1-4 融合病と海賊
セリナは情報を読み続けていてしばらく動きそうにない。
モニターを操作しつつ画面にくぎ付け。
気が済むまでとは行かないが作業の区切りが着くくらいは放っておく。
こちらは自分の作業を進めようと前にある席、操縦席ではなくて左の壁際の席に座る。
この場所は観測情報などの管理を行うスタッフの席。
操縦している時なら操縦席で作業するが時間があってどこでも良いなら専門の場所で作業はしている。
この専門もそういう使われ方だったと言うだけで明確に決まっているものでもないけどな。
呼び出して表示させるのはこの小惑星に来るまでに集めた観測データ。
発見した他の小惑星の予想軌道とかスペクトル分類の結果情報。
星への帰還ルートを変更してランデブー、接近できそうな所があるかどうか。
金属系の小惑星は無理でもせめて手ぶらは避けたい。
最悪以前の掘り残しも候補、だが正直どの小惑星に行くのも難しい。
今回はこの小惑星に絞っての航海だ。複数のルートは想定していない。
この船としてはほぼ限界の航行距離。そして普通の採掘屋では来れない距離。
少人数というか一人だから搭載する消耗品、食料とかを少なく出来るからこその航続距離だ。
じいちゃんと一緒だった頃もこの船は基本的に同じような仕事をしていた。
長距離専門だからこそ他よりも稼ぐチャンスが多い。
ただ外れが続くと当然長距離航行に必要な費用でマイナスは大きくなる。
ついでに今は一人だからトラブルがあると危険だと散々言われている。
途中で病気とか怪我とかしたらどうにもならないからな。
さすがに最近はそんな事を言われるのも減ってはいるか。
この小惑星はじいちゃんと仕事をしていた頃から目を付けていた当たりのひとつ。
今回まで使わなかったのは確実に当たりな金属系の小惑星だったからだ。
航行予定としてもここまで来るとはしておらず候補をいくつか回ると言って出航している。
それだけ慎重に隠していたひとつだったんだよな。
他にもいくつかそういう小惑星はあるが金属系のはなくて稼ぎとしては少ない。
確実に稼ぐ必要があったから来たのにそれが空振りはつらいな。
いくつか簡単に航路計算をさせてみるが正直厳しい。
加減速に必要な推進剤がぎりぎりで大丈夫だと思うけれどトラブルがあると星に帰れなくなる。
やはり無理は厳禁、このまま一度星に戻ろう。
採掘してておらず重量の軽い状態での帰還なら推進剤は少しは浮く。
食事を少し制限すればもう一回は長距離採掘に出られる。
そこから先もギリギリの生活になるけどどこかで当たりを見つけて余裕が出るかな。
次の採掘候補の小惑星を選定するか。
今回の帰還時にも観測をして候補が増やせるといいな。
「イスト、確認したい部分がありますので質問してもよろしいですか。」
観測計画を打ち込み始めた所で声に遮られた。
作業を止められるなんて思わなかった。
モニターを見て仕方なく振り返とセリナがこちらを向いていた。
「どんな質問だ。」
「112年前の金属融合病についてです。」
このリラ星系が移民開拓されてから最も大きな事件、災害だ。
「融合病か。何が知りたい?」
金属融合病。
それはリラ星系において最大の被害を出した災害だ。
金属が変異し融解、溶けだして粘液のようになり周囲の物質を取り込んでしまう。
原因はウイルスと言われていて被害は惑星全土、人口の1割しか生き残らなかった。
そこから復興中というのがいまのリラ星系の状態だ。
詳細は説明しなくてもデータベースの情報にあったはずだ。
「金属融合病というのは今も続いているのですか?」
「終わったのか休眠休止状態とされているか正直不明だ。
ワクチン処理をしない金属を持ち込んだら融解する事もあるしそうでない時もあるらしい。
調べたならどこかに書いてあったんじゃないか?
