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32話(1) 決勝戦(3) 〜それぞれの敵〜

記憶を取り戻したミーシャですが、回想を終えて現実に戻ってきたので「シャーロット」と表記します。

 ザワザワ……と森が揺れる音。不穏、感じたそれにトーチ・キールシュタットは鬱陶しそうに前髪を押さえた。


「……なんだ、やけに風が吹いているね」


 その長い髪の下から、鋭い視線が覗いていた。

 アザミもジョージも、戦いをやめて空を見上げる。確信みたいなものは無いけれど、どこか目を奪われる何かが空に見えた気がしたから。空気が、変わった―――。


「始まった、かな」


 なんて呟きも冷たいその空の青に吸い込まれ消えた。


* * 


 キン!、キン!、ギン! と金属を打ち付け合う音が連続して響く。聖剣どうしが触れあう度に火花が散り、ブワッと衝撃波が飛び木々を揺らす。


「やるね、シトっち!」

「ミーシャこそ、衰えていないようで!」


 シトラが聖剣を振る。それに合わせて氷の粒がシャーロットを襲う。


「なんの!」


 合わせて、シャーロットが聖剣を振る。ビューっと風が吹き、シトラの攻撃を全て吹き飛ばす。


 氷の聖剣フィルヒナート、風の聖剣ロゼリア。両聖剣を保持するシトラとシャーロットの戦いは力と力のぶつかり合いだった。お互いに一歩も引くことなく、学生レベルなんてとうに超えた異次元の戦いは均衡する。


 一撃一撃が衝撃波を引き起こす、神話にでも描かれそうな戦い。でも、その当事者たちの表情は、とても晴れやかだった。


「決着を……」

「……つけましょう!!」


 ようやくこの時が来たのだから。ずっと心の片隅に引っかかっていたモヤモヤを要約腫らすことが出来る。その想い、300年間の想いが一太刀ずつに乗って、その重みを倍増させていた。


 永遠に続くかに思われるこの戦い。シトラとミーシャ、いいやシャーロットの戦い。

 永遠に……続いて欲しい、とすら思った。勝ち負けも命も気にせず、ただその想いのままに剣を振るう今という瞬間が、言いようもなく気持ちのいいものであったから。


* *


「さて、と。俺たちもやるべきことをやるか」


 そんなシトラたちの戦いを見ることは叶わないけれど、空気が変わったことでそれが進展したことを知る。アザミはフッと安堵の笑みをこぼし、そして再び魔剣を構えた。アックも、トーチも、ジョージも、各々戦闘態勢に入る。これで気兼ねなく、こっちに集中できるから。


「……早めに終わらせたいな。本陣の方も気がかりなもんで」

「ふんっ、相変わらずすかした余裕がうざったいんだよっ。行かせねえ、って行ったよな?」

「ああ。そうだったな。けれどアンタに行かせる気が無かったって、俺たちは通る気満々なもんでね?」


 先に動いたのはアザミだった。自己加速術式を用いて真っ直ぐ、弾丸みたくジョージへと突っ込んでいく。


「それじゃあ、千年遅えんだよ!!」


 そんなアザミに、ジョージは剣を引いてカウンターを狙う。イノシシみたいに突っ込んできてくれるのならわざわざこちらから攻める必要もない。丁寧に迎え入れて、そして一刀両断するだけだ。ジョージ・ハミルトンはあの性格でありながら、でも決して弱い者じゃない。こういうところの冷静さはきちんと持ち合わせていた。

 だからこそ、彼はS1クラスに配属されたのだろう。だからこそ、トーチの隣で剣を振るうことを許されているのだろう。それ相応の実力者ではあるということだ。決して口だけじゃない。


 しかし、それはあくまで‟並みの学生”と比べたらの話。

 残念ながらジョージが相手にしているのは、当人はまさか知るはずも無いが、300年前にひとつの世界をその手に治めた魔族の王なのだから。カウンターを目論むジョージの前に、フッと魔法陣が現れる。


「なんだ!?」


 突然のことに身構えるジョージ。攻撃か?、と、カウンター狙いから正面の防御にさっと切り替えた……その目の前で、アザミの身体がヒュッと真上へ消えた。


跳躍の術式(フライベース)か!」


 ハッと上を見上げるトーチ。それは攻撃じゃ無かった。ただのジャンプ台、防御の必要もない。

 しかも、アザミの狙いは最初からジョージじゃ無かった。そう見せていただけのアザミが、ジョージを飛び越え本来の狙い、トーチめがけて迫ってくる。


「風魔術、風刃(ティアウィンド)!!」


 アザミは魔剣を縦に振るった。それに呼応するよう、いくつもの風の刃がトーチへ襲いかかる。

 それは完全に虚を突いた攻撃だ。狙いを完全に切り替えて、ジョージを隠れ蓑にした闇討ちだ。


「それも知ってる」


 しかし、トーチの手に触れた途端、風の刃は全て粉塵となって霧散してしまう。


「くっそ、これも効かないのかよ!」


 ザザッと地面を滑りながら、その結果にアザミは悔しそうな顔を浮かべる。確かに狙いは上手くいったのだ。隙をつくことは出来たはず。ただそこに綻びがあったとすれば、それはアザミの攻撃をトーチが‟知って”いた。ただそれだけ。防御が間に合わなくとも、そもそもその‟防御自体必要が無かった”のだから。


