4月19日(金)☽:―大倉蘭子の夢―
【京一】
「姫様。城の周りをうろついていた怪しい者をひっとらえました」
きりっとした良い声でそう言い、玉座に向けて僕を差し出す兵士。
自分の目線が低い。
体格は例によって小学校に上がったばかりの時分の状態だ。
そんな僕では、ここのドーム状の天井はもう遥か天空のように高い。
ここは、城である。
キューピーに付いてもやの中を推進し、抜けた先は森の中だった。
木々に囲まれた中に、明らかに人の手で舗装された道があり、それを進んでいくと森の中にどっしりと居を構える大きな城が現れたのである。
あきらかにファンタジーな雰囲気、イブの夢で開幕早々にドラゴンに食べられそうになったのを踏まえると、何かよからぬものがとび出してくることもあり得なくない。
そう思い、警戒して周囲からその城の様子を伺っていたところ、巡回していた兵士に捕まってしまったのだ。
兵士に、とはいっても、彼が兵士だというのは状況的にそう言えるのであって、単純にその外見からは彼を兵士だとは認識できない。
ここは城の中。
その中でも一番大きな部屋、イメージで言えば謁見の間という感じ。
部屋の入口の方から赤いカーペットが長くまっすぐに続いていて、その先には可愛らしい装飾が施された椅子がある。
僕を引いてきたやつだけでなく、カーペットを挟むようにしてずらりと同じ外見の兵士が並んでいる。
「まあ。だめよ『マリオ』! その人はきょーいち君、おともだちだよ!」
慌てた様子でそう言って玉座を降り、とたとたとこちらに駆け寄って来る少女。
「な、なんと! 姫のおともだちでしたか、それは失礼を!」
『マリオ』、と呼ばれた兵士はすぐさま僕の拘束を解き、敬礼して一歩下がる。
その厳格な所作に反して、もふ、と気の抜けた足音が鳴る。
「いらっしゃい、きょーいち君。えへへ、ゆっくりしていってね」
そう言って、幼い頃の姿でクララは笑う。
正直、本日昼間に見た笑顔と全く変わらない。
体も、成長はしているはずなのだが、今なお『幼い雰囲気』を残しているためか、夢の中のこの姿を見ても何ら違和感がない。
ここは、大倉蘭子の夢の中である。
森の中の大きな城。
そして彼女は姫。
クララらしい少女趣味の世界観というわけだ。
何より、『マリオ』とかいうこの兵士の姿こそ、彼女らしさの表れである。
僕を捕らえ、ここまで連れてきた兵士は、クマのぬいぐるみだった。
子供の僕らと同じぐらいの大きさで、動き、喋る。生きたぬいぐるみなのである。
小さい頃、外で遊ぶときもいつも小脇にクマのぬいぐるみを抱えていたし、何より現に手芸部に入りたがっているのも、ぬいぐるみが好きだからだ。
その趣向が、この夢世界の形成の根源になっているわけである。
「みんな、きょーいち君と仲良くするんだよ?」
クララがそう言うと、その場にいるぬいぐるみたちが頷いて、にっこりとほほ笑みながら一斉に僕を見てくる。
確かにその笑顔は一様に好意的なものだが、
これほどたくさんのぬいぐるみたちに一挙に笑顔を向けられるのは少し怖い。
夢に出てきそうだ、と思ったが、これがすでに夢なのだった。
「兄貴、兄貴!」
そのとき、もふもふ、と柔らかい足音を鳴らしながら、僕らのもとに別のぬいぐるみがやって来た。
その名前の呼び方に、怒気が含まれている。
兄貴、と呼ばれたのは、僕を捕らえてきたぬいぐるみ『マリオ』だった。
「なんだ、ネイサン」
「兄貴、このやろう、休憩室に置いてあったおれのプリン、食べやがったな!」
「なんだプリンぐらいで怒ってんじゃねえよ、男らしくねえ」
「プリンに男も女も関係ねえだろ、俺のプリン返しやがれ!」
「食ったもんを返せるわけねえだろ」
……なにやら二体のぬいぐるみが僕の目の前で揉めだした。
「おい、お前ら。姫君と客人の御前だぞ、よさないか」
そこへ、さらにもう一体のぬいぐるみが割って入って来る。
「なんだエイゼア、お前は関係ねえだろが」
「俺はお前ら二人の兄だ、関係はあるだろ」
「うっせえ。ひっこんでろ」
「兄に向かって引っ込んでろとはなんだマリオ!」
「そうだそうだ引っ込んでろ!」
「ネイサン、お前まで! くそ、生意気な口をきくな」
