2-7 リラ6での2日目:最後の会談/慌ただしい1日の終わり
「セリナ、サトウのじいちゃんとは結局上手く話せたのか。」
軌道エレベーター、17:00の最終便までの待ち時間。
人気の少ないロビーで今日の事についてお互いの情報交換。
そうは言ってもほとんど一緒に行動していたから話す事もあまりない。
元々予定していた通りに計画は進行している。
「サトウ氏との会談は有意義でした。
イストから聞いたよりもっと優れた人物のようです。」
リラ6での戸籍捏造が物理的情報で看破されるのは予想外です。
少し今後の計画プランに修正が必要でしょう。
コンピューターに残されていない情報をもっと多く収集する必要がありそうです。
「優れた人物ね。まあ若い頃からじいちゃんと組んで色々やっていたらしいからな。
第二世代は融合病復興で優秀になるしかなかったらしい。
前はじいちゃんと飲んで昔話は良くしてたな。」
「その話は出航後に聞かせてください。
航行予定はどうなりましたか。」
「話にあった破棄施設を確認に行く。
名目としてはセリナの航海訓練って事になっているからな。
航行予定と必要な物資はすでに調整済みだ。」
「もう一件の会談予定は問題ありませんか。」
「そっちは俺一人で行く。まあ問題は無いはずだ。」
「では船に帰還後にこれまでの報告と今後の予定などを調整しましょう。
計画はこのまま順調に進むと予想出来ます。」
「予想じゃもっと難しいという事じゃなかったか?」
「リラ6でも対応が予定されていたのでしょう。
キリアトさんとサトウ氏がイストの話をすぐに承認しました。
リラ6での有力者、要職にあるのであればもっと慎重な対応を行うはずです。
行政府が関係しているかまでは判りませんが独自の行動を行っているのかもしれません。
おそらくですが別に計画が予定されていたのでしょう。
イストの計画もそれに加えるつもりかもしれません。」
「元々何か計画していたから話がスムーズだった訳か。
アーコロジー移民船計画もサトウのじいちゃんから聞いた事だしな。
実際に計画を考えてこうやって動かしてみれば他がそれを知らないのは判るな。
全体像を教えずに仕事を頼んでいたら何が起きているのかは判らない。
慎重に実行すれば噂とかにはならないんだな。
行政府だと目立つけれど他の誰かが中心になって計画している事は多い気がする。
サトウのじいちゃんだけでなく引退した実力者は多いしな。」
「計画についてはしばらく大きな動きはありません。
今までの生活が続きますがその間にしっかりと準備が必要です。」
「そんなものか。まあ半年あるから大丈夫だろう。」
「それは大きな間違いです。
本来軍事行動を起こそうとすれば年単位、場合によっては10年以上必要な事もあります。
武器製造、調達、建造などの期間が省ければその限りではありません。
それでも入手した武器を使う訓練や軍事行動の訓練など時間はどれだけあっても困りません。
兵士を短期間で戦闘に投入するのは本来行いません。
無駄に犠牲を増やすだけ、場合によっては味方から被害が拡大する事もあります。
今のリラ6のような状況で行われるゲリラ戦、一般人を投入する戦闘は悲惨な事態が予想されます。
それを避けたいのであれば計画は短時間で完全以上の成果が必要です。
6ヵ月という時間は準備期間としては短すぎます。」
「準備としては短いのか。
それで大丈夫なのか。」
「判りません。十分な準備期間があっても失敗する事もあります。
本来ならもっと期間が欲しい所ですがあまり余裕は無いでしょう。
被害が大きくならないようにイストは万全を尽くすのが良いでしょう。」
「そうだな。犠牲者が出るのは覚悟しろと言われたけどまだ実感も覚悟も余り無いな。
でも準備不足からそういう事にはならないようにするさ。
宇宙船乗りは特に危険な事が多い。
それが判っているから俺が直接話しをする。」
「すでに計画は実行しました。
