71:せっかく屋敷に侵入したのに敵が多すぎる【蓮SIDE】
屋敷の中は外見と見合わないほど広く、尋常ではない数の不自然なドアがあった。
この不思議な感覚は先日経験したことがある。外見に合わない広さ……空間魔法とやらによるものだろう。
隣にいたレックスが「厄介だな」と呟く。
「これは順番通りに正しいドアを開けないとたどり着けない特殊な魔法罠だな。下手したら迷って出れなくなるぞ」
「えぇ……これじゃあ桜とローズを見つけられないじゃないですか!」
『いえ、私たち妖精は妖精女王様の気配を辿ることが出来ます! 妖精のリーダーとして、私に着いてきてください!』
そうヘクトルが先頭を切って飛んでいく。普段はレックスのポケットに隠れているヘクトルだが、こういう時はやる男だ。
頼りになるヘクトルを追って、俺たちは走り出すのだが……。
最初のドアをくぐるなり、爬虫類の魔物が待機していた。
頭は蛇で、体は人型。なんとも歪な魔物だ。シューシュー舌を出して、こちらの侵入に気づくなり寄ってきた。
「くっ、リザードマンか。まさか魔物まで飼っているとはな」
「調教の跡がありますわ。おそらく侵入者を排除しろと叩き込まれているはずです。それに野生よりも強い猛毒を秘めている可能性もあります。体液に触れず、迅速に倒す必要がありますわ!」
優秀なリリスの鋭い分析を聞き、俺はゾッとした。
おいおい、体液を散らさずにって……それじゃあ剣は使えないんじゃないのか? あいつらの身体を切ったら猛毒の血が飛び散ってしまうってことだよな?
ここで、一歩前に出たのはデュナミスだった。
「みんな、ここは私に任せてくれ」
「はぁ!? 何言ってんだデュナミス。魔物は五、六体いるんだぞ? みんなで一緒に——」
「何も分からない現状で皆に無駄な体力を使わせるわけにはいかない。大丈夫。私を信じて」
そう強く言われてしまうと、俺は黙ってしまう。
デュナミスは「ありがとう」と微笑み、剣を鞘に収めたまま腰から引き抜いた。鞘を固定していたベルトはそのまま床に落とす。
どうやら刃で切らずに鞘で殴るらしい。見たところ、リザードマンの体表の鱗はかなり硬そうだが、本当にそんなことできるのか?
……いや、友達を信じなくてどうするんだ。俺たちはとりあえず今はデュナミスを見守るしかない。
ただ、デュナミスになにかあった時のためにすぐに動けるようにしておこう。
「アイレム、私に力を貸してくれ」
「はいっ! ご主人様っ!」
アイレムが生み出す風を感じた瞬間。
デュナミスは目にも止まらぬ早さで部屋を駆け回った。リザードマンの目玉が飛び出しそうになってそのまま倒れたと思ったら、次は隣のリザードマンが倒れていく。
左右に目を動かして、なんとかデュナミスの動きを追うが、速すぎて頭がくらくらしてきた。
剣は男の俺でも重いんだぞ!?
だというのに、剣を持ったままあんなに早く走れるなんて人間業じゃない。しかも思い切り振り回しているというのに!
気づいた時にはすべてのリザードマンが痙攣をおこしながら倒れていた。
あっという間だ。これが、デュナミスの実力だっていうのか!?
