懐かしい飲み物
「起きろ、ルティ」
「ん~。もうちょっとぉ~……」
ベッドの中でもぞもぞする。
差し込んでくる光が眩しい。
朝が来たのは分かっているのだが、それでも急ぎの用事があるわけではないのだからもう少し惰眠を貪らせてくれてもいいじゃないか、と思ったりする。
今は骨モードなのでもぞもぞ動くたびにカシャカシャと骨の音がするけど、今はそれも気にならない。
あと五分。
もーちょっと。
寝かせてぷりーず。
「客が来てるぞ」
「へ?」
「双子の美少女姉妹なんだが、あれは巨乳マニアの英雄と還暦ロリコンコンビじゃないのか?」
「っ!?」
それ誰を指すことなのか、一瞬で理解して跳ね起きた。
「あの二人がなんで!?」
「俺が知るか。あの二人に訊け」
「ちょっと待って、準備するから」
まさか骨モードで出迎えるわけにもいかず、すぐに幻術をかけようとするのだが、
「あ、いたいた。さすがに起きだちなだけあって骨モードだねぇ」
「ぎゃーっす!?」
いつの間にか侵入していたレインがあたしに飛びついてくる。
「おい……」
ベッドに押し倒し始めたレインを見て、さすがに声をかけるルクス。
声をかけるだけじゃなくて止めてほしいんだけどなあ!
「へえ~。私の骨ってこういう形をしてたんだねぇ。骨格もしっかりしてるし、なかなかいい身体じゃないの」
すりすりなでなで。
つい~、と指を這わせられる。
「ぎゃあああああああああ!」
「あ、恥骨さわっていい?」
「いいわけあるかああああああああっ!」
バネを利用して身体を反転。
そのままレインを蹴り飛ばした。
女の子相手とか、美少女相手とか、年下相手とか、そんなことは一切考えなかった。
とにかく目の前の危険を払うこと。
それだけがあたしの思考回路を占めていた。
「いたたた……ちょっとは手加減してよね」
レインは蹴り飛ばされながらもしっかりガードしていた。
身体つきが華奢なため飛ばされるのは避けられない。
しかし自分からうまく飛んで、さらにはがっちりと腕でガードしている。
実質ノーダメージだろう。
「全然痛そうに見えないし」
「そう?」
あたしの不満全開の抗議にもしれっとした様子のレイン。
呆れた調子で妹が部屋に入ってくる。
「姉さま。曲りなりにも女性の寝室に侵入するのでしたら最低限の礼儀は守ってください。いきなり体に触れるなどあってはならない暴挙ですよ」
「む。駄目かな?」
「駄目です」
おお、ロリコンのくせに常識的なことを言ってくれるじゃない。
いいぞ、シャルレ。
もっと言ってやれ。
「まずはベッドの下から頭をもぐりこませて、足の先から舐めて差し上げるのが礼儀です」
「どこの礼儀よっ!」
……お話にならない。
姉が姉なら妹も妹だ。
そんな夜這いならぬ朝這いを唆すんじゃない。
これだから還暦ロリコンは始末に負えない。
「……今、なんだかとっても失礼なことを考えられた気がするんですけど」
じろり、とシャルレがあたしを睨みつけてくる。
「朝這いで足の先から舐めろとか吹き込む奴に失礼なんてことを言われる筋合いはない」
「そうだね。まずは耳から舐めないとね」
「あんたも黙ってて!」
シャルレが足、レインが耳。
何この姉妹。
嫌な部分で嫌な感じに似すぎてるよ。
なんかやだ。
「……あー、お嬢さんがた。盛り上がるのは結構なんだが、一応ここは俺の部屋だってことを思い出してくれないか?」
ルクスが非常に言いづらそうにしている。
部屋の主を放っておいてあたしに朝這いを仕掛けてきたのだから無理もない。
「あ、あなたがルクスさん?」
レインが好奇心満々で問いかけている。
バトルジャンキーの血が騒ぐのだろう。
「そうだが。君が巨乳マニアの姉か?」
「うん。そう」
「………………」
その確認の仕方もどうかと思うんだけどなぁ。
せめて『君がルディークの生まれ変わりか?』とかにしてもらいたい。
「で、そっちがロリコンの妹か」
「その通りです」
「………………」
だからその確認はやめてくれないかなぁ。
というかシャルレも素直に応じてないでもう少し常識的な受け答えをしてほしい。