キリアトさんやそのご家族、サトウ氏が犠牲になる可能性は覚悟してください。
敵にとっては計画の中心人物は最も危険な人物、排除すべき人物です。
しかし現状で行える行動は多くありません。
時間的余裕のある間にイストが学習するのを優先しましょう。」
出来ればキリアトさんたちは無事でいて欲しい。
その為にも知識を学ぶのは悪い事じゃない。
戦闘に関する知識というのが良いか悪いかは別だがあって困る事はないだろう。
今後のリラ6で必要かどうかも判らないけどな。
「頑張って知識を身に着けてどんな状況でも対応出来るようにする。
その辺りは船に戻ってからだ。そろそろ時間だから行くぞ。」
正直、先の事とかこれからの学習よりも今は緊張していて落ち着かない。
上に上がったら宇宙船乗りたちに話しをするからだ。
今回は一人だけだから今から緊張していても仕方ないんだけどな。
普段あまり真面目な話なんてした事はないからな。
それに危険な事を頼む訳だしな。
軌道エレベーターの最終便に乗ってからは余計に緊張して来た。
どんな風に話をするかは何度か考えている。
それをもう一度繰り返してシュミレーションしてを繰り返す。
実際に話をしてみればこんな事は役に立たないだろうけどな。
出来るだけ話したい事が抜けないようにはしたい。
ステーションに降りてからも緊張していたらしい。
セリナから注意されたが結局ほとんど聞けていなかったようだ。
すでにセリナは船に向かっていて俺は待ち合わせ場所の扉の前だ。
大きな部屋で待合所と呼ばれている宇宙船乗りたちが集まっているロビーだ。
普通のロビーなんだがステーションの上部にあるから宇宙関係者しか使う事が無い。
中に入ればこの時間だからほとんど人はいない。
これからリラ6に降りる者か俺と同じようにこれから出航する者だろう。
大型の船が入港している訳でもないから少数で3つくらいグループが出来ていた。
奥にはカウンターがありそこで食事、飲み物だけでなく酒類の提供もしている。
その影響か高めの丸テーブルいくつか設置されており基本は立って飲み食いする。
それぞれのグループはお互いに適度な距離を取ってテーブルに着いていた。
それぞれで仕事の打ち合わせもあるのだろう。
騒ぎつつ酒を飲んでいるのは帰還組。酒が少ないテーブルはこれから出航だろう。
何度か顔を見ただけという人と世間話くらいはした事のある人、見た事の無い宇宙船乗りは居ない。
何人かはこちらに気が付いているから会釈をしておく。
俺がここに来るのはかなり珍しい。
基本的に簡易飲み屋として使われているから飲めないのに出入りする事は無い。
待ち合わせをしているのは一番奥の席に一人で座っている大男。
サティッシュ・シンは宇宙船乗りの組合代表。黒人で頭は剃っている。
いかつい顔だしスポーツマンで体育会系。
荒っぽい所もあるけれど面倒見の良い人だ。ただ酔うと喧嘩っ早くなるらしくてトラブルが多い。
船乗り組合は会社じゃないが重要な組織だ。
船乗りたちの労働環境の一定化とか採取物の売買価格の一定化などを行っている。
かなり前だがじいちゃんも代表をやっていた。
宇宙船乗りたちには顔が利く役職と言える。
会うのはそれだけが理由じゃなくてじいちゃんの船に乗っていた事もあるからだ。
「こんばんわ。サティッシュさん。」
「おう。元気そうだな、イスト。」
テーブルにはウイスキーかな、茶色の飲み物のグラス。焼いたソーセージが半分程。
「連絡したように大事な話があるんです。
ちょっとまだ他の人には知られたく無いんです。」
「ブースを使うか?」
「こちらで構いません。」
個室ブースを使えば外に話が聞こえる事は無い。
ただそれは重要な話をしていると周囲にも判る。
他の宇宙船乗りから離れた所に居るのはこんな状況も予想していたからだろう。
距離があるから大声で話さなければ他には聞こえない。
それぞれが賑わっているしな。
「まずガーランド23に乗員が増えました。こちらです。」
