エピローグ
翌日、私は王子と共に陛下の執務室を訪れていた。
「父上、今日はご報告があって参りました」
「何じゃ申してみよ。結婚の報告か? 式の日取りが決まったのか?」
なんか、ぐいぐい来るな。陛下ってこんな人だったっけ?
「い、いえ……残念ながらそういう話では……」
「隠さずとも良い。お前が選んだ相手だ。元より反対などするつもりはない。わしもな、母さんを娶るのに、それはそれは苦労した。わしの父上、お前の祖父にあたる人に、それはもう強く反対されてな」
「は、はぁ……」
「だからな、お前にはそのような苦労をさせるつもりはない。それで、話とは何だ?」
「リアのおかげで、不眠が治りました」
「そうかそうか。それはめでたい。それで、他に報告はないのか?」
「いえ、特には」
王子の言葉に、陛下は何故かがっくりと肩を落とされた。
あんなに悩まされていた不眠が治ったんだよ?! 陛下、いくら何でも反応薄くないですか?
「リアよ、よく息子の不眠を治してくれた。其方には何なりと望む褒美を与えよう。何を望む?」
「私が望むのは……」
「言い忘れておったが、ルークは勿論其方に託そう。既に、其方等の新たな私室と寝室も用意しておる。勿論ベビーベッドからその他諸々胎教に良い品々、マタニティーグッズまで完備しておる。マタニティードレスはルークの好みもあるだろうから、パンフレットを沢山用意しておいた。好きなドレスを作ると良い。それで、其方の望みは何だ?」
聞いてもないのに、何か物凄い攻めてこられる。思わず隣に居た王子の服の袖を引っ張って小声で話しかけた。
「(あの、王子。なんかグイグイ来られて非常に申し上げにくいんですけど……)」
「(俺もびっくりだ。まさか父上が、ここまで孫を切望していたなんて……)」
ここで負けてはいけない。もしここで負けたら、その用意しているという寝室とやらに、そのまま二人で放り込まれそうな勢いだ。
「あの、陛下。そのお気持ちは大変嬉しいのですが、私にはまだ王子と結婚出来る資格がありません」
「資格とな?! 指輪が選んでおるのに、これ以上の資格などないぞ?」
「実は私には借金がありまして、王子はそれを肩代わりして下さったのです。なので私は、それを返し終えるまで誓約として彼の奴隷なのです」
「ど、奴隷とな?! ルーク、わしは女を金で買うような、其方をそのような卑劣な男に育てた覚えはないぞ?!」
驚きを露わにしながら椅子から勢いよく立ち上がった陛下は、ズンズンとこちらに歩いて来られて王子の前で止まった。
「まさか……弱みを盾に、無理に結婚を迫ったのか?!」
王子の両肩をがっちりと掴んで、確かめるように陛下はそう尋ねる。
「そのように捉えられても仕方ありません。しかし、リアを思う気持ちだけは本物です。どうか、それだけは信じて下さい」
その言葉に思わず目頭を押さえた陛下は、こちらに向き直ると勢いよく頭を下げた。
「リアよ。我が愚息が本当にすまぬ事を。どうかこの通りだ」
一国の王に頭を下げられるなんて、なんて恐れ多い。陛下は私が王子に脅されて結婚を承諾したと勘違いされているようだ。
平民の私にそこまで気を遣って下さるとは、正直驚きだった。でもその心意気はとても嬉しく感じた。
こんな素晴らしい父親に育てられたから、王子はきっと真っ直ぐで優しい人に育ったのだろう。
「陛下、どうか顔を上げて下さい。王子はそのような事、決してされてませんから」
「だが……」
「順を追って説明します。少しだけ私にお時間をくれませんか?」
「ああ、勿論だ。話を聞こう」
それから私は陛下に自分の生い立ちから、ここに至るまでの経緯を話した。そして、今はまだ結婚出来ない理由を。
「そうか。リア、其方の望みは分かったぞ。報酬として、その借金返済額の九百万ペールを出そう。これで心置きなくルークと共に……」