……無理かも。
この姉妹に常識なんていう概念は存在しないような気がする。
「朝ご飯はまだですよね? よかったらサンドイッチ持ってきたんですけど、一緒に食べませんか?」
シャルレがサンドイッチの入ったバスケットを掲げる。
中から美味しそうな匂いがした。
「ご馳走してくれるというのなら遠慮なくいただこう」
朝食代が浮くのは歓迎できることなのでルクスも素直に応じていた。
「うわ。これ美味しい! シャルレが作ったの?」
朝から四人でテーブルを囲む。
あたしとルクスは隣同士。
レインとシャルレが向かい側に。
なんだか妙な組み合わせだけれど、何事も経験だ。
「いいえ。わたしではなく住み込みメイドのソリアに作ってもらいました。彼女はとても料理が上手なんです」
シャルレは水筒を取り出してからお茶を注いでくれた。
木製カップに注がれたそれをありがたく受け取る。
「うそ!? これってまさか……!!」
そして受け取った飲み物の中身と匂いをかいで仰天した。
「ん? 見慣れない飲み物だな」
ルクスの方は知らないらしく、受け取ったものの首をかしげている。
匂いだけは気に入ったらしく、飲む前にくんくんとかいでいる。
「コーヒー……?」
「正解。この世界じゃ飲めないものですからね。きっとルティさん恋しがると思って持ってきました」
シャルレが得意満面に笑う。
「すごーく恋しかったよう!」
この世界にやってきて何が不満だったかっていうと、コーヒーが飲めないのが不満だったのよぅ!
自宅でコーヒー豆にこだわっていたぐらいのコーヒージャンキーだったから、いきなり飲めなくなってかなりショックだった。
幻術が使えなかった頃ならばまだ諦めはついたのだけど、飲み食いできるようになってからはひたすらに恋しかった。
この世界は紅茶や緑茶などは存在するけど、コーヒーだけは存在していない。
コーヒー豆そのものが存在していないから無理もない。
チョコレート系のお菓子はあるのだからカカオが存在していることは間違いない。
問題はコーヒーノキが存在していないということだった。
もしくは存在していてもそれを食用や飲み物用として実用できることに気づいていないということだ。
この世界は魔法やモンスターの存在を除けば、植物の生態系は地球によく似ている。
だから探せばコーヒーノキもあるのではないかと思っていたのだけれど。
「森の中にコーヒーノキが自生しているのを見かけましてね。ちょっと拝借して、それから室内で栽培してみたらうまくいったんです。たまに野生のコーヒー豆とブレンドしたりして、いろいろ試しているんですよ。今回は炭火焙煎のミディアム・ローストにしてみました。どうですか?」
えっへんと得意げに語るシャルレ。
一口飲むと、懐かしい味が広がった。
「ふあああああ! おいしいよぅぅ!」
感動してしまうぐらいに懐かしい美味しさだった。
「……苦い、水? いや、お湯?」
そして恐る恐る口にしたルクスがとんでもない暴言を吐いた。
「香りは素晴らしいのに、肝心の味がどうしてコレなんだ? コレがうまいのか? 苦いだけだと思うんだが……」
「………………」
「………………」
信じられないものを見るようなあたしの視線と、苦笑したシャルレの視線がルクスに集中する。
レインだけはクスクスと笑っている。
「まあ、慣れない人にとってはそうだよね。私も最初は同じ感想を抱いたものだよ。慣れてくるとこの苦味が堪らないんだけどね」
そう言ってレインは自分のコーヒーを口にしていた。
「んー。そんなものかなぁ。美味しいと思うんだけどなぁ」
「そうですねぇ。じゃあこちらを使ってみてくださいな。ルクスさん」
そう言ってシャルレは小さな瓶を取り出してきた。
白い液体が入っていて、少しだけルクスのカップに垂らす。
それからテーブルに備え付けられていた砂糖をスプーン一杯分入れてからかき混ぜる。
真っ黒だったコーヒーは、白いマーブルからカフェオレのような薄茶色になってしまった。
これで苦味はほとんどなくなり、甘みが目立つようになる。
