2-9 破棄施設に向かって
ガーランド23の今回の航路はリラ4の衛星に接近、帰還というコース。
これは当然表向きの航路。
出航から3日目、目的地としている破棄施設に最接近するコースに到着した。
このまま船はコンピューター任せでリラ4まで飛行その軌道を回ってこの場所に戻ってくる。
俺とセリナはここから船外活動、外に出て宇宙遊泳で破棄施設まで向かう。
そこを調査してから戻って来た船と合流しリラ6へと帰還の予定。
かなりの長距離を宇宙遊泳での移動という危険な方法は普通は行わない。
セリナの銀の筒、ツキヨミ制御システムは宇宙航行が可能らしい。
推進剤、燃料を補充し動作確認はしているから問題なく飛行出来ている。
それがあるからの長距離宇宙遊泳計画だ。
もし問題が起きても制御システムを使って船まで帰還するつもりだ。
わざわざ制御システムを使わなくても宇宙遊泳用のロケットはリラ6にもあるし船にもある。
ただそれだと使用記録の提出が必要だから今回は使えない。
まして長距離宇宙遊泳なんて後で問題にされる可能性が高い。
俺としては船を制御コンピューター任せで飛行させるのが少し不安だ。
いつもやっている事ではある。自分が乗っているいないかの違いだけだ。
もし何かあっても電波連絡が出来る距離でそれ程の時差は無い。
船側にトラブルがあってもツキヨミ制御システムで船に向かう予定。
恐らく問題はないし電波の届く範囲だから少し時差はあっても船の制御はこちらからでも行える。
2年程は船を動かしているが制御コンピューターにトラブルはない。
大丈夫と信じて計画は進める。
今回はエアロックを使わずに小型収納ブロックから直接船外に出る。
俺は食料を入れたキャリアーを背負ってセリナは制御システムを隣に置いてハッチを開いた。
すでに準備は出来ているから俺が飛び出すとセリナもそれに続く。
船のどこかに引っかかるようなへまはしていない。
徐々に離れていく船に向けてハッチを閉じる操作を行った。
望遠で完全に閉じたのを確認すればここからは宇宙遊泳だ。
船の現在位置や各惑星の位置を目印として迷わないようにうまく宇宙遊泳をしていく。
目的地は判っているがその場所の情報が無い。
正直ここからは慎重にやらないと駄目だ。
かなり長距離の宇宙遊泳。
目的地はほぼ不明。
もし迷ったりして場所が把握できなくなったら船に戻れるかどうかも怪しい。
リラ6が近いからそれでもなんとかはなるだろうけどな。
漂っているセリナが手招きをしているからそちらへと少し移動をする。
宇宙服の推進剤も節約した方が良いからほんの少しの移動でゆっくりと接近した。
「ここに捕まってください。」
銀の筒、ツキヨミ制御システムから握れる取っ手が出ているし足を掛ける場所もある。
円筒の反対側ではセリナがすでに掴まっていた。
それを参考に掴まり宇宙服からフックを伸ばして接続。
フツクはワイヤーで繋がっているが宇宙服側から切り離せる。
手足が離れても銀の筒に繋がれているからそのまま一緒に飛んでいける。
逆に飛んでいくと危ないなら切り離す。
船外活動時の基本的な安全策だ。
虚空の宇宙へと放り出されるのはかなり怖い事態だ。
ただ俺としてはいつもの航海とあまり変わらない。
一人で誰もいない宇宙を飛ぶ。
それは最初は不安で往復10日程でも大変だった。
何度か繰り返して病気をした時に割り切れた。
ベッドで臥せっていても船は飛んでいるしそのまま死んだら船は目的地に止まったまま。
宇宙に出るというのはそういう事なんだと改めて覚悟が出来た。
準備を怠ったり無謀な事をする訳じゃないけれどいつ死んで行方不明になっても不思議じゃない。
それからは宇宙遊泳もあまり怖いとは思わない。
船に乗ったまま宇宙を放浪するのとほとんど変わらない。
