コーヒーと爆弾
「私としては爆弾とかに興味があるんだけどな。あれって魔力無しでも砲撃魔法並みの威力が出るんでしょ?」
レインがさらに物騒なことを言い始める。
テロリストにでもなるつもりだろうか。
邪神にくされ英雄と呼ばれただけのことはある。
「うーん。どうでしょうねぇ。爆薬にはあんまり興味がないといいますか。あんまり物騒な方向に発明意欲を発揮したくないといいますか」
「そうなんだ……」
姉と違って妹の方はいたって常識的な考えの持ち主のようで安心した。
「プラスチック爆弾ぐらいなら何とかなると思うんですけど。あれなら持ち運び便利だし、威力もうまく調整できますし……」
「作らないでね、お願いだから」
そんなものが普及してしまったらこの世界の軍事事情が一変してしまうこと間違いなしだ。
「分かっています。わたしも姉さまを爆弾テロリストにするつもりなんてありませんからご安心ください」
「だよねぇ」
「大体、わたしが爆弾を作ったところで姉さまの殲滅魔法の方がよっぽど高威力ですからそれこそ労力の無駄ですわ」
「………………」
問題が違う、とよっぽど言ってやりたかった。
「この世界に大きな影響を与えそうな、それも戦争方向に影響を与えそうなものを作るつもりはありません。わたしは今のこの世界が好きですから」
「そっか」
「ええ。多少不便なのは否めませんが、そこを便利にする程度のことなら自力でなんとかなりますしね」
「コーヒーとか?」
「ええ。コーヒーとか」
なるほど、と思った。
つまりシャルレは元の世界が恋しい気持ちとの折り合いを、自らの発明によってつけているのだ。
なまじ技術があって器用なだけに、ほかの人が望めないものを手に入れてしまえる。
それは得難い才能ではあるけれど、一歩間違うととても厄介なことになるものでもある。
「ほかの人には出来ないことがやれるっていうのは素晴らしいと思うけど、あんまり公にしない方がいいかもね。このコーヒーだってそうだけど、秘密にしておいた方がいいと思う」
「もちろん、秘密ですよ。これを知っているのは今のところ姉さまとルティさんとルクスさん、そしてメイドのソリアだけです」
「メイドさんも知ってるんだ?」
「さすがに彼女に隠し事は出来ません。生活面の面倒をほとんど見てもらっていますからね」
「信用できる人? あなたたちのことを広めたりしない?」
「そのあたりは問題ありません。わたしも自分の目をそれなりに信用していますから」
つまり人を見る目には自信がある、と言いたいらしい。
まあ還暦を過ぎたおじいちゃんの中身なんだからある意味間違ってはいないけれど。
でもロリコンの目を信用しろというのはちょっと複雑というか……
「まあ飲みたくなったらいつでもご馳走しますから、わたしたちの家に遊びに来てください。歓迎しますよ」
「あははは。そうする。やっぱりコーヒーって結構恋しいんだよね」
「ですよねぇ。粉末にしてインスタントコーヒーに出来ればいいんですけど、さすがにこの世界の技術水準じゃあそこまでの設備は作り出せませんし」
「作らないでね、お願いだから」
「フリーズドライ法なら魔法を使えば何とかなりそうな感じはするんですけどね。コーヒー液を抽出して凍結させて真空状態にしてから水分を蒸発するだけですから。ただ、そうなるとやっぱり本来の豆に較べて風味が落ちるのが気に入らないんですよねぇ」
「ああ、それはよく分かる。風味の落ちたコーヒーなんて塩を振っていない肉と同じぐらい残念な代物だよ」
「そうですよねえ!」
コーヒーで意気投合するあたしとシャルレ。
「……さっぱり分からん」
お手上げ状態でわれ関せずのルクス。
「さすがは同じ世界出身なだけあるね。共通の話題だと盛り上がるみたい」
レインはそんなあたしたちを面白そうに眺めていた。
「そういえば、どうしてレインたちはここにやってきたの? 何か用事でもあった?」
今更ながら訪ねてきた用件を訊いてみる。
「用事は別にないんだけど、朝ご飯をご一緒したかっただけって言ったら信じる?」
レインが悪戯っぽく笑う。
そうしているとまるで少年のように見えるのだから、やっぱり魂っていうのは表に出るんだなと思う。
まあ中身は少年を通り越して青年でも図々しく、中年に到達すると思われるのだけれど。
「レインが言うんだったら信じてもいいかな。本当にそういう突拍子のない悪戯を思いつきそうだし」
「悪戯とは失礼な。朝食を一緒に摂ることのどこが悪戯なのさ?」
「朝食の前にやらかしたことは間違いなく悪戯でしょ? ここに来た目的も案外そうだったんじゃないの?」
寝ぼけていたあたしの骨を撫で回して恥骨まで触ろうとしていたことは断じて忘れない。
「違うよ~。ひどいなあ。あのセクハラはあくまでついでなんだってば」
「ついでであんなことしたんかいっ!」
そっちの方がよっぽどひどい!