デュナミスは腰に剣を固定しながら、俺に微笑みかけた。
「私の剣にもう迷うものはない。大切な人を守るために振るうのみ。サクラは絶対に私が守ってみせる。だから安心してくれ、レン」
「デュナミス……」
力強くそう言ってくれるデュナミスに、俺は口角を上げた。
デュナミスはここ最近、桜と距離を置いていたみたいだが、なんかよく分からないけど吹っ切れたみたいだ。こんなに頼もしい仲間は他にいないだろう。
……なぁ、桜。俺たち、周りの友達に恵まれたよな。
今思うと、転生初期の俺は一人でこの世界の運命と戦わなきゃいけないと思ってた。一人で桜を守らなくてはと必死だった。
だけど、この世界で過ごしていくうちに——少しは周りに頼ってもいいんじゃないかって思い始めた。
——『大丈夫、お前もお前の妹も余が守ってみせる。言ったではないか、余はお前が大切にしているものを全て含めてお前を守ると』
俺は不意にレックスの言葉を思い出す。
そうか、俺がそう思えるようになったのは、レックスの言葉のおかげだ。レックスがああ言ってくれたから、俺はなんだか肩の力が抜けたんだ。
悔しいけど、正直めちゃくちゃ救われた。俺の大切なものごと俺を大切にしてもらうって、なんだか変な感じだけど。でもやっぱり嬉しいし、ありがたい。
……やっぱりレックスには後でちゃんとお礼をしないとな。
その後、俺たちはデュナミスやレックス、リリス、妖精たちの活躍によってどんどん先に進んだ。
奥に進むと、屋敷の壁や天井に木の根のようなものが増えてくる。それらはドクンドクンと脈打っていて、気持ち悪い。
随分と巨大な根だ。しかもあちこちに生えている。少しだけ触ってみたけど、生暖かくて、なんだか体温が奪われていくような不思議な感覚がした。
ふと後ろから抱きしめられる。逞しい手が俺の手に重なった。
「レン。気味の悪いものに触るな。どこに魔法罠が隠されているか分からないんだぞ。心配するだろう」
「あ、はい。すみません」
レックスの吐息が耳元を掠り、俺はドキッと鼓動が跳ねた。俺は無意識に胸を抑える。
やっぱりなんか大切にされているって感じがするんだよな……。この感覚はどうも慣れない。
『なんだかこの根っこ、気持ち悪いです』
『はい。禍々しい寒気がします。妖精女王様、大丈夫でしょうか……』
俺の傍に控える妖精たちが青い顔をしてそんなことを言う。妖精たちがこう言うんだからやっぱりこの根はよくないものなのだろう。
この根の根源には一体何があるのだろう。ゲームのシナリオにこんなイベントあったか? 覚えていない。少なくともリリスルートにはなかったはず。
正直、あまり関わりたくない。
だけど、何回考えてもやっぱり俺にとってどんな化け物よりも桜を失う方が怖いんだ。だから俺は前に進むしかない。
魔物が出る度に倒して、前に進む。それを繰り返していけば、ついに広い場所に出た。
そこで絶句する。今まで通ってきた部屋は室内だったが、その空間だけは違った。森だ。
あちこちに苔だらけの岩や木が配置されており、その中央に学校の校舎と同じくらいの巨大樹が生えていた。
靴の裏から湿った土の感触がする。匂いも雨が降る前の土が濡れた匂いがする。
「ここって室内ですよね? なんで、こんな……」
「見て! 中央の巨大樹、脈打ってるわ。今まで見た根はあの巨大樹のもので間違いなさそうですわね」
リリスが指差す方を見てみると、たしかに巨大樹の幹や根がドクドクと脈打っている。
木の上部には黒い葉と対照的に強く光り輝く純白の実がなっていた。それも複数。
その純白の実の輝きにはどこか見覚えがある。
妖精たちがその答えを教えてくれた。
『あ、あの樹から妖精女王様の魔力を感じます!』
「なんだって?」
俺たちが険しい顔で純白の実を観察していると、巨大樹の根元から声が聞こえた。
誰かが巨大樹の影に隠れていたようだ。皆で警戒態勢をとる。
「ようこそ、私の隠れ家へ。歓迎するよ、お客人」
「ッ!? 誰だ!」
「素晴らしい魔宝樹だろう、これは私の最高傑作なんだ」
そう人のいい笑みでこちらに微笑みかけるのは──俺たちが知っている人物だった。