目に見える目標の無い飛行だが表示座標をちゃんと確認すれば問題はない。
目的地の予想地点、船の場所、観測できる惑星、それらから導かれる現在位置。
俺の端末とセリナの端末で独立して座標は確認する。
どちらかが違っていた場合はすぐに原因の確認、追及、修正を行う。
銀の筒は初期加速を行ってからはその速度だけで飛行を続ける。
多少時間は掛かるが推進剤の節約の為だ。
加減速に使用する推進剤を減らして時間を掛ける。
目標地点で発見出来ない場合は周辺を探索の予定だからそれに向けての用意。
8時間程このまま飛行、巡航予定でしばらくする事は無い。
飛行に慣れて来たから宇宙服からワイヤーを伸ばして飛ばされないようにだけ固定した。
上手く姿勢を変えれば掴まっているというよりうつ伏せで寝転がっている感じか。
セリナは筒の反対側に掴まっているから丁度見えない。
まあ通信は出来るから話は出来るのだが一か月の船旅ですでに色々聞いている。
両手が相手時間つぶしということでセリナの用意した戦術データを読む事にする。
すでに一通り読んではみたがすべて覚えている訳でもない。
ひとつひとつの戦術だけでなくそれぞれを組み合わせても使える。
それにはそれぞれを理解しておくのが大事だろう。
なんどかゲームで試しているからなんとなく予想出来るようになっているのも大きい。
この戦術を使ってからこっちに移った場合だと船の位置が悪いから最初の配置を変えてみる。
そういう思いつきは記録しておいて後で試しておく。
正直絶望的な戦いばかり。
セリナから最初に提案されていた強力な兵器による奇襲殲滅。
実はそれが一番正しい方法だったと最近は実感している。
あちこちで採取して物質生成器で用意して俺が船一隻で実行するのが確実だったようだ。
失敗した場合の状況変化は怖いけれどな。
セリナもどうやらそのつもりのようで何処かで一度兵器は作っておいた方がいい。
1時間置きの座標確認を行いつつ2回くらい進路変更。
銀の筒は反転からの減速へと入った。
宇宙に浮かぶ建造物を探すのはかなり面倒だ。
かなり大きく明かりを発していれば目立つからまだましなんだが。
小惑星も目視で見つけるのは難しい事が多い。
じゃあどうやって探すかと言えばセンサーやらレーダーやらで探すのが一番。
船のセンサーは使えないがその変わりはセリナだ。
セリナの個体、機械人形部分だけだと出力が低くてそれほどの広範囲は探せない。
それを補うのがツキヨミ制御システムということだ。
だからこの銀の筒でここまで来たというのもある。
「イスト、発見しました。このまま減速とそちらへの移動を行います。
到着予定は18分後。進行方向右下に見えてくるはずです。」
「了解。」
報告と同時にデータも送られて来た。
小惑星のような物体ではなく確かに人工物のような物体が観測されている。
中心に支柱がありそこから何本か突き出ている柱。
そんな小惑星はあまり見かけないし船の残骸でもなさそうだ。
大きさとしてもステーションクラス。
柱の長さが1050m程らしいから間違いないだろう。
軌道エレベーターステーションもそうだがまず大きな支柱を中心部として用意する。
そこから柱を伸ばして階層、部屋部分を構築していくのだ。
最終的には柱に何枚もの円盤がつながった形になる。
その円盤を回転させることで重力を発生させるのは古典的で信頼のある方法なんだ。
分析画像だと円盤部分はほとんど無いから撤去されたんだろう。
中心の円筒を残してあるのが不思議でここまで解体したなら全部解体してもおかしくはない。
融合病災害の時に不足した金属を回収した残骸で残したのはサトウのじいちゃんたちの仕業。
しばらくすれば直接見る事も出来る。
固定していたワイヤーを外して観測位置を確保。
セリナも目的地の建造物を見ているようで俺も望遠機能を使って確認する。