コーヒー初心者にはこれぐらいがちょうどいいのかもしれない。
「ああ、これならば飲みやすいな。不思議な味ではあるが、不味いとも思わない」
「それはよかったです」
サンドイッチをほおばりながら、あたしはコーヒーを飲み干してしまった。
あまりにも懐かしかったので、ついついゆっくり味わうということを忘れてがぶ飲みしてしまったのだ。
「シャルレ、おかわりある?」
「もちろんですよ、ルティさん」
そういっておかわりを注いでくれるシャルレ。
ストレートで飲むあたしにルクスが怪訝そうな顔をする。
「……よくその状態で飲めるな」
「慣れればブラックの良さが分かるよ」
「ブラック?」
「何も加えずに、そのままのコーヒーを『ブラックコーヒー』というんです。単純に『ブラック』とも言います」
「ふうん……」
ブラックを美味しそうに飲むあたしはルクスにとって理解できない嗜好らしい。
これも慣れだと思うんだけど、中にはミルクを加えないと飲めないというコーヒー好きもいることだし、まあ好みの問題なのかもしれない。
「ねえ、シャルレ」
「何ですか?」
「コーヒー豆って分けてもらえるのかな?」
一度味わってしまうと人間というのは贅沢なもので、また飲みたいと思ってしまう。
コーヒー豆を分けてもらえれば定期的に飲むことができるし、できれば譲ってもらいたいのだ。
「分けてもいいんですけど、道具がそろわないと無理ですよ」
「あ……」
そうだった。
コーヒーを淹れようと思ったら最低限コーヒーミルが必要になるし、トリッパーや紙も必要になる。
しかしコーヒー文化のないこの世界では道具を手に入れることは出来ない。
「ありゃ?」
そこまで気づいてさらに不思議な事実に直面した。
「ねえ、シャルレ」
「なんですか?」
「豆は自生していたのを回収して栽培したとして、道具はどうやって手に入れたの?」
その疑問にシャルレはにっこりと微笑んで答えてくれた。
「まずロースターですが、これは網皿があればどうにでもなります」
「うん」
手製のロースターはあたしも聞いたことがある。
「まあ最近はちょっと自作してますけどね」
「そうなの!?」
ロースターを自作!?
「ええ。手廻しロースターっていえばわかりますか?」
「……分かる。円筒になっててハンドルをくるくる回すやつでしょ?」
「正解です」
「作ろうと思って作れるの?」
「ルティさん。わたしの前世はリサイクルショップの店員ですよ。分解修理組立はお手の物です。最近はパーツを自作して一から道具を作り上げるのが楽しいんですけどね。構造そのものは理解しているので作り出すことは難しくないんですよ」
「……まさか、トリップとミルも自作?」
「ええ。自作です」
「………………」
リサイクルショップ店員、恐るべし。
さすがにもう一式作ってとは言いづらい。
「手先が器用なんだねぇ」
「まあ、それなりに器用なつもりですわ。せっかく前世の記憶を持ったまま転生したのですから、以前の世界にあるものをそれなりにこっちの世界へと活かせないものかと、いろいろと試行錯誤中なのですよ」
「それはすごいことだと思うけど、いいのかな?」
「何がですか?」
「違う世界の技術を持ち込むのって、ファンタジー小説だとタブーだったりする場合があるじゃない?」
「ああ、そういえば」
「でしょ? それにあんまり目立つ真似をするとシャルレが目立っちゃうよ。レインが目指せ一般人なんていう無謀な目標を掲げているのに、そんなことになったら台無しになると思うんだけど」
「大丈夫ですわ」
しかしそんなあたしの心配にも、シャルレは問題ないと答えた。
「世界を歪ませかねない物騒な代物に関しては構造を知りませんから。わたしが知っているのはあくまでも一般人レベルの機械知識です。核兵器や飛行機など、世界そのものを変革させるものは間違っても作り出せませんわ。だから心配はいりません」
「そっか」
まあ、それなら安心かな。
「銃と自動車ぐらいなら作れますけどね」
「………………」
前言撤回。
安全装置も必要なぐらいに物騒だ。




