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34話(1) 祝杯

「私は……負けませんっ……!」


 シトラは聖剣フィルヒナートを横に薙ぐ。キンッ! とそれをシャーロットが聖剣ロゼリアで受け止める。


 一進一退、聖剣同士の一歩も譲らない鍔迫り合い。その繰り返し。

 晴れやかな笑顔に汗がキラリと光る。永遠に続くのではないか、永遠に続けばいいのになと思わず願ってしまうほどの想いのやり取り。


 けれどそんな勝負も、決着の時は一瞬だった。


 シュッ!、とシャーロットの頬をフィルヒナートがかすめる。白い霜が一本の線をシャーロットの頬に描いて、それがじわりと緋色に変わっていく。


(速い……! いや、私が遅い? これは、まさか―――)


 クソッとシャーロットの表情が歪む。それは、当人らではどうにもできない問題だった。どうしたって生じてしまう限界のようなもの。


 それは、『聖剣の親和性』。


 聖剣は自ら使い手を選ぶ。だから聖剣は誰でも持てるわけではなく、選ばれた人間しか握ることは出来ない。そして、聖剣との親和性が高ければ高いほど、その力を限界まで引き出せるのだ。


(聖剣ロゼリアは‟正統な”王家に伝わる聖剣。それに、私は使うのが今日で初めて……。あはっ、は。その差だって、言うの……?)


 受け止めきれず、次第にシャーロットが押されだす。空しく笑ったシャーロットの頬をツーッと一筋伝うのは、涙。敗北するのが悔しいわけじゃない。いや、それもあるだろうけど、何よりも。


(私はここでも……‟選ばれない”んだね)


 分家であるロッツォ家がかつて得られなかった王冠。転生して、正統な王家の娘に生まれ変わったというのに、勝負の境目になったのが‟本物”と‟偽物”の差であったのなら。


 こんなにも残酷な結末は無いだろう、って。


 そんなシャーロットはもはや、防戦一方だった。こちらから攻めることは出来ない。守るだけで手一杯、それも気を抜けば一気に押し切られるようなギリギリ。


「……ありがとうございます、シャーロット。私にすべてを与えてくれて」


 そんなシャーロットの視界で、シトラはニコッと笑った。フィルヒナートをギュッと握るその手に力が入るのは、この攻防がもう終わるということを肌身で感じているゆえだろうか。



 少女は全てを貰った。名前も、戦うこと以外の意味も、強さも。から

 決して誰かから、悲しい目をしたあの少女からすべてを奪ったんじゃない。彼女はただ、逃げていただけ。運命から、自分から。でも、もう逃げない。そして全部終わったら、また友だちに……なんて、夢を見た。だから、そのためにも、


「……また、力を貸してくれますね?」

『いいよ、マイエンジェル。使いなよ! そして全部、叶えてきなよ!!』


 聖剣フィルヒナートの声……ああ、久しぶりに聞いたなって。いたずらっぽく微笑んだそれが懐かしい。そして、もう迷わない。

 シトラは剣を握り締め、シャーロットに向かって駆け出す。


「氷花―――」


 その近づく少女に、自身の終わりを重ねる。シャーロットは涙に滲んだ視界で、クシャッとその表情を歪ませた。


(そうか、そうだよ。私が選ばれないわけだ)


 今更思う。今になってそれを知る。


 聖剣フィルヒナートは凍てつく大地の中でただ一本だけ、枯れずに生き残った花が神格化して出来たもの。そんな剣に選ばれるのは恵まれた環境で、沢山の人に囲まれて育った彼女わたしじゃない。


(一人で、それでも強く強く生きてきたシトっちに決まってるよね)