外からみる限りでは崩壊している部分などは無くまだ円筒はちゃんと残っている。
まだ非常電源も残っているらしいから非常用のエアロックからは入れるらしい。
その場所と図面も受け取っているから侵入ルートはすでに準備済み。
円筒はこういう時は便利で2m程しかないから外に放置する必要も無い。
ただ中で何があるか判らないからワイヤーで外に固定。
準備が出来たらセリナと共にエアロックから中に入る。
まずは制御端末で内部状態を確認。
内部に空気は無し。メインのシステムも作動していない。
中央制御室へのルートを確認してまずはそちらへ。
この施設の状態を確認するのとエネルギー供給系確認が必要。
奥の扉を手動で開けて宇宙服のライトで照らされた通路へと歩き出す。
エレベーターも動いていないからひたすら歩きでの移動だ。
円筒の直径は20m程。内部は区切られて重要施設を置く事が多い。
空気系や発電施設などだが緊急用の備えであり初期稼働用のものだ。
それらはまだ撤去されておらず必要であればこの施設はいつでも再建出来る。
円柱内部は8区画、真ん中が制御室と居住施設。
特に散らかってもいない通路を歩いていけばすぐに中央には辿り着く。
さっそくセリナが端末を操作し始めた。
「どうだ?」
「チェックしましたが問題はありません。
予備電源は太陽光発電で充電式です。
ここのシステムを起動するには発電施設を稼働が必要です。
核融合炉が使用されていますので長期稼働は可能です。」
「ここはそのまま使えるという事だな。
生産拠点にするには機械の持ち込みが難しいな。」
リラ6から大型機械を運ぶのは最悪ガーランド23で引っ張ればいい。
それはなんとでもなるが持ち出す方法は考えないと駄目だな。
「イスト、機械の持ち込みは必要ありません。
この施設はリラ6では廃棄されており記録にはまだ残っていません。
このまま改造して生産プラントにしましょう。
レールガン用の弾丸を用意するのにちょうどよいのです。
また位置も良い状況です。輸送用に小型のマスドライバーを用意します。
生産した弾丸はコンテナでリラ6に輸送出来るようにしておきます。」
「マスドライバーということは物質生成器で作るという事か?」
「もちろんです。この施設の資源だけでは不足します。
不足分についてはリラ4で採取しましょう。
リラ4は鉱物資源もあります。採掘しても惑星ですから問題ではないでしょう。」
リラ4の情報を思い出す。
リラ6の内側にある惑星でかなり小さいし表面に気体類は無い。
恒星に近いから寒暖差が激しく人間の生存には適さない。
岩石系の惑星だから確かに鉱物資源もあるが鉄類はそんなに多くないはずだ。
まあ掘っている訳ではなくて恒星系の生成状況の分析でしかないが。
「夜の側なら降下出来ると思うが長期滞在とかは無理だぞ。
昼の側は絶対に無理だ。船は基本的に熱対策が低い。」
ガーランド23は恒星の近くではなく離れる船だ。
だから寒冷に対しての対策は万全にしている。
恒星から離れれば冷えるからだ。
小惑星も凍っているようなものもあるし、その対策だ。
ただそんな極限環境に対応出来る船じゃない。
「降下後、地下に降りれば問題ありません。
観測で痕跡が残らないように惑星内部で採取は行います。
採取後、こちらに戻り施設改造を行ってからの期間は可能です。」
「ここから船に戻るのは出来るのか?」
「それは問題ありません。資源採取を行う前提であればここの資源を使い生成します。」
「そんな気軽に物質生成器を使って良いのか。」
「今はイストしかいませんから問題ありません。
後で資源は回収しますから不足もしません。
元々必要に応じた装備、施設を用意するためのものですから構いません。
ツキヨミはともかくセリナはすでにほぼ自由行動が可能です。
