【電子書籍配信記念の番外編】夏の星夜の舞踏会 中編
晴の刻(午後三時)までは自由にしていいってルークが言っていたから、私はいつも通りポーラさんの店で枕カバーを縫った後、サロンにお昼ご飯を食べに来ていた。途中でシャーロッテ様も来られて、お話していたら血相を変えて伝令兵がやって来た。
「大変です、王女殿下! ナイトフェザー侯爵子息の乗った馬車が走行中に故障し、その際足を怪我されたそうです。それで今夜のパートナーは務められそうにないとのご連絡が。誠に申し訳ありませんと深く謝罪しておられたそうです」
「それは災難だったわね。こちらは気にしなくて良いから、無理をなさらないよう伝えて下さる?」
「かしこまりました」
伝令兵が去った後、シャーロッテ様は小さなため息をこぼされた。
「そんなしんみりした顔しないでちょうだい、リア」
「シャーロッテ様、今夜の舞踏会を、とても楽しみにされていたではありませんか」
ルークが練習に来られない時はシャーロッテ様がダンスレッスンに顔を出して、色々教えてくれた。前回はまだ成人していなかったから参加出来なかったらしくて、今回開かれるこの舞踏会をとても楽しみにされていたのに。
「パートナーが居ないと踊れないし、仕方ないわ。五年に一度の貴重な機会だけど、今回は諦めるわ」
「それでしたら、アシュレイに頼むのはどうでしょう?」
「え、そ、それは……! む、無理よ、だってアシュレイはいつも妹さん達をエスコートしているから……」
アシュレイ、妹さんが居たんだ。
「一応、聞くだけ聞いてみましょう?」
「ええ、分かったわ」
団長サマはルークと一緒に今夜の舞踏会の準備をしているはずだ。護衛騎士のお兄さんに頼んで、アシュレイの所へ案内してもらった。
流石は五年に一度の気合いの入った舞踏会。会場に着くまでも夢の国に居るかのような絢爛豪華な飾りつけが施されている。
「リアに姉上まで、どうしたのだ?」
会場に入ると、こちらに気付いたルークが声をかけてくれた。
「実は今夜シャーロッテ様をエスコートして下さる方が、怪我で出席出来なくなったと先ほど連絡がありまして。代わりのパートナーを探していたんです。アシュレイにお願いできないかなと思いまして……」
「事情は分かった。アシュレイ!」
「はっ! 殿下、お呼びでしょうか?」
ルークの呼び掛けに、遠方に居たアシュレイは数秒で駆けつけた。流石は騎士の鑑だ。
「今夜の舞踏会、エスコート予定はあるか?」
「いえ、特には。妹達も婚約者と出席予定ですし、私は警備の方を……」
「それならちょうどよかった。姉上のエスコートをお願い出来ないか? ナイトフェザー侯爵子息が怪我をしたそうで、出席出来ないようなのだ」
「私で、よろしいのですか?」
アシュレイが目を丸くして、驚いた様子で尋ねた。
「むしろお前にしか頼めない。姉上と並んでも遜色ない背の高い男性は限られている上に、時間もないからな」
確かにヒールを履くと、シャーロッテ様はルークの身長を少し越える。ダンスを踊るには、リードする男性側の背が高い方が好ましいし。
「急な申し出でごめんなさい。よかったらお願い出来ないかしら……?」
なんか、アシュレイの顔色があまりよろしくないぞ。
「かしこまりました。私で良ければ謹んでお受けしたいのですが……その、ダンスにはあまり自信がなくてご迷惑をお掛けする可能性が……」
「確かにアシュレイが踊っている所を、俺は見たことないな」
「……私も、ありませんわ」
練習してくれるパートナーが居なかったからじゃ……流石にぶっつけ本番は可哀想だ。
「試しに少し合わせてみてはいかがですか? もし時間があれば……」
部屋を移して、試しに二人で合わせて踊ってもらった。その光景を唖然と見つめ、ルークは言葉を失った。
シャーロッテ様はアシュレイと踊れて嬉しそうではあったけど、あまりにもその技術に落差がありすぎた。
目の前の光景を端的に例えるなら、お姫様とロボットのダンス。ウィーン、ガシャって効果音つけたらもう完璧にロボットの動きだよ。
「…………アシュレイ、お前にも苦手なものがあったのだな」
遠い目をして、ルークがようやく言葉を絞り出した。
「何を言っているの、ルーク。アシュレイはダンス上手じゃない」
どうやらシャーロッテ様は、大好きフィルターと自分の技術力でカバーして、アシュレイが理想のパートナーに見えているようだ。愛の力ってすごいな。
「あの、シャーロッテ殿下。その、不都合はなかったでしょうか……」
「全然ないわ。完璧よ、アシュレイ。夜、楽しみにしているわ!」
「ご期待に添えるよう、頑張ります」
シャーロッテ様に褒められて、心なしかアシュレイは自信がついたようだ。良いことなんだけど、このままでは別の意味で注目されちゃうよ。
真実を伝えるべきか否か。迷っていると、ルークにちょいちょいと手招きされた。
「リア、流石にあれを舞踏会で披露したら……アシュレイの沽券に関わるぞ。何故姉上は気付かないのだ!? 踊っている本人が一番不便だろうに!」
