4月19日(金)☀⇒☽:とっておきの写真
【京一】
教室に入り、席に着く。
幼馴染と淡泊な挨拶を交わし、ちょうど授業開始前の予鈴が鳴るころ、ポケットに入れていた携帯電話が震えた。メールだ。
『おはよ。まだちょっと微熱だから、今日も休んでるんだ』
差出人は、イブであった。
意外だった。
彼女とは連絡先の交換はしていたが、メールのやり取りなどあまりしない。
しかもこの文面。
なにか用事があるときならいざ知らず、ただの挨拶。
まあ、深くは気にせず、僕は急いで『おだいじに』とだけ打って、返信をした。
さきほどから凛が鋭い視線を送ってきている。
もうすぐ授業が始まるのになにケータイいじってんの、と、その目が言っていた。
携帯電話を鞄にしまったのと同じタイミングで、一限目の担当教師が教室に入って来て、凛が号令を出した。
記憶が途切れ、次に気がついた時には一限目が終了していた。居眠りしていたらしい。
そういえばと思い出して、鞄から携帯電話を取り出すと、イブから『うん。ありがと』とだけ返って来ていた。
やはり特に用事があったわけではなかったのだなと思い、また鞄に仕舞い込もうとしたところで、メールの受信画面に切り替わる。
またイブからメールだ。
おそらくこの授業の合間の休憩時間を見計らって送って来たのだろう。
『見て見て! かわいいでしょ』
という文面と共に、添付ファイルが貼られている。
開いてみると、それは彼女の自慢のペット、フトアゴヒゲトカゲのドラコの写真であった。
……急になんだ?
ただの挨拶の次は、ペットの写真。
やはりなにか要件があるわけではないらしい。
トカゲに関して盛り上がりたいなら晃の方に送ってやれば良いのに。
訝しみつつも、とりあえず『かわいいな』と返す。
するとまた立て続けに写真がバンバン送られてきた。
全身を写したもの、手や足やしっぽのアップ、顔のドアップ、様々なアングルのトカゲの写真が、何枚も何枚も送られてくる。
そんな調子で、ちょうど授業の合間を見計らって、彼女は僕にペットの写真を送りつけてきたのだった。
もはや僕のリアクションを待たず、ほぼ一方的に。
ひとつひとつにコメントもついていて、彼女のトカゲ愛がひしひしと伝わって来る。
すなわちその感情を基盤としてあの夢世界が形成されているわけだ。
訳が分からないが、とにかく僕は彼女から送られてくる写真を眺める。
何枚も写真を見ていると愛着心に似たものも芽生えてきて、確かに多少かわいげがあるようにも見えてきた。
そのままつい見入っていたが、『これ、とっておき! お食事中!』との文面と共に添付されていた写真を見て、僕はそのまま携帯をそっとポケットにしまった。
……何を以ってして『とっておき』なのか、それはドラコが生餌のコオロギを捕食する写真だった。
今から昼休みだというのに、勘弁してほしいものだ。
・・・
「今日も美代ちゃん、休みなんだ」
クララが寂しそうにそう言って、僕と晃の座るテーブルへやって来た。
「京一君。まだ凛ちゃんからは、入部の返事もらえてないんだよね」
「まあ……」
本当は保留でもなんでもなく、一度はっきり断られているのだが。
「でも、ま、お前が押せば、なんのかんの凛は承諾してくれると思うぜ。なんたって幼馴染だし」
晃が、定食の沢庵をぽりぽり噛みながら言う。
「うーん……、京一君が凛ちゃんのことを引き入れてくれたとしても、美代ちゃんがあの感じのままじゃ、良くないよね。ハッキリ嫌だとは言ってないけど、乗り気でもないもん」
確かにイブは、口では、本心を語っていない。
実際その本心では凛とまた仲良くしたいと思っている。
しかしそれは心の奥底、深層部で考えていることであって、それが表層部に浮上しない限り、その気持ちを素直に態度には出さないだろう。
「まあでもイブは今日まで休みになっちまったし。いいんじゃね、凛さえ入ってくれれば廃部は免れるんだから。イブが乗り気かどうかとかはこの際どっちでも」
クララとは対照的に、非常に楽観的に言う晃。
「でもでも、やっぱり昔みたいに五人そろって仲良くなれれば、それが一番いいよ?」
「つってもなあ、イブは今日まで休みになっちまって、そんで土日の間は会わねえだろうし。
入部申請の締め切りの月曜まで、ちゃんと話しもできねえよ。
ていうか、今のうちに、やっぱり宮本に入部をお願いしておいた方が手っ取り早いんじゃね?
このままイブと凛を会わせても、気まずくなって、むしろ余計にぎくしゃくしちまうかもしれねえし」
投げやりな感じで言う晃に対し、クララが焦った様子で口を開く。
「あ、あのね。前からね、次の日曜日に、美代ちゃんとお買い物に行こうって約束をしてたの。
そのときにはもう風邪も治ってるだろうし。
だから、美代ちゃんと会ったときにちゃんと、凛ちゃんに入部してもらいたいの、って私から言うから。
しっかり言えば、きっと美代ちゃんも受け入れてくれるよ! だから大丈夫、うん!」
半ば自らに言い聞かせるような言い方である。
晃も、一応イブのことを考えているのだろうと思う。
無理に凛と引き合わせて、余計に関係がこじれてしまうのは避けてやりたいのだ。
ただまあ、こいつの場合はわざわざ夢で問うまでもなく本心は察せられる。面倒ごとに巻き込まれたくないだけなのである。
・・・
その日の夜。
「ドモドモ京一サン!」
「はいはい。どーも」
例によってもやの中から元気よく飛び出してくる小人。
始めはこの小人を前にして、訳が分からない存在として完全に引いていた。
しかし、今になれば、ある種の相棒のように見えてくる。
なんといってもこいつがいなければ、これから行おうとしていること、その発想さえ得られなかったわけである。
昨日、イブの本心を聞けた。
凛とまた仲良くしたいということ。
ただ、それはあくまで心の奥底の本音の部分である。その感情は表層意識にはない。
要は、それを表層部にまで浮上させてやらなければならないのだ。
問題の根本の部分は、小学校の頃は五人で仲良く遊んでいたのに中学生になってからは凛と疎遠になってしまったということにある。
親しい関係から気まずい関係になってしまったのだ。
ならば、仲良く遊んでいたあの頃の感情を『思い出せば』良い。
例の、調理実習のチョコの件と同じだ。
子供の頃、凛からもらったチョコケーキを食べて気分が悪くなってしまった出来事があった。
それと同じ状況を夢で見て、翌朝に凛はそのことを思い出していた。
「昨晩おっしゃってた京一サンの計画を改めて確認しまショウカ。
夢世界で、お友達みんなを集めて、子供の頃に一緒に遊んでいたときの情景を作り出す……、すなわち『昔の再現』をするんデスネ。
夢で子供の頃の情景を見せることで、意識の深層に眠っている『あの頃の感情』を表層意識まで呼び起こす、フム、とっても良い考えデスヨ!」
「それは可能なんだろ?」
「エエ。でも、いきなり五人を一つの夢に集めることはできまセン。
あらかじめ夢世界の中の道を開いておかなければ。
凛チャンとイブチャンの夢にはすでに行っているので良いデスガ。
あとの二人は、まずその人の夢世界に、京一サンが行ってあげなくてはならないのデス」
「わかった。じゃあ、『案内』をたのむよ」
「おまかせクダサイ! じゃあ、まずは――」