「いえ、陛下。私が望むのは、王城の特別エリアにある露店街への出店の許可と、その設備投資です」
「な、何故だ?! わざわざ自分からそのような苦労をせずとも……」
「苦労をせずに頂いたお金で借金を返したとしても、私は納得出来ません。私はお金が欲しくて王子と共に居たいわけではありません。ルークだから、傍に居たいのです。どうかそれを、証明させて下さい」
「其方の指に、その指輪がはまっている理由がよく分かった。ルーク、良い娘を見初めたな」
「ええ。貴方の息子ですから」
「言うようになったな」
嬉しそうに笑う陛下と王子を見て、心が温かいもので満たされた。
「よろしい。露店街の出店許可は、わしが責任を持ってブルーバード侯爵に話を通しておこう。どのような店を作りたいかは、後ほど使者を送るから打ち合わせをしてくれ。立派な店が出来たら、わしも寄ってみようかの」
「ありがとうございます、陛下」
「それと先程、其方には帰る家がないのだと言っていたな。これからは、ここを我が家だと思ってくれ。東の宿舎ではなく、こちらに其方の部屋を設けさせてもらうとしよう」
「いえ、そこまでして頂く必要は……」
「リア、其方はもう我が娘も同然じゃ。どうせ遅かれ早かれ住むことになるのだ。細かいことは気にしなくて良い」
「あ、ありがとうございます」
こうして、王子の不眠治療係の仕事は無事終了した。
路頭に迷ってやってきた職場が、まさか未来の我が家になろうとは……夢にも思ってなかったな。
帰れる家があって、そこで帰りを待っていてくれる人が居る。失って初めて、それがどれだけ幸せな事だったのか身にしみて分かった。やっと出来た居場所を失わないように、頑張っていこう。
そのためにも、バリバリ働いて早くお金を稼ぐのだ。自分のお店を出せるということは、働いた分だけダイレクトに収益を自分のものに出来る。
しかも場所は、警備体制のしっかりとれた王城の敷地内。そうそう怪しい輩が入ってこれる場所じゃない。うるさい上司も居ないし、最高の職場じゃないか。
幸せな未来を思い描きながら、陛下の執務室を後にした。
「リア」
「何ですか? 王子」
名前を呼ばれて振り返ると、何故か王子は少しムスッとした顔でこちらを見ている。
「さっきは呼んでくれたじゃないか」
「……何をでしょう?」
「父上の前で、ルークと名前で呼んでくれたじゃないか。何故また王子と言い直すのだ?」
どうやら名前で呼ばなかった事が不服だったらしい。
「アシュレイの事は呼び捨てていた癖に、俺のことはいつまで経っても呼んでくれない」
あれは、最初に凄い怖い顔でせがまれたからだなんて言えない。
「それでは、これからはルークとお呼びしても?」
「ああ、勿論だ」
「ルーク」
名前を呼ぶと、王子は嬉しそうに口元を緩めた。たったそれだけで、そんな笑顔を見せてくれるならもっと早くに呼べばよかったと少しだけ後悔。
「どうした?」
「貴方に出会えて良かった。今、心からそう思っています」
これまでの辛い過去も全て、ルークに会うための布石だったんじゃないかって都合の良い事を考えてしまうくらい、今幸せで満たされている。
借金返済までの道のりはまだまだ遠いけれど、目標があるからきっと頑張れるはずだ。
胸を張って、ルークと共に歩んでいきたい。願わくば、笑顔の絶えない毎日を共に過ごして生きたい。
その思いを胸に、私は前へ進んでいく。
異世界転生して幻覚魔術師となった私のお仕事は、王子の不眠治療係です
完
最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございました!
お仕事を無事全うしたということで、本編はここで一旦閉めたいと思います。
番外編としてその後のお話や、別キャラ視点を追加していくかもしれません。
その時はまた、お立ち寄り頂けると幸いですm(_ _*)m