「…………愛の力、ですかねぇ」
どうやらルークも同じ事を考えていたようだ。
「やはり止めた方が……」
「待って下さい、ルーク」
お黙りなさい! って一刀両断される姿しか想像出来なくて、裾を掴んで阻止する。
「本番は私が幻覚で何とかしますから。あんなに嬉しそうなシャーロッテ様に、今さら苦言を呈するのは気が引けます」
アシュレイと一緒にダンスが出来て、シャーロッテ様から幸せオーラがこちらまで伝わってくる。何なら背中に薔薇のエフェクト背負っているように見えるよ。幻覚なしですごいな。
「確かに……苦労をかけてすまないな」
「いえ、お任せ下さい。シャーロッテ様にもアシュレイにも日頃お世話になっていますし、二人にとって最高の思い出となるようお手伝いさせて頂きます」
これを良い機会に、二人の仲が少しは進展するといいな。
◇
会場に入る前に、アシュレイにはこっそりとイメージ操作の幻覚魔法を掛けておいた。
周囲から見たら、ロボットダンスではなく洗練されたしなやかなダンスに見えるように。このホール内に居れば魔法は届くから大丈夫だろう。
ルークにエスコートされて、舞踏会場に足を踏み入れる。
天井には豪華なシャンデリアがあって、白い大理石の床を明るく照らす。綺麗に着飾った男女がたくさん居て、園遊会の時より皆派手な装いをしている。昼と夜で雰囲気もだいぶ変わるんだな。
目の前の非現実的な光景に、まるで夢を見ているような気分になった。今までの出来事が実は全て夢で、いつか覚めてしまうんじゃないかと錯覚してしまうような。それくらい、今の自分が舞踏会に参加しているのが不思議な感じがする。
「リア、ボーッとしてどうした?」
「このような場所に居るのが、まるで夢のようだなと思いまして……」
隣には絵本から出てきたような王子様が居て、不安そうにこちらを見ている。
「夢にされては困る」
ルークの手が私の頬に触れて、こちらを見てと言わんばかりに強制的に視線を合わせられた。
頬に感じる彼の手の温もりは、間違いなく本物だ。
ルークは光魔法で人の不安を取り除いてあげる事が出来るけど、それは自分には効果がないらしい。確かに自分に効くなら、不眠に悩まされる事もなかっただろうしな。
そんな事を考えていたら、突然視界が塞がれた。
「……っ!? こ、こんな所で何をやっているのですか!」
「やっとこっちを見てくれたな」
「……え?」
「意識だけどこかに飛んでいただろう? 視線はこっちに向いているのに、リアの瞳に俺は映っていなかった」
確かに、言われてみればそうかもしれない。
「だ、だからって!」
こんな舞踏会場の人目があるところで口を塞いでくるなんて、恥ずかしいじゃないか!
「よく絵本に出てくるだろう。姫は王子のキスで目を覚ますと。それに意識が混濁したまま踊って転んだりしたら、大変だからな」
ぐっ、確かに正論だ。しかも本物の王子であるが故に、否定できない所が地味に悔しい。
「安心しろ、誰も見ていないさ。皆、自分達の事で頭が一杯だからな」
そう言われて周囲を見渡すと、確かに周囲の事を気にしている人が全く居ない。ブツブツと念仏のように聞こえるのは、ダンスの振り付けの細かい打ち合わせばかりだ。
何だろうこのピリピリとした空気感は。和やかな舞踏会というより、勝敗を競うダンス競技会って感じがする。
「皆さん、そんなに精霊様の祝福が欲しいのですかね?」
「滅多に受けられるものではないからな。確か前回優勝して祝福をもらったペアは、自領に宝石鉱山が見つかって王都の一等地に別荘を建てたとか」
なるほど、皆の目が本気になるのも少し頷けた。
「その優勝って、どなたがお決めになるのですか?」
「精霊様だ。ダンスが終わった後に、精霊様の目に止まり光り輝いたペアが祝福をもらえる。必ずしもダンスの技術的な上手さだけで決まるわけではないから、誰にでも可能性はある。だからリア、俺達も頑張ろう!」
「え、ええ。頑張りましょう」
お師匠様が審査員って事は黙っておこう。ルークの夢を壊してしまいそうな気がしたから。
世の中には、知らない方が良い事もある。お師匠様の基準は『面白いもの』だってことを。おそらく今回優勝出来るのは、一番奇抜なダンスを披露したペア。何となくそれは予想つく。
あれ、それならアシュレイとシャーロッテ様のペアが結構いい線いくかもしれない。
お師匠様に私の幻覚をかけるには、すごく魔力を使う。そこまでの幻覚はかけてないから、周囲の人には素敵に見えても、お師匠様にはそのままに見える。
ロボットダンスがツボにハマれば爆笑している可能性がある。私が盛大にすっ転ぶ事さえなければ……
「ルーク、しっかり支えてくれるって信じていますからね?」
お師匠様に爆笑だけはされたくない。大事な事はすぐ忘れる癖に、闇に葬りたい失敗とかだけはよーく覚えているからね。質が悪い。
「あぁ、任せてくれ!」
こうして、夏の星夜の舞踏会が幕を開けた。