大体ワクチンも偶然出来ただけらしくすでにその開発者もいない。
金属融合病もウイルスと言われているけれど本当にそれが原因か解明された訳じゃない。
ウイルスは存在していて間違いないとされているけどな。
今も色々な説が出ているからな。
行政府としては解明して確実な安全を確保しようとしている。
ただ復興するのが優先で研究しようにも多くの情報が失われていて難しくなっている。
完全に解明されない限りは注意しつつやっていくしかない。
惑星で生活するなら終わっていないと考えて対応するのが普通だ。
普通と言っても惑星で暮らすなら意識する事もない。
ワクチンについては配布されているし要所で検疫が義務付けられているくらいだ。
宇宙に出る人間はかなり意識はしているな。
厳しい検疫もそうだし対策されていない金属は星には降ろさない。
今は宇宙でほとんどの金属加工が行われているしな。」
色々な情報があるのはいまだに雑誌とかで特集される事が多いからだ。
追悼記念行事などがある度にいろいろと情報が出る。当然教育課程でも学ぶ事だ。
直接の被害者は世代としてほとんど残っていないが三世代目はまだ多く災害が忘れられる事は無い。
「金属融合病のウイルスについて詳しい情報は無いのですね。」
「どんな詳しい情報かにもよるな。
使い方によっては危険だから今は重要情報になっている。
他の星に持ち込まれて発症するかは不明だがそうなったら生物兵器だぞ。
扱いが重要になるのは当然だ。
確かワクチンについては公開されていたはずだろ。
データベースが失われた時の事も考えてこの船にも物理情報として積んであるはずだしな。」
機械的情報は失われるかもしれないという事で行政府が対応した結果だ。
すべての宇宙船には物理的、機械的にワクチンの情報は積んでおく事、今もそれは守られている。
ウイルスについての詳しい情報は実はこの船にもある。
データベースから削除されたのは最近の事だからだ。
じいちゃんがその時に物理データにして残していたらしくて自室にあったのを見つけている。
厳重に保管されているし船に何かあったら破壊されるようになっていた。
船に指示をしても一瞬で破壊出来るようになっている。
どんな理由かは聞かされていないからもう判らない。
何かあった時の為なのか情報喪失を考えての事か。
さすがにじいちゃんも融合病を経験した世代じゃないけど二世代目だ。
今よりもっとひどい時代を体験しているし融合病を体験した人とも付き合いはあっただろう。
「金属融合病については未知の知識でしたので興味深かったです。
出来ればもっと情報が欲しかったですね。」
「この船に無いだけでデータベースにはもっと色々な情報はあると思うぞ。
ニュース関連とか解説書とか雑誌とかかなりの情報はあるはずだ。
不確定な情報とか噂程度の情報はさすがに記載されないだろう。」
「そのような情報でも入手したいので機会がありましたらぜひお願いします。
知識の更新という点ではリラ6にも行ってみたい所ですね。
直接情報に触れるのは大きな事なのです。」
「軌道エレベーターから降りられるぞ。ただ降りたいと言うならワクチン処理が必要だな。」
セリナの個体、機械部分は金属だろうしワクチン処理しない限り降ろす事は無い。
塗布するだけで良い訳じゃなくてきちんと加工が必要だ。
出来ればすべて作り直したい所だがそんな事が出来るはずはない。
星に持ち込むとしても入手経路は聞かれるだろうしこのまま乗せて帰るのは駄目か。
「セリナには悪いが星には連れて行けないぞ。
所有者関連が片付いていないし多分連れて行っても俺の元には残らない。」
人として連れ帰れば誤魔化せる気はするがそうすると今度は説明が大変だよな。
漂流船から救出したみたいな事で誤魔化せるか。
星の人たちにならなんとかなるだろうかもしれないな。
「イスト、なぜ星に行けないのですか?
所有者不明でも当個体はそれを説明出来ますので問題があれば対処します。」
「人間として連れて行くのは出来そうだがそれだと説明が面倒だ。
機械として経緯を説明して持ち込むのは簡単だがそうなると奪われるかもしれない。
海賊の情報は見たか?そいつらには隠しておきたいんだ。」
「人間と偽って入る場合説明が複雑化するのは推測出来ます。
星系情報について閲覧しましたが海賊の情報というのは存在していませんでした。
それについての詳細をお願いします。」
「そうか。確かに海賊としての情報じゃないな。
10年前に星系外から来た商船の事だ。」
復興後だけでなく移民後最初に訪れた星系外宇宙船。
それはリラ星系にとって希望であったが残念ながら期待は裏切られた。
星系外から接近して来た船は商船として訪れた。
5隻の大型宇宙船、最初は友好的に対応し交渉しリラ6、リラ星系の居住惑星付近へと近付いた。
交渉が進みリラ星系の状況、技術力を調べてからは交渉ではなく恐喝となった。
恐喝とも言えない。一方的な押し付けだ。
惑星に向けての質量兵器、航行中の宇宙船の破壊を行いその武装を見せ付けた。
当然宇宙船は抵抗もしたし港として使用している大型宇宙ステーションからも反撃した。
だがまったく反撃にならなかった。