乗員登録は済ませてあるセリナの情報を渡す。
組合加入の手続き書類に承諾が必要だからそれもついでに渡す。
「キケラクトさんの紹介で女性か。それなら重要だな。」
納得の顔で情報に目を通し書類にサインをしてくれた。
説明するのが面倒だから誤解はさせたままにしておく。
誤解というかじいちゃんの後年の趣味はお見合いだ。
出会いの少ない宇宙船乗りの為に積極的にお見合いをさせていた。
その時によくやっていたのが一時期同じ船に乗って相性を見るという方法だ。
今回もそれだと思われているんだろう。
「もうひとつが重要でなんです。」
「おう。どんな話だ。」
「サティッシュさんはフリーダムの事をどう思いますか。」
「唐突だな。宇宙船乗りにとっちゃ嫌な存在だよ。リラ6にとってもな。
でもどうにもならないから従うしかないだろう。
多分、今年は宇宙船乗りの締め付けはもっと厳しくなるぞ。」
港の使用料金とか食料品の価格は高騰、逆に採取資源の買い取り価格は下がっている。
フリーダム側からの要求で行政府は逆らえない。
乗り手の無い船は廃船処分になるのはずいぶん前に強引に決定されている。
ガーランド23もじいちゃんが亡くなった時、かなり危なかったんだ。
「船を出来るだけ多く使いたいんです。フリーダムの為に。」
サティッシュさんが手にしていたグラスを一気に飲み干してぎろりとこちらを睨みつける。
「何をするつもりだ。」
フリーダムの事を聞いてから船を使いたいと言ったんだ。当然何かあると思われる。
「俺が使います。かなり危険な事になるかもしれません。
色々大変な状況にはなります。
それでも手伝ってくれそうな宇宙船乗りを探しているんです。」
「そいつは他の人も手伝っているのか?」
「俺が始めたので少しは手伝ってもらっています。
船乗りには直接話をするので紹介して欲しいんです。
サテッシュさんはただ宇宙船乗りを紹介しただけと言う事にしてお願いできませんか。」
長い腕が伸ばされて頭に乗せられて何度か揺らされる。
「何をするのかちゃんと話せ。手伝ってやる。
奴らに何かするなら危険なのはあたりまえだ。
危険だろうがどうにか出来るなら手伝う宇宙船乗りは俺もだしかなり多いぞ。」
離れた手がテーブルの上で集まっているグループのひとつを指した。
「何をするのか判った方が探しやすい。
無駄にしない方が良いだろう。」
頷いてここで明かせる計画だけを話す。
宇宙船を使っての戦闘を仕掛けるかもしれないという計画。
細かい事はまだ決まっていないけれどそんなに時間は無い事。
「判った。声を掛けるのにお前の名前を出しても良いな。」
「当然です。」
「何人か当たって見る。
後出来れば話をする時は俺も立ち会わせろ。
俺みたいなのでも居た方が話しに説得力があるだろ。」
どうする?予定ではこの立ち合いの話は無かった。
確かにサテッシュさんがいれば話を信じてもらいやすいだろう。
何か予定外の事があれば自分で判断するようには言われている。
そうだよな。いつも聞かないと判断出来ないようじゃ何も出来ない。
船でのトラブルならいくらでも判断出来る自信があるけどな。
こういう状況での判断はやった事が無いけどこれも学習か。
一人で話をして説得するのとサティッシュさんにも来てもらって説得するのとか。
「判りました。立ち会える時はお願いします。」
少しでも多く宇宙船乗りは集めたい。
集めると当然危険に巻き込む人数が増えるけれど成功率は上がるはずだ。
少ない人数で失敗する方が嫌だからな。
それならちょっとでも説得材料が多い方が良い。
「よし。じゃあスケジュールを教えてくれ。
開いている所で予定出来るようにしておく。
その時は組合の代表室に呼び出すからな。
あそこなら他に話が漏れる事はない。」
「それでお願いします。」
話しをする場所もどうするか迷っていたけれど良い場所が出来た。
協力を頼んだのは正解だったかな。
「乗員の教育で一週間程飛んでいます。
