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1000話(2) 千星霜の物語

 そんなサキアの思いは、痛いほどシスルの胸を刺した。理解していたからこそ、その胸を酷く抉る。でもまだ足りなかった。まだ一歩は出ない。確かに、これまで一人で背負っていたものをサキアも一緒に背負ってくれるというのは夢のような話だ。それだけで心も体も随分と楽になるだろう。けれど……


「……サキアは、もういないじゃないか」


 グッと唇を噛み、悔しげに零した、それは残酷な現実。サキアと出会うことができるのはこの世界魔法の中だけなのだ。だからシスルはここにとどまりたいと願った。元の世界なんてどうでもいい、世界なんて救わなくてもいい。この世界魔法、この魔界、サキアとリコルと過ごす日々さえ守れればそれでいいと本気で思ったのだ。

 元の世界に戻ればそれもすべて消える。だって、元の世界にとってここはイフの世界線であり、“過去”なのだから。居ない人とどうやって共に戦うというのか。それだと結局、シスルは孤独なままだ。


 その答えに……サキアはツーッと涙を流した。ああ、こんなにも見えていないんだと悲しくなったのだ。これも呪いのひとつだろうか。悲しくて呆れて言葉が出ない。

 すべてに絶望したみたいな顔をして、何も持っていないみたいに言い放って、この男は何もわかっていない。こんなにも簡単で、こんなにも恵まれていながら、それすらも見ないふりをするのか。


「サキがいなくても、シスルには強い仲間がたくさんいるじゃんか!」


 こんな簡単で、大切なことを忘れている彼に怒りすら湧いてくる。涙目で、それでも無理して笑うサキアの淡々とした言葉。でも、だからこそ……なのだろうか。その言葉はこれまでのどれよりもはっきりとシスルの目を覚まさせた。


「……な、かま?」


 その言葉と同時に、シスルの目から涙が零れた。なぜだろう……自分でも不思議だった。でも、止まらない。止められなかった。

 浮かんできたのはシルリシアの顔、レンヒルトの顔。ここに来る前に会ったトーチの顔。そして、シトラ・ミラヴァードの顔。


「シスル一人で背負わなくたっていいのよ。辛ければ相談すればいい」

「でもっ……俺が弱音を吐いたらっ……!」

「そんなこと今更あの子たちが気にすると思うの? シスルが弱い姿をちょっと見せただけで不安になったり見限ったり、そんなことをする子たちなの!?」

「それは……違う、違うっ!」

「なら……信じてあげなよね。あの子たちは強いって。シスルが一人で走って道を作ってあげなくても、あの子たちはあなたと一緒に隣を走ってくれると思うよ」


 その言葉は優しくて、暖かかった。ああ……そうだ。暗闇の中、先の見えない道を一人で走ってきた。振り返らず、足を止めることもなく、休むこともなくただひたすらに走ってきた。独りぼっちだ、孤独だ、怖い、恐ろしい……そう思っていたのに。


(なんだ……。振り返れば俺は、なにも一人なんかじゃないのにな)


 少し足を止めるとすぐに追いついてくる。その背中を追いかけ、一緒に走ってくれる。彼一人にすべてを押し付けて、のんびり歩く者なんて一人もいなかった。みんな、彼についていこうと必死だったのだ。それをシスルは知らなかった、知ろうとしなかっただけ。最初から一人なんかじゃなかった。一人で背負いこもうとしていただけ。「助けてくれ」とただ一声吐くだけで、きっと楽になれただろうに。


「……ねえ、あなたは誰?」


 スッと憑き物が落ちたみたいに、軽くなった彼の表情。それをまっすぐに見上げてサキアはそう問いかける。


「俺は……」


 その問いにどう答えるべきか。正解はわからない。わからないけれど、彼の中に答えはあった。それは最初からあったもの。そのくせ見ないふりをして目をそらし続けていた、サキアのおかげで気が付くことができた弱い部分だ。


