル・バードマン先生その人だった。
「……思い出した。エリシア・アルミラフォード。あれが、未来視の魔眼……」
サラはギュッと目を閉じ、座り込む。
ドッと疲れた。この学園じゃ、学生の中じゃトップに立つ彼女がその眼に睨まれた途端、蛇に睨まれた蛙みたいに何も出来なかった。ひと睨みで分からされた圧倒的な力の差。格の違い、だ。
そんな波乱を最後に残して、決勝戦の長い一日は終わったのだった。
〜一章「双星と聖剣魔術学園 〜入学編〜」完〜 to be continued……