「おいおい。忘れてんなよ―――」


 その背後から声がする。


「ッ!?」


 アザミは慌てて身をかがめ、地面を転がる。

 先ほどまでアザミが立っていたところに、ジョージの剣が突き刺さっていた。そう、相手はトーチ一人じゃない。飛び越えて、煙に巻いて、それを良いと思わない苛立つ男が一人。


「時間稼ぎ、だっけ?」


 鼻息荒く、怒りに血管を浮き上がらせたジョージを横目に、トーチは余裕そうにほくそ笑む。


「残念だったね。君らじゃ僕たちを出し抜くことは出来ないよ。だって君の力は……“魔力無限”ってところだろう?」

「チッ……お見通しかよ」

「やはりね。先ほどからアンカー君も君も、かなり魔力を使っているからね。設置魔術は魔力の消費も激しい。普通なら、もう動けないはずだ。それに、魔術の模倣かな。でもね、いくら模倣しようとも、所詮は魔術。全部知ってるんだ。僕の知識を越えない限り、君は僕らになにも出来ない」


 つらつらと丸裸にされていく。それは、まさか想定していなかったこと。アザミは唇をグッと噛む。


―――全て、見抜かれていた。


 魔眼の力も、模倣のことも。


(考えろ、考えを止めるな!! まだっ……まだ手はあるはずだ! 本当に無いのか!? あいつの、あの歩く魔導書の知らない……そんな‟魔術”は―――)


 必死になって考えるアザミ。トーチ・キールシュタットはアザミの思っていた以上の手練れだった。頭が切れて、観察力に優れていて、おまけに‟知っている魔術をすべて無効化”する対抗術式の使い手ときた。それだけでも厄介なのに、彼は歩く魔導書と呼ばれるほど魔術に精通している。

 つまり、魔術に対する知見は随一というわけだ。ほとんどの魔術は知っているだろうし、それはつまり、ほとんどの魔術攻撃が彼に通じないといいうこと。


 万策尽きた、か? あらゆる魔術を封じられたらどうしようもない。魔術に関しては勉強もしてきたし、秀でているつもりもある。けれどそれでも、トーチの知識を上回れない。このままじゃ、どうしたってアザミの攻撃は届かないままだ。


 つまり、運命の辿り着く先は敗北だ。為すすべなく削られていくだけ。勝ち目がない……。


 トーチは余裕の笑みを浮かべ、魔法陣を展開する。ジョージも刺さった剣を抜き、いつでも攻撃ができるよう構え直す。じり貧に追い詰めて嬲るみたいな性格の悪さはしていないらしい。何もさせないままに、ただ圧倒的に攻め倒す。強者の戦い方だ。


(強者……か。ハハッ、かつての魔王がただの学生に及ばないなんてな)


 昔なら、300年前の魔王シスルであったならまさかそんなことは有り得なかっただろう。でも、精霊が絶えて魔法というかつての武器を封じられたこの時代じゃ、アザミは所詮ただの魔術師で……


 そのとき、アザミの頭の中で一筋の光が走った。


(いや、ある! あいつの知らない、“魔法”が!)


 アザミの言う“魔法”とは、もちろん精霊魔法のことだ。300年前の主流で、今は精霊の力が廃れたため使うことができなくなっているそれ。

 本来、300年前のアザミは魔法を主として栄華を極めたわけで。魔法では天才の領域に立つアザミでも、魔術じゃせいぜい秀才止まり。ぽっと出の秀才じゃ、努力を重ねて天才に迫るトーチには届かない。


 だから、魔術で勝負をしない。その代わりに魔法を使う。

 だが、精霊が居ないんじゃ魔法は使えない。しかし精霊魔法には一つだけ、精霊を用いずに使える魔法があった。 


(それを使っちまったら、俺たちの正体がバレかねない……)


 でも、それしか勝つ方法は思いつかなかった。まさかここまで追い詰められることがあるなんてな、とアザミはその口元に笑みを携えた。久しく感じていなかった感情だ。王の座にあった時にはこんなこと、ただの一度も無かった。


 たとえリスクを負ってでも‟勝ちたい”なんて。


―――そう思ってしまうのは、シトラの影響なのかもしれないな。

 

 アザミの視線は真っ直ぐ、トーチを捉えて離さない。口元はキュッと結ばれ、決意の目。


「アック……力を貸してくれるか?」


 まさかここから逆転の一手があるのか?、と。アックは少し驚いた顔をした。が、すぐにいつものような笑顔へと戻る。その質問に対する答えなんて迷うまでもない。


「当たり前だろ? 俺達は、、仲間なんだから」

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