 魔王シスルは魔界にとって絶対的な存在であった。いわゆる、それは彼にとっての栄光時代。一番楽しくて、たぶん一番幸せだった時代だろう。シストリテ・ヴァン・エヴァグレイス―――。ああ、そう名乗ってしまいたい。それは強さの象徴。それは絶対の栄光。されど、それは彼にとっての“過去”だ。過去とは“過ぎ去った”もの。なれば、今の彼は―――


「俺は、アザミ・ミラヴァードだ」


 ニコリと爽やかに、されど力強く。彼は……アザミはその名を取り戻した。

 一度は捨て、無いものにしようとした弱さの象徴。でもそれは恵まれた現在いまの栄光だ。


 魔王シスルが強さと力を持っていたのなら、アザミという男は強い仲間を持っていた。

 深い汚泥の底へ沈みそうになったアザミ。魔界での幸せという甘美な蜜に狂わされかけた彼は、ギリギリのところで現実を取り戻した。そのきっかけとなったのがサキアの言葉。結局、現実を取り戻すための最短の一手は弱さを認めることなのだろう。夢の中じゃ何もかもが恵まれた最強かもしれないが、それを捨てる覚悟。その強さが目を覚まさせたのだ。


 これから先……この世界魔法を攻略しなければ元の世界は滅ぶ。ああ、またその責任を背負わなければならないのか。


(……怖いな。でも―――)


 それを思うと足も指先もピクリと震える。でも、今ならその重荷にだって向き合える。そんな気がした。だって、これからは一人じゃないのだから。みんなを信じるなんて言いながら、一番信じていなかったのは自分だったということに気が付いたアザミ。肩代わりし、一人で戦い守ろうとするのは仲間じゃない。分け合い、理解し合い、ともに歩むのが真の仲間だと今更ながらに気が付いたから。


 それは力じゃない。それは技でもない。でも、今のアザミはかつての彼よりも強いと、今ならそう胸を張って言うことができた。


『……これがアザミ・ミラヴァードの答えなんだな』

「……ああ。俺はもう迷わない。信じるさ。だって、もう一人じゃないんだから」

『……ふっ、俺ながら恥ずかしい奴だ。でも……頑張れよ』

「……言われなくても。あいつらと一緒ならどんな暗闇だって駆け抜けて見せるさ」


 消えていたものがスッと戻ってきた、そんな感覚がした。過去の亡霊は消え、今の彼は未来を目指す。縛られていたのも、囚われていたのも、もう大丈夫。


「魔界にはたくさんの幸せと思い出がある。だけど、俺が生きるのはここじゃないから」


 その覚悟が最後のピースだった。入れ替わりに、何かがフッと消える。まるで蝋燭の火でも吹き消されたみたいに、あっさりとその亡霊は霧中に消えた。過去を過去と見て、後ろではなく前を向く覚悟。今の彼なら、きっと……。


『―――馬鹿アザミっ! 一体何を考えているかしら!』


 その時、耳がキーンとなる大声が響いた。掠れた声、その声の主はボロボロと大粒の涙を流しながら、小さな手でアザミの頭をポカポカと殴る。


「……ごめんな、セラ」

『謝ったってっ……許さないかしらっ……。何が独りよ、何が自分だけよっ! あたしはずっと、そばにいたかしら……』

「……ああ。本当にごめん」


 えっぐ、えっぐと嗚咽を漏らす精霊の姫。きっと彼女はずっと叫んできたのだろう。目を背け、見ないふりをして、自分は一人だなんて吐き捨てた彼にそれでもずっと。

 セラが契約するのはアザミ・ミラヴァードだ。魔王シスルじゃないから、その声もその姿も彼には全く届かなかった。今、アザミを取り戻してやっと……届いたのだ。


『許さないかしら。絶ー対にあたし、アザミのこと許さないかしらっ!』


 ぐすっと涙をぬぐい、セラはそっぽを向く。その肩は小刻みに震えていた。きっと怖かったことだろう。その気持ちはよくわかる。だって、アザミと同じだ。周りに誰もいない、誰も自分を見てくれないという状況の中で必死に呼びかけるも声が届かない。もしかして、このまま一生涯気づいてもらえないんじゃないかって。その独りになる恐怖を、ただ謝っただけで許してもらおうなんて虫が良すぎる話だろう。


