【番外編】美味しそうなリンゴ 前編(ルーク視点)
ルーク王子視点の物語です。
前編は過去編のシリアスモード。
後編は現在編で糖分多めになる予定です。
悪夢にうなされて起きる朝はいつも最悪だった。
まるで寝た気がしない。喉がカラカラに乾いて、痛い。
慌てて水差しから水分を補給するも、もしもこの中に毒薬が入っていたらと不安に駆られて条件反射のように吐き出す。
周りにある物が、人が、まるで信用出来なかった。
いつも、誰かに裏切られ殺される瞬間に目を覚ます。
日替わりで身近な誰かが俺を殺しに笑顔でやって来るのだ。
疑心暗鬼になって
何も食べられなくなって
何も飲めなくなって
毎日点滴に繋がれて
ボーっとする意識の中で
このまま死んだら母上の元へいけるのだろうかと、朧気に考えていた。
そんな俺を献身的に支えてくれたのは、二つ年上の姉シャーロッテだった。
「今日はいいお天気ね、ルーク。昨日ね、アップルシード農園でリンゴ狩りをしてきたのよ」
俺の部屋を訪れた姉上はいつも、ベッドの傍らに座って明るく声をかけてくれた。
契約農園に自ら赴きわざわざ狩ってきたらしい新鮮なリンゴを、目の前で食べやすいように皮をむいて切ってくれる。
昔、俺が風邪を引いた時、母上がしてくれていたように。
ただ母上と違って、果物ナイフを握る姉上の手の動きは何ともたどたどしい。
ガタン、ゴトンと大きな音を立てて悪戦苦闘した後に差し出されたのは、所々皮と種のついたざく切りのリンゴ。
お世辞にも、綺麗とは言い難いフォルムをしていた。
「美味しいわよ。ほら、ルークも食べてごらんなさい」
毒が入ってないと知らしめるために、姉上は目の前で必ず最初の一つまみを食べてみせる。
そこまでされても最初は信じる事が出来なくて、俺は姉上を拒絶した。
「そんなものいらない。はやく出ていけよ」
今思えば、とても最低な事をしていたと思う。
果物ナイフなんて持った事ないだろう姉が、うまく皮をむけるよう必死に練習していたなんて考えもせずに、酷い暴言を浴びせてしまった。
「俺が憎いんだろ? 母上を殺した俺が、憎くてたまらないんだろ? そうやって信頼させて、最後にはどうせ俺を殺す気なんだろ?」
狂ったように笑う俺を見て、姉上は悲しそうに目を伏せて、「また来るわ」と部屋を出て行かれた。
それから毎日、姉上は俺の元を訪れた。
目の前でリンゴの皮をむいて、差し出してくる。
最初は皮つき種つきで不均一で歪な形をしていたそれも、日に日に統一感のある綺麗な形になっていった。
しかしいくら形が整えられようと、当時の俺にはどうでもよかった。
「いらないって言ってるだろ! 俺の事は放っておいてくれ!」
拒絶し続ける俺に、ある時姉上は切ったリンゴの皿と果物ナイフを一緒に差し出してこう言った。
「今すぐこれを食べるか、このナイフで私を殺すか、どちらか好きな方を選びなさい」
何を言われたのか、分からなかった。
「自分を守るためにやることは、立派な正当防衛よ。誰も責めないわ。貴方は王太子として、自分のその身を何より優先して守る義務がある。だから……どちらがいいか、自分で選択なさい」
これを食べたら俺が死ぬ。それが嫌なら姉上を殺してでも自分を守れと、そう仰っている。
俺がどうして良いか分からず戸惑っている間に、姉上はナイフを手に取って自身の首元にあてた。
「貴方が出来ないのなら、代わりに私がしてあげる。時として、王族には即座に決断を迫られる事もあるわ。さぁ、どうするか後十秒以内に決めなさい。十、九、八……」
カウントダウンを始める姉上に、俺は軽くパニック状態だった。
王太子として自分の身を守るために、信用ならないものは全て殺してでも守れと、姉上は仰っている。
そしてその最初の一人は目の前に居るこの姉上だと。
信用ならないからと全てを切り捨ててしまえば、それは単なる暴君だ。
シリウスの手のかかった者かもしれない、だから殺す。確かな証拠もない状況で無実の人々を切り捨てるなど、あってはならないことだ。
「六、五、四……」
決断しなければ、これを食べなければ姉上はご自身で自分の首を……
そんな事をして、姉上に何の得があるのか。
毎日こんな所に通って、不慣れな事をして、そんな煩わしい事をせずとも俺を殺す機会など一杯あったはずだ。
それなのにそうしないのは──ああ、そうか。そういうことか。
俺の心配をして、毎日通って下さっていたのだとそこで初めて気づいた。
思い返せば、姉上は昔からそうだった。
俺が風邪を引けば必ず心配してお見舞いにくるし、転んで怪我をすれば自身で背負ってでも医務室まで運ぼうとしてくれた。
昔から、とても優しかったのだ。
気の強そうな顔と、言動のせいで誤解されやすい所もあるが、俺の前では思いやりあふれた優しい姉だった。
そんな事も忘れて、被害妄想に苛まれて、俺は本当に馬鹿だ。
酷い言葉を浴びせて、姉上を傷つけて、何てことをさせてしまっているんだ。
「三、二、一……」
「待って下さい、姉上! そのナイフは、もう必要ありません!」
フォークに綺麗なひし形に切られたリンゴを刺した俺は、意を決してそれを口に運んだ。
一口かじってゆっくり咀嚼すると、口中にリンゴ特有の優しい甘味が広がる。
久しぶりに食べたそれは、懐かしい味がしてとても美味しかった。
「美味しい、です。とても、美味しいです……姉上……っ、……ご心配を、おかけしました。ご迷惑を、おかけしました。酷い事をして、すみませんでした」
こちらを見て、姉上は感極まったように一筋の涙を流した。
「ルーク……いいのよ、ほら、もっと食べなさい。お腹が空いているでしょう?」
「はい、姉上。ありがとうございます」
貪るように、夢中で食べた。
涙の味がして、甘かったリンゴが少しだけしょっぱく感じた。それでも、美味しかった。
おかわりもあるわよと言われ、調子に乗って全部食べたら、しばらくして全部戻した。
二週間近く、飲まず食わずの状態だったのだ。無理もない。
それでも、あの時食べたリンゴの味だけは今でもよく覚えている。