ツキヨミとセリナは同じではありませんがセリナの移動にツキヨミを使用するのは問題ありません。」
確かにセリナが移動する手段は本来はツキヨミだな。
船に乗っている方が普通じゃないのか。
惑星の資源を勝手に採取するというのは問題だがこの際だから割り切ろう。
俺だって完全な善人じゃない。
フリーダムを倒すための非常手段だ。
黙っておけば誰にも知られる事はない。
「判った。ある程度問題が解決するなら実行しよう。」
「イストはどうされますか?ここに残りますか?」
「残っていても出来る事はないぞ。問題が無ければ船に戻りたい。」
「それではそのように変更します。先にツキヨミ制御システムの所に戻っていてください。
準備してすぐに戻ります。」
セリナが記録ディスクを渡しながら告げた。
この施設の情報を記録したものだ。
それを端末に読み込ませて記録しつつ先に通路へと戻る。
外に出ればセリナはさっそく物質生成を始めた。
今回は制御システムを中心に座標グリッドが展開している。
閃光が消えればそこにあるのは細長いロケット。
縦にならんだ座席が中央にありガラスで覆われている。
その左右上下に細長いロケットがついている。飛ぶだけの乗り物感。
「セリナ、確認するがこれは減速の事は考えてあるんだよな。」
促され乗り込みながら不安になって尋ねる。
特に動力がある訳でもなくおそらく固体ロケットだ。
加速は出来るが減速出来ないなんてのはやめて欲しい。
「問題ありません。加速時に大きな重力が掛かりますからシートベルトをしてください。」
シートベルトをして固定を確認。
「問題ないぞ。」
「それでは行きますね。」
気にせず勧められるままに乗ったが俺が前の座席に座る必要があったのか?
そう思った時に加速が始まった。
宇宙船の加速とは全然違う加速感。
4本のロケットが同時に噴射し固形ロケットならではの加速。
俺は体験するのは初めてなんだけどな。
座席に押し付けられるが加速は止まらず正直かなりきつい。
人間の耐久力とか忘れている訳じゃないよな。
「イスト、加速が終わるまで34秒です。
ブラックアウト、気絶されても問題はありません。」
セリナからの通信は聞いただけだった。
聞けたのは覚えているがその直後くらいで気を失ったようだ。
目を開いて宇宙服を来ている事、座席に座っている状況を確認した。
「イスト、気が付かれましたか。」
「ああ、状況は?」
「船への合流コースで飛行中です。
人体へ影響の無い限界で加速をしましたから後2時間程で合流出来ます。
減速時はもう少し出力を落としますか?」
「人体への影響が無いというのはどんな範囲なんだ。」
「生命活動に支障がなく後遺症などが出ない範囲です。
正確には人体ではなくイストにですね。
加速Gへの訓練などされていないでしょうからそれは考慮しています。」
そういう事は先に説明して欲しかった。
急ぐだろうと思って生成が終わった時に説明しますか?というのは断ったけどな。
飛んでいる間に聞けば良いかと思っていたからな。
次にこういう気絶するような事になるなら先に話して欲しい事は言っておく。
この生成された乗り物についての解説やら固体ロケットについての説明を聞いていれば時間は過ぎる。
減速についての方法は簡単で荒っぽい手段だった。
セリナは固体ロケットを前後逆に生成したのだ。
改めて物質生成器の万能さを知る事にはなった。
減速は少し加減してくれたようできつくはあったがなんとか耐えられた。
直接船、ガーランド23に向かった訳ではなくその前方へと移動して来た。
ここからはツキヨミ制御システムで航路まで移動、船に戻る。
船から離れて9時間で破棄施設到着、そこから5時間で戻って来た。
かなりの強行軍。
まだ休むわけにはいかずこれからリラ4降下についての準備。
ちょっと忙しく慌ただしいスケジュールだな。