その後は3日程滞在予定ですからそこなら空いています。
ちょっとその先の予定はまだ決まっていないので決まったら連絡します。」
「8日後からで調整出来る人が居たら知らせる。
他の船のスケジュールは判っているから簡単だ。」
「よろしく願いします。
そろそろ出航なので今日はこれで失礼します。」
「それは引き止められないな。
おう、しっかりやれよ。飲めるようになるまでは無理するなよ。」
挨拶をしてロビーから出てから人が居ないから大きく息を吐く。
なんとかうまく話せたと思う。
緊張をしていたが話出せば普通だった。
立ち合いの判断は判らない。悪くは無いと思おう。
今回の会談も記録してあるから問題があればセリナも何か言うだろう。
船の停泊してある通路まで来るとほっとした。
操縦ブロックに入るといつもの服を着たセリナが待っていた。
見慣れた服装でいつものように綺麗なお辞儀。
「船長、お待ちしておりました。」
船に戻ってくるとすごく落ち着くけどそんな挨拶をされると落ち着かなくなる。
「そういうのはやめてくれ。イストでいい。
ちゃんと乗員になってもそれは変えなくていい。
準備は大丈夫か?」
乗員訓練なので必要な資材の積み込みなどはセリナが担当だ。
必要量の計算とか準備は俺がやっているけどな。
まあセリナが失敗するとは思わない。
「こちらです。」
それでもちゃんとマニュアルに従って報告書の受け取り、搬入記録と船のコンピューターでの確認。
問題が無いのを確認してステーションに報告と出航許可申請。
いつもの作業は気楽で良い。
セリナがリラ6に無事に降りられるかを気にしてそこからは計画進行の為に行動。
1日に詰め込むものじゃないよな。
正直気を張る一日だった。俺の人生でこんな日は始めてだな。
キリアトさんに話した時の事、ヒロオカさんと会った事、サテッシュさんとの話。
相手が何を考えていたかとかは判らないけどな。
上手く行っている気はする。
本当か?
こればっかりは結果が出ないとな。その時には後悔するかな。
宇宙服を着ながらそんな事を考えて操縦席へと座る。
「セリナは今回は副操縦席だ。訓練だからな。
出航対応と実際の出発までやってくれ。何かあったらこちらで対応する。」
「判りました、イスト。」
深く座って目を閉じる。
セリナと管制のやり取りはなんとなく聞いている。
計画の実行、もう始めたから引き返さない。
どうなるかはまだ判らない。さっきも思ったけれど後悔もあるかもしれない。
リラ6を巻き込むのが良いか悪いかも判らない。
どう言われようが恨まれようがフリーダムは追い出す。
それが俺の決意だ。
決意したという事をしっかりと何度でも自分で想う。
何があっても成功させられるように。行動し続けられるように。
もしリラ6に居られなくなったら出ていけばいい。
セリナが居ればこの船があればかなりの所まで行けるらしいしな。
宇宙船乗りとしての俺の生活はまだ続く。
でもここからはフリーダムを倒す為の俺だ。
じいちゃんに話したら怒られるかな。
好きにしろって言われるかもしれないな。
むしろ話したら手伝ってくれて他の人も巻き込んでもっと上手くやりそうだ。
そんな風には出来ないけれど俺に出来る事で上手くやりたいな。
目を開けば表示が流れていくモニターが見えていつものように自分で操縦したくなった。
横を見てセリナが順調に進めているから進行状況の監視を始める。
これも状況の変化のひとつだな。
両親が亡くなって最初に生活が変わった。
じいちゃんが亡くなってもう一度、変わった。
今回は誰かが亡くなった訳じゃなくてセリナと出会って変わった。
この船に乗って仕事をすると決めた時の事を思い出す。
じいちゃんは「俺が決めた事なら応援する」いつもそう言っていたらしい。
今回も同じ、自分で決めたから応援してもらえるように頑張ろう。
ひとりで船に乗るより苦労は多いけどその苦労も慣れたからな。
これからも同じ。頑張るか。