「本当の理由はコーヒーだよ」
「コーヒー?」
「そ。まあそっちの理由はシャルレに訊いた方がいいかもね。もともとシャルレの方から言い出したことだから」
そういってシャルレの方に顔を向けるレイン。
シャルレはコーヒーの入った水筒を掲げてから頷いた。
「まあ、実際の理由はそこなんですよね。この世界でコーヒーを美味しいと思える仲間に会いたかった。ルティさんがコーヒーを好きかどうかは賭けでしたけど、なんとなく好きなんじゃないかなあと思って。そう思ったらどうしても一緒に飲みたくなったんです」
屈託なく笑うシャルレは本当に可愛らしい。
朝っぱらから足を舐めろと言ったロリコンとは似ても似つかないはずなのに間違いなく同一人物なのだ。
あたしとしては複雑な気分にならざるを得ない。
しかし自分の好きなものを誰かと共有したいという気持ちはとてもよくわかるので、細かいことは突っ込まないでおくことにした。
何事も、深い部分まで踏み込むとろくなことがないのだ。
とくにこの姉妹の場合はその事情が当てはまる。
この上なく当てはまり過ぎるといっても過言ではない。
「じゃああたしはシャルレの気まぐれに感謝しないとね。久しぶりにコーヒーが飲めてすごく嬉しかったよ」
「そう言ってもらえると持ってきた甲斐がありました」
「もちろんサンドイッチも美味しかったよ。メイドさんにお礼を言っておいて」
「はい。伝えておきます」
屈託なく笑うシャルレ。
そうしていると可愛い女の子なんだけどなあと思わずにはいられない。
「今度是非うちにいらしてください。今度こそ焙煎直後の挽きたて淹れたてをご馳走しますから」
「絶対行くね!」
がしっとシャルレの手を握る。
力強く握ることで意思表示としたつもりだ。
作りおきのコーヒーですらあれほど美味しいと感じたのだ。
焙煎直後の挽きたて淹れたてがどれほど格上の味になるか、想像しただけで今すぐ遊びに行きたいぐらいだった。
「じゃあわたしたちはそろそろお暇しましょうか、姉さま」
「そうだね。用事は済んだし」
レインとシャルレがテーブルから立ち上がる。
「ルティたちは今日はどうするの? 観光するつもりなら案内できると思うけど?」
「ううん。今日は拠点探しをしようと思って」
「拠点探し?」
レインが首をかしげている。
『拠点』とは『ここ』ではないのかと言いたげだ。
確かに現時点の拠点はここなのだけれど。
「レインたちがいるおかげで滞在が長引きそうだからね。日払いの宿じゃなくて、月極めの賃貸住宅でも借りようかってルクスと話してたんだよ。で、今日は不動産屋めぐりをしようかってことになってる。だから不動産屋に案内してくれると助かるかな」
探すよりも地元民のほうがいい不動産屋を知っていそうだから提案してみた。
「姉さま……」
「うん。これはやっぱり……」
シャルレとレインが顔を見合わせて何やら頷き合っている。
いったい何をしているのだろう。
レインが意を決したように口を開いた。
「そういうことならさ、うちに来ない?」
それは、今後彼女たちとの付き合いがますます深くなりそうな提案だった。