「じゃあ、許してくれるまで離さない。俺も絶対に、な」


 アザミはセラの手を握る。霊体化していたって契約者であるアザミにかかれば彼女に触れることは容易。震える手を、冷たい手を温かくそっと握るアザミ。


『……馬鹿っ、かしら』


 一度は拭った涙。それは再び大粒の雨となった。これだけで許されるだなんて思っていない。でも、これを信じる一歩にしようと思った。先の見えない暗闇を、踏み外すことを許されない一本道を、共に歩く仲間として。アザミに握りしめられたその右手を、セラはそっと握り返した。もう……二度と離さないように。


「……サキア、セラ」


 アザミはその名を呼ぶ。これから共に歩む、世界を救うという責務を共に負った者たちへ。


「俺についてきてくれるか?」


 その表情にはもう迷いはなかった。絶望も、諦めも、恐怖だってそこには無い。もうとっくに沈んだ夕日。月明かりの下、幾星霜の下に立つ彼はもう一人なんかじゃなかった。

 だから、サキアもセラも返事をしない。しなくたって答えは決まっていたからだ。あらためて言われなくても、とっくの昔からそのつもり。


 サキアは彼の背中をポンッと快活に叩き、セラは霊体化を解いて彼の右腕にギューッと抱き着く。そんないつも通りで微笑ましい光景。でも、不思議とそれは新鮮に思えた。心の内を吹き抜けていく風を一身に吸い込んで、アザミはザッと一歩踏み出す。再び、あの真っ暗な先の見えない一本道へ。でも……その足取りはいつもと比べて、どこか軽そうに見えた。


 * *


 山を越えればあとは下り、というのは現実世界の“山”の話だそう。

 物語においての“山”とは、越えたとて必ずその次が下りで楽になるとは限らない。時に、山を越えた先がまた次の山ということだって……珍しくないだろう。


「ふーっふっふっふっ……! ついに、ついにこの日が来たわね!」


 その自信に満ち満ちた声は静かな夜をぶち壊し、似つかわしくない中で響いた。声の主は左手を堂々たる振る舞いで腰に当て、右手は身長以上の長さを誇る杖を握る少女。ヒューッと吹いた砂交じりの乾いた風は、少女の二つに括った空色の髪を流麗に揺らす。闇の中で、その青々と海を溜め込んだみたいな瞳は星明りのごとく輝いていた。


「さぁ、喝采なさい! 絶賛なさい! 可愛がり、称えなさい! こ、れ、、が! 超絶華憐、完全無欠な美少女錬金術師っ!」


 クイッと腰を振り、短いフリルスカートがふわっと揺れる。ニーハイソックスとスカートの間に広がる絶対領域はむちッと肉付きよく、それは女の子らしい柔らかさを兼ね備えていた。全体をふわふわとした可愛らしい恰好で統一する、それは自分で自分のことを一番可愛いとか言っちゃう、たいそう自信家な女の子。ふふんっ、と、迷いとか謙遜とか、そういう類の感情とは無縁そうな表情で、その少女は魔都アスランの城壁をジッと見上げ言い放つ。


「世界よ、ここにいるのが正真正銘っ、本物のミリャちゃんなんだからねっ!」


 その名を、隠すことなくそれはもう堂々と自信たっぷりに。まさか知らないはずなんてないでしょう? 少女の覗かせる白い歯はまるでそう言っているみたい。


 出迎える者がいないということに唇をすぼめて若干不満そうにしながら、その少女……“ニーハイミニスカツインテロリータ錬金術師”なんて盛り盛りな属性を持つ少女、ミリャはスタスタとアスランの城門のほうへ歩いていく。

 


 山を越えてみれば、その先はまだまだ山が続く。まだ世界魔法の旅は始まったばかりだ。

記念すべき1000話目に相応しいのは何かと考えた結果、選ばれたのはアザミが立ち上がる話でした。


※今話更新段階でのいいね総数→3340(ありがとうございます!!)

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