 それを思えば、何もかもがくだらなく思えてきた。300年のしがらみ? たった一度のいざこざで、全てを失ったように絶望して苦しんで、筋違いに恨んでなんて馬鹿みたい。


「なんだ、簡単じゃない」


 結局、長すぎた喧嘩の終わり方なんてそう難しいものじゃ無かったのだ。


「一閃ッ―――!」


 シトラの斬撃は、シャーロットを聖剣ロゼリアごと斜めに切り裂く。一度受け止めたそれを、そのままググっと押し込んで。


「うぁぁぁぁああああ!!」


 もう迷わない、もう止まらない。シトラはそのまま剣を振り切った。すさまじい斬撃が実体を持って空へと飛んでいったのは、つまりそういうことなのだろう。


 飛んでいく。飛んでいけ、森を抜け、空を切り、空気を凍らせながら。


 シトラの斬撃はそのまま、どこかにあった大盾すらも真っ二つに切り裂いた。

 パキンっと王冠が割れる音が聞こえた気がした。それはS1の王様である、クレア・スノウを打ち倒したということ。


 シトラは一人、「ふぅ」と息を吐いて空を見上げる。それは憎たらしいほど青々と広がってシトラらを祝福しているかのようだった。


「―――新人戦の優勝は、、A組ぃ!! 聖剣魔術学園の創立以来初めて、普通科の優勝です!!」


 ギャラリーではマイクの大声と、衝撃や怒号、そして賞賛など、さまざま入り混じった声援が飛び交っていた。色々な人が色々と、思うことはあるのだろう。しばらくは荒れそうな予感。けれど、現実にそれは起こったのだ。


 こうして、聖剣魔術学園最初の行事(イベント)、新人戦は波乱の幕切れを迎えた。



* * * *



「……なぜ、私がココに呼ばれているのであるか?」

「いや割とマジで何でコイツらがココにいんだよ!!!」


 まあまあ、とアックは犬猿な二人をなだめる。


「言い出したのはアザミだ。なあ?」

「ああ。もう新人戦は終わった。戦争が終わったら敵も味方も関係ない。だから、宴だ!」


 激戦を終えた聖剣魔術学園の食堂には150人ほどの生徒が集まっていた。それは選抜科、普通科合わせて1年生全員だ。そこには勝利を祝うだけでなく、互いの健闘をねぎらう意味でも、豪勢な食事が準備されていた。


「宴っつってもよォ。これ、俺らの優勝祝いの打ち上げじゃねえのか?」


 両手に料理の載った皿を持ったグリムは不満そうに愚痴をこぼす。


「仕方ないよ、、アザミくんがそうしようって言ったんだからさ。それに……人が多いほうが楽しいじゃない?」


 プリンを右手にエイドがニコッと笑う。そんな屈託のない笑顔を見せられたら、グリムは文句なんてそれ以上言えるはず無かった。


* *


「にゃー……それにしてもシトちゃんの剣はすごかったのにゃ!」

「いえ、あれはフィルヒナートの力あってのものですから。私独りじゃ大したことは無いですよ」


 会場の隅に一人、ぽつんと立っていたシトラに気づいたアネモネがグイグイ絡みに行く。

 シトラはその距離間の近さに戸惑いながらも、アハハと笑顔を作った。こういうところは勇者時代と比べて少し成長したのだろう。かつてなら間違いなく、こんな関わりなんて無駄と切り捨てていただろうから。

 自分の強さがあればそれで十分。そう思っていたシトラを変えたのは、きっと聖剣フィルヒナートも氷魔法も、そして聖騎士としての彼女をたたえていた名声もないこの世界なのだろう。仲間の大切さ、そして自分自身の足りなさを自覚したからこその成長だ。もっと強くなれる、その余地。


「大した事無いなんて、にゃっは。ネモちゃんの目は誤魔化せないにゃ?」

「うん、私もネモの言う通りだと思うよ。そんなに謙遜しなくてもいいんじゃない? あなたの剣、キレイだったから」


 そんなアネモネの襟首をつかんでグイッとシトラから引きはがしながら、やって来たのはS2クラスのレインという少女だった。


「レインさん……」

「レインでいいよ。歳は同じだもんね」


 そう言って彼女の差し出した右手を、シトラはギュッと握り返した。暖かくて、力強い手だ。昨日の敵は今日の友ともいうし、これからいい関係を築いていけるだろうか。そして、そうなればきっと、もっと私は成長できる。


 仲間は大切なものだ。一人よがりの強さは本物じゃない。


(今は、その意味もわかるのです……)


 かつて口酸っぱく言われたその言葉が300年経ってやっと今、分かった。



 そんな会場の隅に見えるその光景をアザミはじっと見つめていた。


「悔しいのかい?」


 フッと笑って煽るみたいな響きの声。その主はトーチ・キールシュタットだった。彼はシャンパングラス片手にアザミの元にやってくる。中身は恐らくジンジャエール、ノンアルコールなのだろうが。