そして三体入り乱れてわちゃわちゃと喧嘩しだした。
ぬいぐるみなので殴り合いでも痛々しくは見えないが、だが明らかに穏やかな空気ではない。
……なんだこの展開は。
童話的雰囲気の城の中で、ぬいぐるみたちが喧嘩をする、一体どんな世界観なのか。
「な、なんだ、あいつら……。どうしたんだ?」
「あの三人はね、兄弟なの。エイゼアが一番のお兄さん、次にマリオ、末っ子がネイサンよ。三人はいっつもケンカばかりしているの……」
幼い姿のクララが、ふう、と息をついて言う。そして、静かに彼らに近づいていく。
「エイゼア、マリオ、ネイサン。三人とも……」
クララは力なく彼らの名を呼び、そのまま弱々しく言う。
「け、ケンカしないで……、そんなの私、悲しいよう……」
言いつつ、ぽろぽろと涙を溢した。
それを見て、三体のぬいぐるみは、はっと動きを止めた。
あわてた様子で彼女のもとに駆け寄る。
「な、泣かないでクララ姫! ほ、ほら、もう喧嘩しませんよ!」
「そうです、おれたち仲良しだから!」
そう言って肩を組んで、仲が良いことをアピールするぬいぐるみの兄弟たち。
「ほんと……? もうケンカしない?」
「しないしない!」
「……えへへ、じゃあ良かった。仲良しなんだね!」
涙をぬぐい、ぱっと明るい笑顔に変わるクララ。
「「そう、仲良し!」」
ぬいぐるみの兄弟が声を揃える。
そしてその他のぬいぐるみたちも、わっと笑って『仲良し』コールをする。
大きな広間が、爽やかな空気で充ち満ちていく……。
「みんな仲良し。みんなが楽しくて笑顔になれば、私も楽しい! みんな幸せで私も幸せ! えへへ。そうだよね、きょーいち君?」
屈託のない笑みで、僕にそう聞いて来るクララ。
「え、あ、うん……、そうだね」
「そうだよね!」
同意を得られて嬉しいのか、ぴょんと跳ねるクララ。
「あ、そうだ、これから町の方へ行こうよ、きょーいち君」
「町の方へ? な、なんで?」
「あのね。テディスキー通りに住んでる、デレクくんとスーザンちゃんって子たちがいるの。あの二人、おたがい相手のことが好きみたいなのね」
「へ、へえ……」
「だからね、バレないようにこっそり二人を後押しして、想いを告げさせるの!
お城のみんなと一緒にね、さくせんは立ててあるんだあ。
……えへへ、やっぱり好きな人同士は、ちゃんとくっつかないとね! 二人が幸せになれば、私も幸せ! だよね、きょーいち君?」
「…………」
またも、屈託のない笑顔を向けてくるクララ。僕はただ、求められるまま同意するしかなかった。
「そ、そうだね」
「そうだよね!」
純真で穢れのないことを無垢という。
彼女のその笑顔は、まさしく無垢と言えるだろう。
でも無垢な笑顔というのは、間近で見るといささか恐怖を覚えるものらしい。
彼女が幸せそうに笑うのを見ると、なにか、心を掬い上げられるような、曰く言いがたい感情になった。
それから僕は言われた通り、クララと共に町へ行き、デレクとスーザンとかいうぬいぐるみをうまく引き合わせる作戦に協力させられた。
事はすべてクララの思い通りに進み、その男女のぬいぐるみは見事に結ばれることとなった。
幸せそうにするペアのぬいぐるみを見て、クララも幸せそうに笑っていた。
僕も合わせて、笑顔を作った。
内心、爽やかな気持ちでいっぱい、というわけではなかったが。
…………
……
ひとまず、薄紅色のもやの中へと戻る僕。
クララの夢。少し、複雑な気持ちになってしまった。
「フム。これでクララチャンと夢世界でつながりが出来マシタ。あと、もう一人なのデス。このまま、続けていっちゃいマショウ、京一サン!」
キューピーが、溌剌と言う。
しかし対して僕は、どうにも張り切れなかった。
「どうしたんデス、京一サン。なにやらやる気が感じられないデス。何か問題デモ?」
「いや、まあ、別に問題はないけどさ」
クララの夢世界を垣間見て、少々辟易してしまったのもある。
しかしそれだけでなく、単純にあまり気分が上がらない。
これから向かう夢世界に対して、どうしても関心が湧かないのだ。
……何を好き好んであの野郎の夢世界なんぞ覗きに行かなきゃならんのか。
正直、どのような世界が待っているのかも、ある程度予想はつくのだが。




