35、自覚する思いと、一つの恋の終わり
「リア様!」
部屋を飛び出した私を、アシュレイが追いかけてきた。
「自分で戻れますので、結構ですよ。ああそれと先程のお返事ですが、私は王子に買われてしまったので、貴方の気持ちにお応えすることは出来ません」
「何か力になれることは、ございませんか?」
「ですから、私は貴方の気持ち応える事は出来ません。これ以上、優しくしないで下さい」
あー余裕無いからって、これじゃあ八つ当たりだ。アシュレイは何も悪くないのに。
「お気持ちは、分かっております。殿下の事をお慕いされている、リア様のお気持ちはよく、存じ上げております」
「何を言っているのですか?! 王子なんて、大嫌いです」
「それでしたら何故、その様に涙を流されているのですか?」
「これは……っ」
あー、気付きたくなかった。こんな気持ちに。王子と過ごす時間が楽しかったんだと、自覚したくなかった。誰かに依存する生活なんて、まっぴらごめんだと思ってたのに。
色んな御託を並べてみたけど、私は結局怖かっただけなんだ。大きな借りを作ってしまえば、今までのように接することが出来なくなる。築き上げた関係が壊れてしまう事が、怖くて仕方なかった。
一人だけ変わろうとする王子が、いつの間にか私の心の奥底まで侵入してきていた王子が、許せなかった。
「愛情をお金で買おうとする馬鹿なんて、嫌いです。そんな馬鹿に買われたのが悔しくて、仕方ないだけです」
本当は知ってる。王子がそんな気持ちで、借金を肩代わりしてくれたわけじゃないってこと。だけど私にも踏み越えて欲しくないラインがある。それだけは、絶対にして欲しくなかった。
あー、止まんない。馬鹿みたいに涙があふれて止まんない。頭の中が、グチャグチャだ。
いつからこんなに弱くなったんだろう。
せめて、部屋まで我慢すればよかったのに。優しい団長サマにこれ以上、迷惑かけたくないのに。
「リア様……どうか今だけ、このご無礼をお許し下さい」
そう前置きして、アシュレイは私を優しく抱きしめた。
そんな事したら、立派な騎士服が涙と鼻水でベチャベチャになっちゃうのに。そんな事おかまいなしって言わんばかりに、アシュレイは慰めるように優しく頭を撫でてくれた。
虚勢がバレて弱った心は、その温かさに抗うことが出来なくて、縋り付いて泣きまくった。
それからしばらく馬鹿みたいに泣いたら、思いのほかスッキリした。さり気なくハンカチを差し出され、どこまで紳士なんだと思わずにはいられなかった。
「すみません。ありがとうございます」
ありがたくハンカチを使わせてもらいながら、団長サマを好きになれたらよかったのにと、掴まなかった未来を少しだけ惜しんでみた。けれどやはり、自分の気持ちに嘘はつけない。
「これくらい、どうって事はありません。もう遅いので、お部屋までお送り致します」
「はい、ありがとうございます」
アシュレイに送られて部屋までの道のりを共に歩く。
「ハンカチ、新しいのを買ってお返ししますね」
人の涙でベチャベチャになったハンカチなんて、洗濯したとしても返ってきたら嫌だろうし。
「気を遣って頂かなくて結構ですよ。最後くらい、本当はもっと気の利いたプレゼントをお渡ししたかったのですが、申し訳ありません」
「いいえ。今一番必要でありがたいもので、助かりました」
そうこう話しているうちに、私の部屋の前までたどり着いた。お礼を言ってドアに手をかけようとした時、後ろから声をかけられた。
「リア様。私にたくさんの初めてを経験させて下さり、本当にありがとうございました。どうか貴方の進まれる道が、幸福で満たされている事を、心よりお祈り致します」
「ありがとうございます。結果がどうなるか分かりませんが、王子とは私なりにケジメをつけるつもりです」
「応援していますので、頑張って下さい」
一礼して立ち去ろうとするアシュレイを、私は思わず呼び止めた。
「アシュレイ、よければもう少し周りに目を向けてみて下さい。そうすれば、案外近くに貴方のことを大切に思っている方が居るはずですから」
余計なお世話だったかもしれない。でも王女様のアシュレイを想う気持ちは、間違いなく本物だ。
「ご助言、ありがとうございます」
どこか吹っ切れたような顔をして、アシュレイは踵を返して歩き出した。
願わくば、優しい団長サマの歩む先に幸せが訪れますようにと、柄にもなく神様にお願いしてみた。