「隣、いいかな?」

「ああ、どうぞ。で、悔しいってのはどういう意味だ?」


 アザミはスッと横にずれて、そこにトーチの座るスペースを作りだす。「失礼」と一言ことわって、トーチはそこに腰を下ろした。相変わらず、所作までも完璧で抜けのない男だ。


「妹の成長が、だよ。成長して自分から離れていくのは悔しいのかなって思ってね」

「馬鹿を言え。俺はそこまで過干渉のシスコンじゃない」

「だろうね。君たち双子は、そういう関係には見えない。太い一本の糸で結ばれているみたいに強固な繋がりがありながらも、されど一本だから切れれば終わりのような危うさもある。どこかお互いに他人行儀というか、まるで双子の兄妹を‟演じている”かのような感じがするんだよね。ふふっ、君たちは不思議だね。その強さも、とんでもないことをしでかしたというのに涼しげなその余裕も、何もかも普通じゃないよ」


 トーチは鋭い視線をアザミに向ける。だがそこに確たる根拠などは無い。ただそんな気がするだけ、だ。ならば動揺を見せる必要も、変に反応してやる義理も無い。アザミは「はぁ」と深く息を吐いて肩をすくめる。


「兄妹なんてそんなもんだろ?」

「そうかな? 僕にも一人妹がいるんだけど、だからこそ……っと、違う違う。今はそんな話をしにきたんじゃなくてね」


 アザミの反応に、トーチはそれ以上探るのをやめた。


(どうせ、何も明かすつもりは無いんだろうしね)


だったらここでやめだ。変に探るのも、相手に嫌な印象を与えてしまうだけ。そんなもの、祝いの席には相応しくない。トーチはフフッとそれを切り替えると、アザミに向かってスッとその手を差し出した。


「負けたよ、アザミ・ミラヴァード」

「別に、俺は勝ったとは思ってないんだがな」


 アザミは「困ったな」と頭をかきながらその手を見つめる。こういう熱い勝負みたいなのはガラじゃない。それに、勝利したのだって様々な偶然の重なった結果だ。純粋な魔術の競い合いであれば、間違いなく負けていた。


(勝てたのは、魔法という搦め手を使ったからだ。こんなものを勝利だなんて、俺は……)


 呼びたくない、思いたくない。だからその手を握ることは出来なかった。

 そんなアザミを見て、トーチは優しく首を横に振る。握手は叶わなかったけれど、彼の中で負けは負けだった。


「いいや、僕の負けだよ。ハハハ、悔しいね。君にだけは負けたくなかったんだけどな……」

「俺にだけ、は?」

「ああ、そうだよ。一目見た時から、僕は君にだけは絶対負けたくないって思ったんだよね。だってほら、僕たちって似てるからさ。いろいろな属性の魔術を使えるところとか、魔術の知識とか。だから同系統の魔術師としては、負けたくなかった」

「ハッ。俺は自分が見た魔術しか覚えてないよ。魔術の腕ならまだトーチには及ばないさ」


 そう言ってトーチの手をパンっ! と叩く。握手はしない。馴れ馴れしくあるんじゃなくて、これから先も、もっと強くなるためのよき友として関わっていきたかったから。


「そうか、なら君は天才なんだね」


 ジンジンと痛むその手のひらを見つめ、トーチはフッと笑みをこぼす。


「ところで、特定魔術インディビデュアル無効(・ブロック)は使えるのかい? 君は一度見た魔術は模倣できるんだろう?」


 笑みのついでに見せた、そのいたずらっぽい笑顔にアザミは呆れた顔をする。


「馬鹿も休み休み言え、ってか? よく言うよ。模倣されないようにいくつもダミーの魔法陣を混ぜていたくせに」


 本物がどれかを特定されないために。他の魔術はどうでもよくて、でもトーチにとって特定魔術インディビデュアル無効(・ブロック)という魔術が大切なものであった何よりの証拠だった。何重にも魔法陣を重ねて隠すなんて真似、普通はしないから。そんなところまで保険をかける、そんな手間をかけるなんてよっぽどだと。アザミはそう言って立ち上がる。


「じゃあな。お腹もすいたし、俺は料理を取ってくる」


 軽く手を挙げて、アザミは人混みの中にその姿を消した。トーチはフフッと笑った顔でその後ろ姿を見つめていた。その背中を……ツーッと一筋、冷や汗が伝う。


「その目、一体どこまで見えているんだい」


 思わずゾクッと悪寒を覚えてしまう。それは、どのような答えよりも恐ろしかったから。



* *


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