4月18日(木)☽:明晰夢の活用法(戦略編)
【京一】
「いかがでしたカ京一サン」
イブの夢からもやの中へ戻り、小人が聞いてきた。
「うん。聞きたいことは聞けたよ」
「ふふん」
なにやら、にんまりしてこちらを見てくる小人。
「なんだよ?」
「イエ、京一サン、なんだか満足そうな顔をしてますカラ」
まあ、そうだろうか。
イブから聞けたのは、まさしく僕が聞きたかった答えだったから。
「しかし京一サン。夢世界に行けば本心を聞けるだなんて、そんなことどうして知っていたのデスカ?」
「ああ。なんか担任の先生が、やたらと夢について詳しい人でさ。その人が言ってたんだ」
「へえ、担任の先生ネ……」
「お前に雰囲気が似てて、胡散臭い人だけどな」
「エ、ワタシと似てる?」
なぜか自慢げに、胸を張って言うキューピー。なんだこいつ。
「しかし京一サン。正直言いますと、夢世界でその人の本心を聞けたからと言って、あんまり現実でなにかできるわけじゃないのデスヨ?」
「え? なんで?」
「だって、この世界での発言は確かに剥き出しの本心。その人の心の奥底で思っている正直な本音デスガ。
でも、あくまで『心の底』での話で、現実の意識上でその気持ちを本人が自覚しているとは限らないのデス」
「なにそれ、どういうこと……?」
話が難しくてイマイチ分からない。
この夢世界で語られたことは、心の奥底で考えている本心……。
でもそれが現実で意識しているとは限らない……。
そうか。
例えば凛は、『マジカル☆マリーちゃん』を模した『マジカル☆リンちゃん』の世界を、夢の深層部で築いている。
しかし。現実で凛に
「凛って今でも『マジカル☆マリーちゃん』のこと好きだよな、自分も魔法少女に変身して悪と戦いたいって願望があるよな」
なんて言ったって、肯定されるわけがない。たぶん「意味わかんないんだけど」、と一蹴されて終わりだ。
あれは彼女の子供の頃の心象を基に形成された夢世界。
魔法少女への憧れは、今でも凛の心の奥底に強く根付いている感情であれども、それを意識上で彼女が自覚することはないのだ。
だから、さっきイブが言った「凛は友達だし、嫌いになんかなっていない」というのは、
確かに彼女の掛け値なしの本心ではあれども、現実でそれをはっきり態度に出すとは限らない……。
先日、手芸部に凛を誘うつもりだと言ったとき、イブは複雑そうな顔をしていた。
僕は、夢でイブの本心を聞き、彼女が凛とまた仲良くしたいと思っているならば、それでもう問題はないと思っていた。
表では「凛と話すのが気まずい」とは言いつつも、本音は仲良くしたいと思っているなら大丈夫だろう、と。
しかしそうではない。
あくまで心の奥底で考えている本心。素直にそれを表に出せるとは限らない。
というか、簡単に本音を言えるなら、ならば始めから凛を誘うのに乗り気な姿勢を見せるはずじゃないか。
いや、よくよく考えれば問題はそれだけじゃないのだ。
凛に入部を承諾してもらわなければならない。
一度、彼女には入部を断られている。凛もまた、イブと話すのは気まずいと感じているから。
凛は、イブに嫌われてしまっているかもしれないと懸念していたのだ。
それは事実ではなかったが、僕が「イブは凛のことを嫌いなんかじゃないよ」と言ったところで、気休めにしかならない。いや気休めにすらならないかもしれない。
結局のところ、
僕ら四人と凛との間に、疎遠になっていた期間があること、
それが何より問題なのだ。
子供の頃は仲が良かった。
しかし、空白期間があったために、距離が出来てしまった。
…………。待てよ。
ふと、既視感のような、不思議な感覚が芽生えた。
頭の中で、線香花火のような小さな火玉が、ぽっと弾けた気がした。
今、僕の頭の中で、
近頃体験したこと、
あるいは他人が言っていたこと、
それら色々な情報が集積していっている。
パズルのピースが埋まっていくように、一つの考えに収束していく。
今日の図書委員での、宮本の言葉を思い出す。
『私思うの。小さい頃の友情って、そうそう消えたりはしないはずだよ。友情がなかった事にはならない。仲良かったときの気持ちを少し忘れちゃってるだけ』
それは事実だった。
確かに、イブは昔の仲の良かった頃の気持ちを失ってはいなかった。
宮本はこうも言っていた。
『ホラ、ちょっとしたきっかけで、ずっと昔の頃の印象を急に思い出したりとかするじゃない? よくここで遊んだなあ、とか、あのアニメ大好きだった、とか。
……小さい頃の記憶って、忘れてるだけで、心の底に眠ってるんだよ』
宮本の言うように、何かのきっかけで昔の記憶を急に思い出すということは、ある。
普通にあるあるだと思うし、僕も経験したことがあるが、
何よりも、つい先日その現場を垣間見たのである。
思い返すは、調理実習があったあの日。
凛が、自らのグループで作ったチョコケーキを分けてくれた。
そのとき彼女は僕に対して、昔からチョコが好きだったでしょ、と言っていた。
しかし僕が好きなのは固形チョコに限られるのであって、生っぽいのは苦手なのである。
その日の夢、『マジカル☆リンちゃん』は、当日の調理実習での印象が影響してか、同じくチョコに関する内容だった。
そして、夢の中の凛は、怪物を倒したのちに出来上がったチョコケーキを、僕に差し出してきたのだ。
夢の中ならば大丈夫だろうかと高をくくって、僕はそれを食べたものだが、しかしそう都合良くはなく、気持ち悪くなってしまった。
それを見て凛は謝ってくるし、僕は謝り返すし、……まったく、昔あった出来事をなぞらえたような状況になった。
そして、その翌朝である。
凛が、前日にあげたチョコケーキのことを聞いてきた。
曰く、僕が生チョコを苦手だということを、その朝になって不意に思い出したのだという。
それは、夢を見たから。
子供の頃の出来事を再現するような状況を夢で見て、目が覚めた後にそのことを思い出していた。
もちろん深層部での夢なので、その夢自体を覚えているわけではないが。
『ちょっとしたきっかけ』で、昔の頃の印象を急に思い出す。
この一件がまさしく、宮本が言うそれだ。
宮本の言っていたこと、あるいは先日のチョコの件、
これらを踏まえれば、とある考えが浮かぶのだ。
僕は、自分の考えていることを小人に話した。特に、それが可能であるのかをこいつに確認しないと始まらない。
「フム、フムフムフム……、なるほど、それは可能デスヨ」
興味深そうに僕の話を聞いてから、小人はそう言った。
「しかし……。なんというか、さすがデスネ」
「は? なにが?」
「イエネ、さきほども言ったように、明晰夢の力……、とりわけ夢世界を渡航する力というのは、すさまじい力なのデス。
もし悪用しようとすれば、それはもうとんでもないことになっちゃいマス。
……でも京一サンは、こうしてお友達のために良いことをしようとしている。
ふふん、やっぱり、ワタシの見込み通りデス。夢の案内人として、ワタシは誇らしい限りデスヨ、いやホント」
そう言って、腰に手を当てて堂々と胸を張ってみせるキューピー。
やはりこいつはアクションがいちいち芝居がかっている。
相変わらず腹が立つが、しかし明日もまたこいつの手を借りなければならない。
多少の苛立ちなどは目を瞑ろう。
「もうそろそろ夜が明けマス。明日から、京一サンのその計画、ワタシがしっかりお手伝いして見せまショウ!
……では京一サン、また明日、夢でお会いしまショウ」