質量兵器の威力は一発で地上都市、アーコロジーを完全に破壊出来る。
地上に降りてくれば対抗できるかもしれないが船がある以上それも無駄に終わる。
不利な契約を結ぶか、その武力で制圧され搾取されるか。
その二択を迫られれば行政府としては選択は無いだろう。
最悪なのは彼らの商品が『人間』だった事だ。
このまま都市を吹っ飛ばして生き残りだけゆっくり狩れば良い。
別にこの星が滅ぼうと構わない。
5隻の船で星を包囲した状態でその言葉に逆らえないのは仕方が無い。
それからは彼ら要求に従って生産物を渡すしかない状況だ。
全ての船が帰ればいいが2隻の船を残して残りが移動、常に制圧下に置いている。
要求を無視した事もある。
その時は複数の降下船で人狩りが行われた。
交渉団は捕まり見せしめに処刑後、アーコロジーへの襲撃、無差別攻撃から人間の捕縛。
死亡、行方不明は1000人を超える被害だった。
海賊どもが来てから10年、生活は悪くなる一方。
年に何度か行われる人狩り。
海賊の要求は年々厳しくなり無理なら人狩りを増やすと言っている。
行政府が必死に対応しているがどうしようもない。
海賊共が星に降りるのは人狩りの時だけだ。
船自体が長期間の航海を前提に作られているから船だけで生活出来ている。
接触する機会が少なく船の情報も内部の情報も出て来なかった。
ただ10年もあれば少しは情報も集まる。
乗員の一部が他の星で捕らえられた奴隷達だったのも大きい。
推進剤の補充とか食料の搬入となどで宇宙では少しずつ海賊側と接触があり情報は得られた。
そこで肉体労働を中心に奴隷が使われていたからだ。
海賊たちのいる星フリーダムでは奴隷売買は政府主導で行われている。
その政府自体が海賊たちとの繋がりで成り立っており海賊を商人として認めその利益は政府にも行く。
最初はそれで問題無かったようだが恒星の星では奴隷が足りなくなっていた。
それで他の星系への侵略部隊が作られて上手く行き勢力範囲を広げている。
すでにこのリラ星系で5つ目くらいらしい。
他星系への侵略が上手く行き利益を上げたのでさらに武装化が加速。
より大きな利益を求めて周辺の星系へと侵略部隊が送られているそうだ。
奴隷たちの星はヴァンダン、発音が難しくてそんな感じらしい。
そこでは最初は普通に商売だけして帰ったが次に来た時は12隻の船で来て奇襲。
星の戦力を図ってから侵略、制圧していたようだ。
80年くらい前という事ですでに星全体が奴隷化されて酷い扱いをされている。
フリーダムはどうやらリラ星系から120光年程離れた恒星系。
その距離を飛んで来ている事から技術力が大きく違うのは明白だ。
色々情報は得ているけれど行政府はデータベースにほとんど載せていない。
星全体でなんとか撃退できないかと対策を考えているからだ。
その情報が海賊側に伝わらないように気を使っている。
「ここから120光年の恒星系というのは正しいのですか?」
ざっと説明したら最初の質問がそれだ。
俺だけじゃなくて古株の船乗りなんかでもも気にはなっている部分。
「どうも間違いは無いらしい。海賊の船を見ても信じられないだがな。」
「人類は遂に光速を超えたのですね。
新たな宇宙時代の訪れを知れるとは思いませんでした。
理解しました。この湧き上がる感情が感激や歓喜という事ですね。」
胸の前で手を組んで語っているのは何かに祈っているようだが感動、嬉しそうなのは判り易い。
「話しを聞けば距離的には確かにそうだ。
ただ奴らの船は普通の速度でこの星系には飛んでくる。
まだ光速を超えているかは確認出来ていないんだぞ。」
「確認するのは大事ですね。
彼ら海賊からは聞けないのですか?」
「奴らは技術関連には口が堅い。
星系に接近するの普通の推進なのも光速が出せるのを隠す為だと見られている。
無駄に星に降りないとか要所がしっかりしているから行政府も対応が大変らしい。」
「時間が経過すれば緩むのが人間ですがよほどしっかりと統制されているのでしょう。
恐らく彼らも奴隷化されるのを恐れているのがひとつの要因でしょう。
宇宙船は閉鎖空間ですからミスがあれば即奴隷という身分にされるのであれば引き締まります。
奴隷という立場を最も知るのは彼らですからね。」
そんな話はいつか聞いた気がする。じいちゃんが船乗りたちと飲んでいた時かな。
「ともかくその海賊、フリーダムの連中には見つかりたくない。奪われたくもない。
悪いが俺が所有権を主張出来るならそれまでは隠しておく。
ツキヨミという船とかデータベースにある情報は今のリラ星系には大事なんだ。
俺だけじゃ無駄だろうけど星に持っていけばなんとか出来るかもしれないからな。」
少し下を向いてセリナが考えこんでいる。
「恐らく期待されても無駄に終わるかもしれません。
理論はいくつかありますが光速を超える技術の実現が可能とすればそれには対抗出来ません。」
「別にそれに対抗する必要はない。
この星系には船の情報だったりそういう光速を超える理論の蓄積とかがまったくないんだ。
深宇宙探索艦って事は長距離航行出来るし速度が出せる船だろ。
その技術があればなんとかなるかもしれない。」