34、ふっざけんな!
「生憎だけど、この子は僕のものだから。君達にはあげないよ」
誰も居るはずのない後方から声が聞こえたかと思うと、不意に後ろから抱きしめられた。突然現れてこんな事をしてくるのは、一人しか居ない。
「お師匠様、どうしてこちらに?」
「君が困っていたようだからね。助けに来てあげたよ」
笑顔がなんとも胡散臭い。心にもない言葉をよくもまぁ、いけしゃあしゃあと言えたもんだ。
「だ、誰だ貴様?! リアを離せ!」
「殿下、危険です。おさがり下さい」
腰に下げていた剣を素早く抜いたアシュレイは、その切っ先をお師匠様に向ける。
「その手を離せ。さもなくば……」
こんな所で流血沙汰の事件は勘弁して欲しい。
「待って下さい! アシュレイ、とりあえず剣を収めてくれませんか? この方は、私の命の恩人兼魔法のお師匠様なのです」
「……それは失礼致しました」
どこか納得してなさそうな顔をしながらも、アシュレイは剣を収めてくれた。
「お師匠様、自分できちんと説明しますので離して下さい」
「はいはい。どーぞ」
ぱっと手を離したお師匠様は、近くにあったソファーに優雅に腰を下ろした。
「幼い頃、行き倒れている所を私はお師匠様に拾われました。そして幻覚魔法を教えてもらったのです。その時の借りを返し終えるまで、私はお師匠様のものなのです。なので、王子とアシュレイの気持ちに応えることは出来ません」
「借りとは、何を返せばよいのだ?」
「残りの借金、九百万ペールです」
「それは俺が払おう。その代わり、リアは俺がもらう」
「はい、まいどありー! 気が変わらないうちにここに名前書いて」
待ってましたと言わんばかりに、ソファーから勢いよく立ち上がったお師匠様は、魔法で特殊な印を施した誓約書と、サイン用の羽ペンを王子の前に出現させた。
それを受け取った王子は、「ああ、分かった」と、何の疑いもなくそこに署名しようとする。
「え、ちょっと! 余計なことしないで下さい、王子!」
慌てて止めに入るものの、間に合わなかった。
「もう遅い。書いたからな」
誓約書に施された印が金色に輝いて、その誓約が成り立った事を教えてくれた。
「やったね、これで今度はダンスマシーンが買える!」
一人で小躍りし始めるお師匠様を思わず睨み付ける。
「あの、お師匠様」
「なーに、リア?」
「ダンスマシーンが欲しかったから、来たんですか?」
「違うよー君が困ってたみたいだからだよー」
「棒読みじゃないですか! せめて感情くらい込めて下さいよ!」
欲しいものがあったらすぐこれだ。あれだけ人の行動を制限しておいて、要らなくなったらすぐにポイですか。ほんと腹立つー!
「僕、お金持ってる人は大好きだからね。王子様、もし何かお困りごとがあればこちらに連絡してね。安くしとくよー」
「分かった」
「ああそれと、リアと交わしている誓約ごと、君に譲渡してあるから好きに使ってあげてね」
「誓約ごと?」
「借金を返し終えるまで、リアは僕に絶対服従。その権利ごと君に渡したって意味だよ」
呼び出しの霊符を王子に渡したお師匠様は、「じゃあねー」と陽気な笑顔で消えていった。
最悪だ。本当に、なんてことをしてくれたんだ。
「リア、これでアンタは俺のものだ。何も悩む必要はない。さぁ、返事を聞かせてくれ」
あーもう、ほんとムカつく! いくら知らなかったとはいえ、愛情を金で買うなんて、信じられない!
そんな事されたら、一生その負い目を背負って生活しないといけなくなる。もう媚びを売って生きていくのに疲れたから、はやく解放されたかったのに。
お師匠様はまだ私に興味が無かったから良かった。あくまでお互い利用させてもらっていただけで、乾いた関係を築けていたから。
でも王子は……違う。お師匠様のように、見限る事は出来ない。色んな面を知りすぎてしまった。情を移しすぎてしまった。
あぁ、だからお師匠様はあの時私に忠告したのか。あそこで引いていれば、こんな気持ち知らずにすんだのに。
「ふっざけんな!」
私はベッドの上にあった抱き枕を、思いっきり王子めがけて投げつけた。
「私の心は金では買えない。私はアンタの玩具じゃない!」
「リア、俺はそのようには思っていない。ただ……」
「王子、私は今……貴方のことが心底嫌いです。肩代わりしてもらった借金は、何をしてでも必ず全額お返しします。利息を付けてもらっても構いません。借金を返し終えるまで、誓約として私は貴方に絶対服従の奴隷となりましょう」
「その必要はない。リア、俺は……」
「無駄なお喋りはここまでです。明日に備えてどうぞお眠り下さい」
私は王子を強制的に眠らせて、その場を後にした。











